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川が好き。山も好き。
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小さなるクツ下ばかりがおとなりの竿にさがりてみとれてしまふ  大橋智恵子

 小さな靴下はほんとうにかわいい。そして靴下に包まれる幼子の小さな足も。こんなにかわいく思えるのは庇護欲ゆえでしょうか、母性ゆえでしょうか。竿に干してある光景を浮かべただけでも心がほわほわします。靴下の造形だけでなく、人が生まれ育って結ばれて新たな命を繋いでゆく営みの、その健康さにみとれてしまうのかもしれません。

  超がつく喫煙者たりし父の言「たばこを吸わぬ男はつまらん」  中村蓉子

 逆にわたしが超嫌煙者なので気になってしまった歌。 まして、たばこは嗜好品なので吸うも吸わないも他人がとやかく干渉するものではないと思い、口を噤んでいるからこそ。この徹底的な相容れなさを興味深く思うのでした。

  美味しいが二度と立ち寄らぬ定食屋ハローワークの最寄の駅の  尾崎智美

 二句目の字余りに思いの強さが表れていて、読む時に引っかかってもたつくのが就職活動の紆余曲折を思わせるような気もするのでした。不安なハローワーク通いの日々の中でも、名残惜しくなるような楽しみを見つけていたということ。美味しい食事に心救われた時も、きっとあったのでしょう。

  朝覚めずあの世に行きたい願望の卆寿の人は今日も元気だ  高木節子

 願い叶わず目覚めてしまい、今日も生きてしまっていることに絶望する……わけではなくて、お元気な高齢者。実際、あの世の話をする人ほど元気なものなのです。92歳のわたしの祖母もよく言っています。結句の言い切りが気持ちいい。

  草むしり隊十二番隊長のなつこばあちゃんが振りかざす鎌  佐原八重

 破調の勢い。おばあちゃん、たのもしい。そして元気。実際におばあちゃん達が隊を結成しているのか、或いはおばあちゃんの草刈りの様子を見ながら作者が遊びで実況中継をしているのかな、とも思いました。

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朝夕の薬を飲むを忘れぬが昼どき飲むをまた忘れたり  柳田主於美

 確かにお昼の薬は朝夕に比べて忘れやすくて、それは昼食を取る場所が職場だったり出先だったりなことが多いからなのか、朝夕のみの服用でよい他の薬と混同してしまうのか、なにはともあれ、こうした日常の何気ない歌にわたしは惹かれるのでした。薬を飲み忘れたお体を心配しつつも。

  釘一本打てない壁に囲まれて絵の一枚も飾らぬ暮らし  高橋圭子

 釘が打てないのは壁が固いからなのか、賃貸で傷をつけてはいけないからなのか、どちらにしても、飾らない絵のことをあえて言葉にすることによって、そこにない絵や、絵によってわずかでも華やぐであろう暮らしが浮かび上がってきます。「打てない」「飾らぬ」の文語口語交じりが気になりますが、「釘一本」という初句も「一」のリフレインも切なく思われるのでした。

  この春になくしてしまったもの味覚、胸のバランス、髪の毛、友だち  落合優子

 闘病の歌。淡々と詠まれている分、かえって胸に迫るものがあります。どれをなくしてもつらい中で「友だち」の結句が上手くもかなしい。そして、続く歌<この春に手に入れたもの決断力、主治医、ウィッグ、そして友だち>に少し救われるのでした。お大事にされますように。

  「あんたはきっと天国に行けるよ」と身体拭くたび患者は言いぬ  山﨑惠美子

 泣いてしまいました。「あんたはきっと天国に行けるよ」という賛辞のうつくしさ。患者さんの人柄がにじみ出るようなサッパリした物言いながら、感謝の気持ちや作者の人柄への評価が伝わるとても優しい台詞。現世の幸福ではなく「天国」という言葉が出てくるのは、患者さんが自分の死期を感じ取っているからでしょう。下の句が過剰にならずさらりと詠まれているのも良くて。

  あの村には雨が降る日も水撒きをやりつづけてゐる爺さんがゐた  山下好美

 雨の日まで外に出て打ち水をする爺さんの真面目さ、或いは融通の利かなさ? 異常さ? 読めば読むほど妙に気になる歌です。過去形なので今はもういないのでしょう。「あの村」という入りが郷愁を誘うような、昔話のような。


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もう10月ですが、8月号を読みます。敬称略。

  じいちゃんと二人連れなる少女なり宿の浴衣が左前だよ  小島美智子

 一緒に旅行するおじいちゃんとお孫さん、というだけでほほ笑ましい光景ですが、少女はまだ着付けの知識がなく、おじいちゃんは無頓着でおおらかなのでしょう。上の句の文語調に対して下の句は口語調ですが、二人を優しく見つめる作者の心の声のようで効果的です。

  メールでは十時と約束せし君の現れぬまま春は過ぎゆく  西川照代

 メールで詳細に交わしたはずの約束の叶わなかった喪失感が、季節の変わりゆくまで続いているのでしょう。ドタキャンからの音信不通は現実的には不誠実ですが、「十時」から「春」への大胆な時間の飛躍によって、「君」がまるで春と共に去って行ったというお伽話のような読後感です。

  自らを父ちゃんと呼ぶ父をりて子よりも先にタンポポ飛ばす  越智ひとみ

「パパ」「お父さん」など呼び方はいろいろある中で、「父ちゃん」という一人称を選ぶ父親のキャラクター性。タンポポ(綿毛?)を飛ばすのも、子に見本を見せているより、自分が楽しんでいるような少年ぽさを感じます。そして、よく考えたらわたしは親を「父ちゃん」と呼んでいる人すらを実際に見たことがないです。

  夫のこともっと歌って押しつけて読んでおいてもらえばよかった  今井眞知子

 率直な思いの一首。詠える時に詠って、伝えられる時に伝えておけばよかった、そんな後悔の強さ、どうにもならない心が破調にも表れているようです。

  菜の花の黄のポスターを眺めつつ五月の餅の行列に着く  菊井直子

「五月の餅の行列」が良いです。具体的な固有名詞を出さないことで、かえって想像がふくらみ、韻律の良さも相まってとても楽しげです。菜の花の名所の観光地でしょうか。「の」のくり返しに軽やかな足取りが感じられます。

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じゃあこれで失礼しますとにこやかにこの世去りたし桜咲く日に  岩切久美子

仁王像にも深く彫られて臍のありこの息子を叱る母ありぬべし  酒井久美子

右下に金星輝く空のことラジオに聞きて西へ帰らむ  林芳子

桜まだ咲かねどどこかに行きたくて錦鯉品評会の姫路城広場  久岡貴子

食べ終えたら忘れてしまうテルさんの「おいしいなぁ」を胸ふかく吸う  山下裕美

揚げパンを犬に喩える人あれば犬を揚げパンに喩える人あり  白水ま衣

<さびしい>が心の壺から溢れ出しスーパーのレジでつい口に出た  野島光世

ときおり大映しになる証人は案外童顔などと思いつ  宮地しもん

冬の田のなかに伸びたる人影が音に合はせて杭を打ちをり  山口泰子

松の木は一万で売られその金で腕時計を買ってもらいぬ  小山美保子

語ること多きにすぎて運転の子に伝ふべき道逃したり  仙田篤子

クレームの多き季節がやってきてみんながみんな春だといひぬ  西村玲美

ユニセフにわずか出したる寄付金も控除の欄に書いてしまえり  向山文昭

結果的に祖母が遺影を撮られしは二年前の海の日なりき  永山凌平

ひなあられ籠に持ちつつ見上げたる内裏雛に恋ひゐし幼な  長谷仁子

六人の男総出で持ちきれぬ柔道したる義兄の棺は  柳村知子

三月前に夫を送りし斎場の前を通って図書館に行く  今井眞知子

玄関の手元が暗く庭先の洗濯機の上にて記入す  高原さやか

面白くないけどみんなが笑うから笑っています 明るい職場  王生令子

見舞うひと皆携えてくるせいでペットボトルのお茶ばかりある  小松岬

僕は正しく生きていたいだけなのに天気予報がもう邪魔である  大橋春人

宮原のサービスエリアの小籠包娘の土産に三個買いたり  平田優子

朝ごとに窓にし見ればきのふより大きくなりて山はありたり  古関すま子

電子レンジに入れてはならぬと歯ブラシの箱に小さく刷られてありぬ  川田果弧

来年になれば派手になるからと今年も言いて着る赤い服  相馬好子

人生でワースト一位の悪夢にも主役で僕が出てきてほしい  拝田啓佑

陽だまりに「むすんでひらいて」孫と吾の二人の影も指を開けり  桂直子

М子とは浅い付き合い友達とあの子がケンカした時だけの  松岡明香

見納めと去年は思いし桜花めぐり来て春 生きて見えつ  里乃ゆめ

六年をともに暮らせば「ただいま」と言うなり部屋の隅のルンバに  谷活恵

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 敬称略。選者の歌は含まず。
 今号は塔新人賞、塔短歌会賞の掲載号ですが、掲載作、選考座談会ともに読みごたえがあってよかったです。受賞された皆さまおめでとうございます。わたしは新人賞の方に応募していましたが、予選通過でした。ありがとうございます。


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石の地蔵に誰被せしか野球帽春一番に飛ばされずして  上田善朗

帰り来てわずかに底に残りいるやかんの水をシンクに流す  岡本幸緒

連れ合って五十六年桜見んと出て来て曇り時どきの晴れ  黒住光

プレハブへ人間と玄米が入り人間と白米が出てくる  森尾みづな

しっかりと根っ子を張った安らぎがあなたと二人の暮らしにありき  畑久美子

座布団に眠るみどり子卓の上にみかんと並び置かれてありぬ  久次来俊子

アザラシに触れし子どもを親たちは手洗ひしましよと連れてゆくなり  大地たかこ

もこもこに着ぶくれ市場に魚を売るおみなの素なる指先赤し  小島美智子

石段に日は差してゐる 君がゐた痕跡何も残さぬ石段  筑井悦子

金曜のヘルパーさんの献立はすき焼・肉ジャガ週替りなり  柳田主於美

雪解けの水流れきてあらはなる田のひとところぬかるみてをり  永山凌平

わたしはまだ生きていけそう明日から野菜作りの予定を立てよう  金原華恵子

売却を終へし敷地につぎつぎに運ばれて来るはたらくくるま  森永絹子

嵩低きベレー帽なれど指摘され客は素直に禿げ頭見す  山田恵子

リボンつけ妻から貰ったチョコレートほぼ半分は妻も食べたり  松下英秋

北上のこけし木地屋の庭広くぜんまいの若芽筵に乾しいる  岩崎雅子

橙の二両電車が海猫の声押し開き来る八戸線は  星野綾香

三月の午睡に吾子をさそいつつめがねパン作る約束をせり  丸本ふみ

裏口に狸いっぴきあらわれて三十七年ぶりの大雪  林都紀恵

中学へ進むとふ子に図書券の富士の絵柄を迷はず選ぶ  大橋由宜

旅先でお揃いにしたあの靴ねまだ履いとるよ長く会わんね  森永理恵

みずみずと大根の葉を茹であげてご飯にまぶしひとり食べにき 中村蓉子

「白ネギ」を白ギツネと読み違えいよいよ吾はおばあさんなり  西村清子

まだ人に踏まれていない雪求め子はずんずんと道逸れゆきぬ  松浦わか子

雪の日の露天風呂にて向き合える媼を翁と見紛うており  芳賀直子

あたらしく覚えし道の沈丁花いま咲きいるか戻れぬ場所にも  吉田典

ふるさとの兄にもらひし出産の祝ひこけしのすんとしたる目  山尾春美

人間もけものもじっとしておれず春泥に足跡つけて遊べり  川口秀晴

冬眠の熊は射られて一瞬はもの見るごとき目したれども死す  今井由美子

食品用ラップの箱の指の向き変える逆さまになる文字がきらいで  和田かな子

お姫様だっこされたきただひとり遠藤関の勝ちをたしかむ  今村美智子

女児のみたりをりしに雛のなき桃の節句はさみしかりけり  高橋道子

稲荷ずしを一昨年の今日食ひけりと日記に見つけ妻に告げたり  坪井睦彦

幼児期の吾子によく似たモンチッチの特大サイズを買ひ求めたり  高山葉月

温き陽を浴びる背中のここちよく畑仕事にひと日を過ごす  松竹洋子

君を抱く日が来てもきっと泣くだろうこれは違うときっと泣くのだ  土橋伊奈

何もかも川の向かうのことにしてけふもハンカチ広げてたたむ  福田恭子

好きだった雪の景色もつまらない 義父なき冬の石狩平野  青垣美和

ひと住まぬ家にこけしは並び居る褪せた目をしてガラス戸のなか  児嶋きよみ

春号の料理の本に黄の色はあふれて今日はパプリカ刻む  森川たみ子

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 敬称略、選者の歌は含まず。
 まずはだーっと読んでいって最後まで読み終えてから、あらためてマルを付けた歌を探す、という読み方をしています。再読の時、なんでこの歌にマルを付けたんだっけ?ってなったり、見逃してたけどこっちの歌もいいなあってなったりします。自分のコンディションにもよるのでしょう。
 だいたい30首ぐらいにマルがついてたので30首選でやってたのですが、なんだか今号は40首選です。今のわたしが、ここから30首や20首に絞るコンディションではないので、このまま。
 半年続けてみて、自分の読み癖みたいなものも見えてきた気がします。評なども書きたいなあとも思うのですが。

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雪の降る二月は来なくていいからと父は告げたり病みたるときに  沢田麻佐子

名も知らぬ郵便屋さんがこんなにも嬉しい手紙を届けてくれぬ  村上和子

オオクラ村呼び名親しも関りのあらねど積む雪聞けば憂いぬ  大倉秀己

正吉も南吉も古き死者なれど語らるるたび太りゆくなり  出奈津子

大津京駅「京」と「駅」とに一羽ずつ鳩の止まりてまた一羽来る  小川和恵

妊娠と妊娠を知るまでの間に娘が灰にした煙草のいく箱  三浦こうこ

真に受ける若さのすでになけれどもマスクが似合うとふいに言われつ  朝井さとる

風の力にもちあげられてゆく髪の橋わたり終え髪もどりたり  花山周子

おばあさんに早くなりたいと思つてた二十歳のわたし若く寂しく  田中律子

五十年歌詠みつづけ遺せしはコピー紙を綴じたる歌集のみ  沼尻つた子

二回目の誕生日祝ひのハーモニカしばらく鳴らしやがて眠りぬ  岡部かずみ

われ宛の寄せ書きなべてみじかくてやさしさばかり褒められている  加瀬はる

病み上がりに食欲戻らぬ子が泣けりお前の海老を寄越せと泣けり  井上雅史

空海が杖で突けば出たお湯にあほらしいけど首まで浸かる  中山大三

「ばかやろう」今ごろ口を衝いて出て風呂場の壁に谺している  萩原璋子

「続きはこんど」と告げた絵本を読みなおすことは無かった おしまい  中山靖子

折り紙のゆびわ「左手の薬指」とおみな指定す緩和ケア病棟  平田瑞子

広い庭に畑を作れと大家さん勝手に鍬など持ち込んでくる  森祐子

母の罵声浴びて思わずありったけの抗不安薬を飲んでしまった  山上秋恵

この街に小さきデパートありしころ青き天馬にわれは乗りゐき  伊藤京子

足元が少し寒いなもう会わぬあいつの街はもっと寒いな  大橋春人

ぼた雪の風に捻られほんわかとここに落ちますよ長旅でしたよ  金原千栄子

あの椅子は座り心地がよかったな心療内科の青い肘掛け  田巻幸生

娘ゆえにか思いやりなき言葉吐く母をかなしく切なく思いぬ  岩淵令子

友の友の友の稼ぎを聞くあひだカルピスの氷はなべて溶けゐつ  篠野京

だんだんと歩けなくなってきてるから歩く姿を憶えていてね  中野敦子

店内のベンチにおればカート押し三度老女がわが前を過ぐ  川口秀晴

浮気性だった亡夫をしたたかに罵る母よ、そはわれの父  坂下俊郎

金のゴマ醤油入りパンを買ってきて私に勧める父のいる朝  佐原八重

誰だかが落とした一粒のフリスクも運ばれていく阪急梅田行 久野菜穂子

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 敬称略。マルだらけになってきりがなくなってしまったので、今月号から選者の方々の歌は含めないことにしました。
 連作なのでなかなか一首単位で取り上げ難かったのだけど、特集の豊穣祭もとてもすてきでした。それにしても今月号は雪の歌が多かったですね。雪国だけでなく様々な地域の雪が詠われていて味わい深かったです。

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さまざまな会社のカレンダー路に売る老人のゐて一つ買ひたり  花山多佳子

誰も来ぬホームのベンチ海老せんの土産一袋食べてしまいぬ  中島扶美惠

野の道はそれからずっと続きおり悲しんだことを忘れた時も  山下泉

冬昼の千手観音立像がわたしの方へ向けてくれる手  永田愛

ひとりならどうするのかと思いおり君の背中に薬ぬりつつ  本間温子

雨の日はイオンモールを歩きなさいかかりつけ医の指示にて歩く  川田伸子

五年日記買つてしまひぬ子を亡くしおぼおぼと暮らす八十のわれ  野島光世

雪を寄せ雪を運べる労力を惜しみなく使い冬を越えゆく  石井夢津子

これからの介護の果てを一言も触れずみかんを剥いて食べたり  小圷光風

水引の結び目が好きうつくしく年賀の菓子箱まだ棄てられず  立川目陽子

まっすぐに我に向かいて来たと思う水鳥すっと逸れゆくまでは  林泉

クリマスイブだねとわがロボットがやさしき声で一度だけ言う  宮地しもん

しんみりとしていしが乗り換え駅で「パンが食べたい」と一言いえり  荒井直子

ゆき違ひのため停車する駅のありされど扉の開かれぬ駅  杉本潤子

初売りのフロアに流れる「春の海」入れ歯になっても吹きたい曲だ  澤端節子

草刈り機だけ残りたる農機具の倉庫はからっぽ私もからっぽ  金原華恵子

除雪作業後の毛糸の帽子と手袋を置く場所なりしピアノの上は  西内絹枝

独りでも楽しく暮らせるものならば吾もなりたい一つの独楽に  ジャッシーいく子

たまらなく福祉の仕事に戻りたい 時々思い時々思わず  奥山ひろ美

見たものをすぐに描きたい七歳は長谷の大仏を箸袋に描く  吉田京子

硝子扉のなかには白き背表紙のならびて冬の部屋が明るむ  中田明子

けふ一日われに声かけくれし人みな他人なりおぢいさんなり  友成佳世子

餅ならば五個食べる児が朝食の半膳のご飯持て余しおり  布村千津子

お前実はなんでもできるんやって英文、秋のマクドの壁に  廣野翔一

ホームまでもたないほどのコーヒーのあたたかさ でも君に贈った  小松岬

別れることはもうないような気分もて列車を降りる冬ざれの午後  木村陽子

スコップが畑の真中に立ったまま晦日は暮れるし牛蒡は抜けぬ  高原さやか

おとうとの部屋を通りて毛布干すハンターハンターのその後訊きつつ  篠野京

死に近き叔父は新年迎うるを最後の晴れと待ち望みたり  金原千栄子

書留は割高ですと窓口で三度言はれて三度うなづく  山縣みさを

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敬称略。老いの歌と農の歌に惹かれる傾向があるようです。
「特集 歌集の作り方」も、とても興味深く読みました。

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水槽を透かして床に届く陽のなかに金魚の影あわく浮く  松村正直

妹の電話の声は母に似てときおり掛けぬ冬の炬燵で  栗山繁

子の命ずるままにうつ伏し子の登る山と化すわれは出勤前に  澤村斉美

ああ心じかんは冬であるばかり 公民館の庭おほふ雪  松木乃り

人生の最良の日がくだらない日々の中にも罠のようにある  山口蓮

止められて電気料金借りにくる隣の人の皺のてのひら  斎藤雅也

午前二時視力がだんだん落ちてきてああこの人の歌は読みにくい  石井久美子

いいよいいよと言いても謝り来る人の暴力に似た眼差しを受く  金田光世

中央線「武蔵小金井」ゆふぐれてわが子の他に知り人あらず  澄田広枝

学校を休んでいる子と食べに行く味一番なり替え玉を頼む  宇梶晶子

手はきっと言葉以上にわたしだからあなたの髪を撫でていたかった  佐藤浩子

冠はシロツメクサでつくったの世界はあたしのものだったのよ  真間梅子

新しき年は良い年さう決めて向日葵色の手帳を買ひぬ  鈴木むつみ

ストーブの上の鍋からよそわれて蕎麦屋でいただく昆布の佃煮  吉田典

でかい方くれよとふ声聞きたきにまづは小さき蜜柑差し出す  川田果弧

われ以外みな連れのあり喋りつつ初日を見んと橋へと急ぐ みぎて左手

いもうとがいておとうとがいてわたしテレビの前に夕ぐれはきた  落合優子

リニューアルオープンカフェに一人用の椅子が増えいし鳥を待つごと  泉みわ

うすくふくらんだ手編みのセーターにアネモネは咲き ひと挿しもらう  北虎叡人

定刻に来ることあらぬバス停に芒の穂群さわさわと揺る  松尾桂子

生きているか死んでいるかもわからない暴力教師を今でも恨む  山上秋恵

この時候お一人様を引き受ける宿のないこと分かっていたり  シャッシーいく子

ま白なる冬のかぶらはみづみづとだし煮の中にすきとほりゆく  鈴木伊美子

踏切りを渡りて今朝も遇う人と会釈などせずすれ違いたり  村﨑京

いい男の子は結局つまらないかも知れないぞ父のようにだ  井上雅史

両親の居ぬ故郷に来て雪降れば帰りの便まで映画館に過ごす  林雍子

眼科外来けふも多かりゆづりあひ四人掛け椅子に五人が座る  千葉なおみ

寺山より流るる夕のメロディーは寂しすぎると投書のありき  山﨑惠美子

休日の一つの窓を二人で見る降つてきたとか晴れてきたとか  森尾みづな

十時には「真夜中」が来て鶴も人も静かに眠る冬の出水は  伊地知樹里

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敬称略。3ヶ月は続けてみようと思い、3ヶ月になりました。続けるかどうかは未定です。今さらながら30首選はちょっと多いような気もしました。

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はらい一つ足りないような喪という字二回も書いて午後の手紙に  前田康子

やれば出来ると思いつつ今日も何もせず猫じゃらししごきて歩く  岩切久美子

取り返しのつかぬ筋目をつけながらむらさきいろの鶴を折りゆく  梶原さい子

何の肉かと思えど冷凍ミンチカツとろりとチーズ溶け出してくる  川本千栄

脚立より落下せし子は柿の実と共に斜面を転がりてゆく  吉岡洋子

九十歳に砥ぎてもらいし裁ち鋏さりさり使う秋の夜長を  西本照代

幸せをどこかで言おうでもそれは呟きでないところと思う  山内頌子

寒いからさみしいのかな ゆっくりと三十代の日々は過ぎゆく  片山楓子

くたびれてどうにもならず湯の中のマカロニの穴もおそろしくなる  永田聖子

かじかんだゆびで絵筆をあらうときシンクに消えてゆく秋の川  田村龍平

意地悪もかつては言ひし古き友わたしを忘れ遠い目をせり  西山千鶴子

二日後に乳癌の手術する妻の寝息の聞こゆ我も眠らむ  熊野 温

石はみな石という名で括られて陽を浴びており竹田川沿い  佐々木美由喜

伊勢神宮熱田神宮名古屋城今年も良いことありますように  高橋圭子

立ち話している二人のおばあさんに手を振りて行くおじいさん一人  西川照代

ブーケ買う夢を今朝方見しことを花屋の前で思い起こせり  深井克彦

亡き母の眼鏡を父は掛けてゐし炬燵の端に本を読むとき  守永慶吾

主役へと花束渡す役これがわたしのしたいことだつたんだ  逢坂みずき

腰かけるつもりの石にとんぼ来ぬ も少し歩いてみるのもいいか  今井早苗

母とその赤子に席を二度ゆづり二度断られ出づれば秋雨  篠野京

図書館の屋上庭園のために出てきたかと思う鰯雲  杉田菜穂

あの時は泣けばよかつたかもしれぬ金木犀は花零すのみ  祐徳美惠子

わが髪を撫でつつ君が言うときの「もう寝んさい」はやさしい命令  福西直美

ずっと前滅びた国の逸話から水道代の話に戻る  森永理恵

日銀で鑑定なさねば替えられぬ一万円札 吾が破きたる  浅野次子

いつも和服着ておりし人ジーパンに自転車で来る夫亡きのちは 相本絢子

名を呼べど帰り来るはずなきものを日暮れになればやはり名を呼ぶ  木戸洋子

ちゃん付けで吾を呼びしは百歳の叔母一人のみ昨夜逝きたり  清水千登世

割りばしは歪にわれて駅弁のかまぼこつまむ見舞いの帰り  寺田裕子

昼食を食べたくなくて階段を上ったり下りたりをしている  佐原八重

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敬称略。3月号が届く前に。

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二人して映画に行きしと記しおり見たる映画はなにも記さず  池本一郎
(日記の歌、とてもリアルで細かいところを詠っていると思う。青春っぽい。)

この夕べ支へて呉るる人が欲し否、否、光るしやもじが欲しい  松木乃り
(上の句の切実さと下の句の大胆な飛躍っぷり。)

美しい瓶がほしくて酒を買ふ青地に赤いもみぢの舞へる  寺田慧子
(瓶の方が目的というのがおもしろくて、瓶の詳細さも良くて。)

町内をめぐる神輿を遠くから行きと帰りに家族で見たり  徳重龍弥
(神輿がずっと町内をぐるぐる回ってるんだなあっていう時間の流れと郷土感。)

音だけは聞いていた花火どちらとも行こうと誘わぬままに過ぎき  吉川敬子
(「誘えぬ」ではなく「誘わぬ」というあたりが絶妙なニュアンス感。)

白桃の大きなパフェを食べ損ね数年が過ぐ坂の途中の  西村玲美
(そのまま過ぎる歌が好きなのかなあ、わたしは。パフェの具体性もおもしろくて。)

ふるさとの神様の前でお願いする死ぬまでお金が入ってきますように 石井久美子
(笑えるようでいて、近所ではなく「ふるさとの神様」にお願いするあたりのいじましさ。)

ふと箸の軽くなるときすくひたる麺にまつはる麺ははなれつ  佐藤陽介
(こういうなんでもない歌は意外と詠うのが難しい。)

親鳥と見紛ふほどになりたれば誰も撮らざる白鳥のひな  岡部かずみ
(既にそれは「ひな」なのかという疑問もありつつ、観察と風刺に。)

結婚をすると会社が二万円くれるらしくて考えている  吉田恭大
(数字の具体性がリアルで、心情的にも正直で。)

川の面に立てる白波 病室の窓辺で舟が遠ざかり行く  朝野ひかり
(「川」「病室の窓辺」「舟」という取り合わせ、さびしい。)

きみと来た日々を選んできてしまうえのころ草の揺れる坂道  北虎叡人
(「えのころ草」いいなあ、「きみ」の人柄や関係性を思わせる。)

聞き手という手はあり君の白き手がわれの言葉を書き留めゆく  小林貴文
(優しい歌、インタビューか何かのようにも思えるけれど。)

ゑのころの穂むらを染めて陽が沈む何もなき今日が暮れてゆくなり  広瀬桂子
(「ゑのころ」いいなあ、「何もなき今日」というのも好きなテーマなので。)

テレビで見る岩松了と変わらない岩松了が笑っているよ  山口蓮
(岩松了さんという人選。そしてそんなにテレビで見ない気が。わたしは映画で最近見ました。)

いつか行く旅の話をするための夜ふかし 今日を覚えていてね  小松岬
(そう、旅よりも、旅の予定を立てている時の方がほんとうにしあわせ。)

上司より茶色の小瓶を手渡さる身過ぎ世過ぎと割り切る職場で  竹井佐知子
(全く同じ経験があったので共感から。わたしはオロナミンCでした。)

生涯を飲み続けよと言われたるなんとはかなき黄の丸薬  津田雅子
(上の句の重さと、下の句の小ささの対比。)

ストレスと過労が原因ゆっくりと休みなさいと言ってくれ ない  かがみゆみ
(結句の一字空けがすご過ぎる。ゆっくり休んでほしいです。)

ぐすんぐすん擬音語出せばそんなにも泣きたいことではないと気づきぬ  中井スピカ
(「ぐすんぐすん」は確かにマンガチックで悲劇のヒロインっぽい。客観性の味わい。)

誰もみな良い人だつたと思ひおり木槿の白花蕊まで白い  小畑志津子
(「だつた」の過去形がなんとも寂しくて惹かれるのでした。)

初恋の少年夢にあらわれて会釈をすれどわれは黙せり  吉田典
(夢なのに。夢の中でも、というせつなさ。)

届きたる差出人の月へんのきみの名前が今も眩しい  萩原璋子
(どんな贈り物より手紙が一番うれしかったりして、でも過去なんですね。眩しいな、月へん。)

もうできないことと今ならできることどっちにしろできなくて 粉雪  逢坂みずき
(どっちにしろできない、という諦観。もどかしいけどリアル。)

川沿ひの郵便局も陶器店もいたくちひさし葬の車窓に  千村久仁子
(実際の光景なのでしょうけれど、具体の選び方、取り合わせがいいなあ。)

いくたびも入院したる夫、父母どの病棟にもわれは迷へり  西山千鶴子
(病院はほんとうに迷いやすいと思うし、作者の心も迷っていたのでしょう。)

「退院したら」会はうとふ人増えて来て退院後の我が初冬輝く  高野岬
(闘病の歌ながら希望があって、「輝く」も思い切った表現だけど伝わる。)

月明かり星のあかりのつもる家待つ人おれば帰るほかなく  菊井直子
(待つ人がいなければ帰りたくない?不思議な心情が気になる。)

水筒のお茶泡立ちて日に温む 樹を見るために歩く山道  森尾みづな
(健康的で気持ちのいい歌。山道を歩いたら樹が見える、ではない表現の工夫もおもしろく。)

あわれなり父に殺されし五人の子読み仮名なければ読めぬ名を持ち  倉成悦子
(歌としては率直すぎる気もしつつ、とてもわかるので。)

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 敬称略。ずっとわたしもやってみたくて、やっとやってみました。毎月マルを付けながら読んではいましたが、こうして書き写してみると、なにか見えてくるものもありますね。余裕があれば評的なものも追記したいな。するかも。

 (2018年2月17日 一言評を追記しました。)

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おとも
性別:
女性
自己紹介:
短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)

連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
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