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川が好き。
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今年も、曾祖母の手縫いの浴衣を着ました。市販の浴衣もとてもかわいいけれど、浴衣を着る機会自体がそんなにないので、着られる時に曾祖母の浴衣をできるだけ着たいな、と思っています。帯は母のお下がりです。当日はあいにくの雨でしたが、手持ちの16本骨の紅い小紋柄の傘が浴衣に合いました。
 
 酷暑です。休みだった先日の土曜日、どうにも暑いので「アイス買ってこよー」と自宅を出ましたが、八百屋さんの店頭に並んでいた桃がとても美味しそうだったので、アイスをやめてそっちにしました。市場の休みに伴い八百屋さんもお盆休みに入るため、前日の特売価格5個で200円です。手を触れないように、と注意書きがあったので、もしかしたら汁がしたたるような熟したやわらかい桃なのかな?と思っていたら、わたしの好きな硬い桃でした、うれしい。冷蔵庫で冷やしていただきました。
 アイスもかき氷も冷たくて美味しいけれど、冷やした桃やスイカ、キュウリなどの方が体の内側から冷える感じがします。

 ベランダの鉢には今年もミニトマトが出てきました、植えてないのに。苗を買って植えたのは一昨年。その一回きりだと思っていたのが、落ちた実の中の種が発芽したようで、去年も育ってくれました。そして同じように、今年も何もしていないのに芽が出て育ってくれたようです。何も世話はしていないし、特に今年は日照り続きだったのに、生命力ですね。今、黄色の花を咲かせています。これから実がなるのかな、楽しみです。
 ミニトマトが小さな実を次々に付けてゆくように、小さなしあわせの次々に生る日々でありますように。 

  愛される予感もなくてベランダの検査もしないネギを食みおり

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『四月の永い夢』を観てきました。中川龍太郎監督作品、出演は朝倉あきさん、三浦貴大さんなど。
 恋人を亡くしてから教師を辞めて蕎麦屋さんでアルバイトをしている主人公・初海が元教え子や、恋人の両親、アルバイト先の常連客である手ぬぐい職人などとの交流を通して、喪失感に向き合ってゆく話――わたしがこうしてあらすじを書くといつもなんだかうまく伝えられないのですが、優しくて、切なくて、とても良い映画でした。

 まず、冒頭の桜と菜の花の中に喪服で立ち尽くすシーンが美しくて。淡々としたモノローグにも引き込まれます。恋人の死、などという入り口ながら悲劇を煽るようなこともなく、全体的に淡々としていて、あまり多くを語り過ぎないところが心地よかったです。
 蕎麦屋、図書館、浴衣、手ぬぐい、電車、ラジオ、そして手紙など、小道具の選び方もなんだか懐かしい感じで好みでした。
 
 初海が寝転んで漫画を読んでいるシーンがあり、その時に手にしている漫画は高橋留美子『めぞん一刻』でした。他にりぼんマスコットコミックスの背表紙が映っていました。ぼんやりしてタイトルは不明でしたが、きっとそれは柊あおい『星の瞳のシルエット』か水沢めぐみ『姫ちゃんのリボン』だろうとわたしは勝手に思いました。

 仕事帰りに映画館に寄ったので、帰りは夜8時頃になりました。映画館は職場より一駅向こうで、一駅分歩いて帰りました。金曜日の夏の夜、街の中の大通りは明るくてにぎやかで、みんなどこかへ帰ってゆくのだと思いました。わたしはこの街で一人で歩いているなあ、とほんのり寂しいような気分になりました。あさって人に会う約束だってあるのに、このままずっと歩いてゆくような気がしました。

 公式サイト→http://tokyonewcinema.com/works/summer-blooms/

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じゃあこれで失礼しますとにこやかにこの世去りたし桜咲く日に  岩切久美子

仁王像にも深く彫られて臍のありこの息子を叱る母ありぬべし  酒井久美子

右下に金星輝く空のことラジオに聞きて西へ帰らむ  林芳子

桜まだ咲かねどどこかに行きたくて錦鯉品評会の姫路城広場  久岡貴子

食べ終えたら忘れてしまうテルさんの「おいしいなぁ」を胸ふかく吸う  山下裕美

揚げパンを犬に喩える人あれば犬を揚げパンに喩える人あり  白水ま衣

<さびしい>が心の壺から溢れ出しスーパーのレジでつい口に出た  野島光世

ときおり大映しになる証人は案外童顔などと思いつ  宮地しもん

冬の田のなかに伸びたる人影が音に合はせて杭を打ちをり  山口泰子

松の木は一万で売られその金で腕時計を買ってもらいぬ  小山美保子

語ること多きにすぎて運転の子に伝ふべき道逃したり  仙田篤子

クレームの多き季節がやってきてみんながみんな春だといひぬ  西村玲美

ユニセフにわずか出したる寄付金も控除の欄に書いてしまえり  向山文昭

結果的に祖母が遺影を撮られしは二年前の海の日なりき  永山凌平

ひなあられ籠に持ちつつ見上げたる内裏雛に恋ひゐし幼な  長谷仁子

六人の男総出で持ちきれぬ柔道したる義兄の棺は  柳村知子

三月前に夫を送りし斎場の前を通って図書館に行く  今井眞知子

玄関の手元が暗く庭先の洗濯機の上にて記入す  高原さやか

面白くないけどみんなが笑うから笑っています 明るい職場  王生令子

見舞うひと皆携えてくるせいでペットボトルのお茶ばかりある  小松岬

僕は正しく生きていたいだけなのに天気予報がもう邪魔である  大橋春人

宮原のサービスエリアの小籠包娘の土産に三個買いたり  平田優子

朝ごとに窓にし見ればきのふより大きくなりて山はありたり  古関すま子

電子レンジに入れてはならぬと歯ブラシの箱に小さく刷られてありぬ  川田果弧

来年になれば派手になるからと今年も言いて着る赤い服  相馬好子

人生でワースト一位の悪夢にも主役で僕が出てきてほしい  拝田啓佑

陽だまりに「むすんでひらいて」孫と吾の二人の影も指を開けり  桂直子

М子とは浅い付き合い友達とあの子がケンカした時だけの  松岡明香

見納めと去年は思いし桜花めぐり来て春 生きて見えつ  里乃ゆめ

六年をともに暮らせば「ただいま」と言うなり部屋の隅のルンバに  谷活恵

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 敬称略。選者の歌は含まず。
 今号は塔新人賞、塔短歌会賞の掲載号ですが、掲載作、選考座談会ともに読みごたえがあってよかったです。受賞された皆さまおめでとうございます。わたしは新人賞の方に応募していましたが、予選通過でした。ありがとうございます。

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妹が甥っ子を連れてしばらく帰省するというので、週末だけですがわたしも実家に帰ってみました。祖母がショートステイで居なかったので全員集合とはなりませんでしたが、にぎやかなものです。
 およそ一年ぶりに会う甥っ子は3歳になったばかり、もうすっかりおしゃべりさんで、ドラマを見て覚えたらしい「90年代の3大死亡原因の1位は?」「アウス(人工妊娠中絶)」などという怖ろしい会話をくり返します。それなのに、わたしにはあいさつも返してくれなくて、人見知りしてるのかな~と思っていたら、指を差され「この人やだ」と言われてしまいました。「ママはいいけど」と付け加えられたので、妹と似ているわたしが偽ママのように気味悪く見えるのかもしれません。
 いじけたわたしは犬の散歩に農道へ行くのでした。山に向かって歩いていると、犬好きの近所のおじいちゃんが犬をわしゃわしゃしに畑から出て来てくれました。以前、短歌の故郷の描写ををステレオタイプだと評されたことがあったのですが、実際に、ステレオタイプな田舎だな、と帰省のつど感じます。山があって、田んぼや畑があって、年寄りばかりで、言葉が訛っていて、朝はニワトリが鳴いて。

 実家のわたしの部屋に、高校時代の現代国語の教科書がありました。授業では一切触れられずにスルーした、佐佐木幸綱さんによる茂吉と空穂の雪の詠い方についての評論は、今読むととてもおもしろいです。当時、国語の先生は短歌俳句を飛ばしましたが、日本史の先生が短歌好きで、日本史のテストに「大仏建立を短歌にしなさい」などというむちゃくちゃな問題が出されたりしたものです。
 他に堀辰雄「曠野」などただでさえしんどい話なのに、学習の手引きに「女」のような生き方をどう思うか、などという問いがあって刺さります。落ちぶれて相思の夫から身を引き、夫を思いつつひとところにずっと暮らし続けるも、不本意ながら郡司の息子に婢女として連れられてしまう、自分の気持ちに蓋をするゆえに落ちていってしまうの「曠野」のふしあわせな女は、わたしでした。

 そろばんの先生がわたしに会いたがっていると聞いたので、会いに行ってきました。生まれた時から知っている人ですが、実家は近所なのに3年ぶりくらいに会った気もします。人生の心配をされました。
 そろばんの先生には何番目かのお孫さんが生まれたようで、壁に命名の紙が貼ってありました。その名前が一発で読めて、漢字もわかりやすく説明もしやすい、意味も良い名前で、いいなあと思いました。甥っ子の難解な漢字で変な響きのキラキラネームとは大違いです。あの子は将来、習字の授業で自分の名前を書く時に筆で字が潰れてしまうことでしょう、かわいそうに。

 帰りは一寸亭本店の肉中華を食べました。やっぱりここの汁が好き。さっぱりしているのに卵の黄身のような味わいです。

  日の影が移りゆくたび日の影に犬はおりたり犬小屋の前

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少し前の歌会で、お母さんの絵の顔が紫色で塗られていた、という歌がありました。わたしは、お母さんの肌が実際に病気やDVで殴られた痣で紫色をしていたのではないか、これが大人だったら表面を取り繕ってきれいな色で描くけれども、子供なので見たまま正直な色で描いてしまったのではないか、という評をしました。現代社会や家庭の闇が詠われている、などと言いながら、絶対に違うだろうとも思っていました。
 わたしはもともと評が不得意で、素でとんちんかんなことを言ってしまいがちです。一方で、歌会ではいろんな意見があった方がおもしろいかな、とピエロのようにハズした読みをすることがあります。この時も一笑い取れてわたしはちょっと満足でした。

 歌会の評で、評とはまったく関係のない自分語りをする必要はないのでその場では言いませんでしたが、実際に見たままに描いたのではないか、というのは、自分の思い出から浮かんだことでした。
 子供の頃、母の日のために母の絵を描かされた際に、わたしは怒った表情の母の絵を描きました。なんの疑問もなく怒った表情の母の絵を描きました。みんなが「おかあさんありがとう」「おかあさんだいすき」と書いていたコメント欄には、「わたしのおかあさんはいつもおこっています」と書きました。
 どこかの展示場に飾られているのを、母と見に行きました。笑顔のお母さんの絵がずらりと並ぶ中で、わたしの絵は浮いていました。そして母に「なんでこんな顔に描くのか」と怒られました。

 あの頃、他のお母さん達は実際の姿も笑顔だったのでしょうか。それとも、実際には違う表情をしていたとしてもこうした場では笑顔のお母さんを描くものだと他の子供達はみんなわかっていて、わたしだけが空気を読めていなかったのでしょうか。どちらにしても、今のわたしがその展示を見たら、一人だけ怒っているお母さんの絵を見て、これを描いた子はいろいろ大丈夫なんだろうか? と心配になると思います。

  母親を泣かせるような歌ばかり詠ってしまう泣きたい夜は

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少し前になりますが、『オー・ルーシー!』を観てきました。
 冴えない40代独身OLが英会話教室で金髪ウィッグと外国名を与えられたことにより新たな自分を見つける、みたいなコメディ映画だと思ってたら、割とシリアスでぐさぐさ刺さる系でした。よく考えたら、寺島しのぶさんと役所広司さんで、そんながちゃがちゃしたコメディのはずがないですね。
 ゴミ屋敷と化した単身用アパートに暮らし、屈折してくすぶっている主人公・節子がとてもくるしい。薬が好きで、職場にも居場所がなくて、姉もきつくて。そんな中の英会話教師・ジョンへの恋です。ルーシーという名前を与えてくれたジョン。そこから物語は動き出すのです。
 物語は動き出しますが、暴走して変に行動力のあるおばさんは痛々しくて、つらくて、せつなくて、ああならないよう気を付けようと、アラフォー独身のわたしは身につまされるのでした。そうしてただでさえ押しの弱いのが、ますます受け身になってゆくような。
 ラストがよかったです。こういう終わり方、というような終わり方。

 公式サイト→http://oh-lucy.com/

***

今年観た映画の覚え書き。
・『勝手にふるえてろ』
・『光』
・『人生フルーツ』
・『生きる街』
・『素敵なダイナマイトスキャンダル』
・『港町』
・『泳ぎすぎた夜』
・『オー・ルーシー!』
・『モリのいる場所』

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石の地蔵に誰被せしか野球帽春一番に飛ばされずして  上田善朗

帰り来てわずかに底に残りいるやかんの水をシンクに流す  岡本幸緒

連れ合って五十六年桜見んと出て来て曇り時どきの晴れ  黒住光

プレハブへ人間と玄米が入り人間と白米が出てくる  森尾みづな

しっかりと根っ子を張った安らぎがあなたと二人の暮らしにありき  畑久美子

座布団に眠るみどり子卓の上にみかんと並び置かれてありぬ  久次来俊子

アザラシに触れし子どもを親たちは手洗ひしましよと連れてゆくなり  大地たかこ

もこもこに着ぶくれ市場に魚を売るおみなの素なる指先赤し  小島美智子

石段に日は差してゐる 君がゐた痕跡何も残さぬ石段  筑井悦子

金曜のヘルパーさんの献立はすき焼・肉ジャガ週替りなり  柳田主於美

雪解けの水流れきてあらはなる田のひとところぬかるみてをり  永山凌平

わたしはまだ生きていけそう明日から野菜作りの予定を立てよう  金原華恵子

売却を終へし敷地につぎつぎに運ばれて来るはたらくくるま  森永絹子

嵩低きベレー帽なれど指摘され客は素直に禿げ頭見す  山田恵子

リボンつけ妻から貰ったチョコレートほぼ半分は妻も食べたり  松下英秋

北上のこけし木地屋の庭広くぜんまいの若芽筵に乾しいる  岩崎雅子

橙の二両電車が海猫の声押し開き来る八戸線は  星野綾香

三月の午睡に吾子をさそいつつめがねパン作る約束をせり  丸本ふみ

裏口に狸いっぴきあらわれて三十七年ぶりの大雪  林都紀恵

中学へ進むとふ子に図書券の富士の絵柄を迷はず選ぶ  大橋由宜

旅先でお揃いにしたあの靴ねまだ履いとるよ長く会わんね  森永理恵

みずみずと大根の葉を茹であげてご飯にまぶしひとり食べにき 中村蓉子

「白ネギ」を白ギツネと読み違えいよいよ吾はおばあさんなり  西村清子

まだ人に踏まれていない雪求め子はずんずんと道逸れゆきぬ  松浦わか子

雪の日の露天風呂にて向き合える媼を翁と見紛うており  芳賀直子

あたらしく覚えし道の沈丁花いま咲きいるか戻れぬ場所にも  吉田典

ふるさとの兄にもらひし出産の祝ひこけしのすんとしたる目  山尾春美

人間もけものもじっとしておれず春泥に足跡つけて遊べり  川口秀晴

冬眠の熊は射られて一瞬はもの見るごとき目したれども死す  今井由美子

食品用ラップの箱の指の向き変える逆さまになる文字がきらいで  和田かな子

お姫様だっこされたきただひとり遠藤関の勝ちをたしかむ  今村美智子

女児のみたりをりしに雛のなき桃の節句はさみしかりけり  高橋道子

稲荷ずしを一昨年の今日食ひけりと日記に見つけ妻に告げたり  坪井睦彦

幼児期の吾子によく似たモンチッチの特大サイズを買ひ求めたり  高山葉月

温き陽を浴びる背中のここちよく畑仕事にひと日を過ごす  松竹洋子

君を抱く日が来てもきっと泣くだろうこれは違うときっと泣くのだ  土橋伊奈

何もかも川の向かうのことにしてけふもハンカチ広げてたたむ  福田恭子

好きだった雪の景色もつまらない 義父なき冬の石狩平野  青垣美和

ひと住まぬ家にこけしは並び居る褪せた目をしてガラス戸のなか  児嶋きよみ

春号の料理の本に黄の色はあふれて今日はパプリカ刻む  森川たみ子

***

 敬称略、選者の歌は含まず。
 まずはだーっと読んでいって最後まで読み終えてから、あらためてマルを付けた歌を探す、という読み方をしています。再読の時、なんでこの歌にマルを付けたんだっけ?ってなったり、見逃してたけどこっちの歌もいいなあってなったりします。自分のコンディションにもよるのでしょう。
 だいたい30首ぐらいにマルがついてたので30首選でやってたのですが、なんだか今号は40首選です。今のわたしが、ここから30首や20首に絞るコンディションではないので、このまま。
 半年続けてみて、自分の読み癖みたいなものも見えてきた気がします。評なども書きたいなあとも思うのですが。

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6月23日は、日本歌人クラブ創立70周年記念シンポジウムへ行ってきました。短歌は救済になり得るか、というテーマに強く惹かれたのです。どこか遠出をしたいという気持ちもありました。

 短歌と救済について、わたし個人の体験としては、震災3年後あたり、仕事のことなども重なり心身の不調に陥りました。変な言葉しか出て来なくて、短歌も詠めなくなって塔も半年ほど欠詠していましたが、療養生活の中でぽろっと一首詠めて、ぽつぽつ詠めるようになってきて、それがちゃんと短歌らしいものになってきたこと時はうれしかったものです。そこからわーっと詠めて、連作にまとまって、心がすっきりして、体も回復してきて、<癒えた>という実感まで繋がってゆきました。今読み返せばへたくそな歌ばかりですが、短歌があったから救われた、救われたことを感じることができたと思います。
 
 さて、早起きして高速バスで盛岡まで。スケジュール的に行って帰ってくるだけになりそうだったので観光はあきらめるとして、せめてお昼ぐらいはじゃじゃ麺を食べたい。駅近の専門店にてじゃじゃ麺とチータンスープをいただきます。わたしはあんまり味付けをしない派、辛いのも得意ではないのでしょうがと味噌くらいです。時間がない中、分単位で時計を気にしつつ完食しました。
 
 プラザおでってにて12時30分からシンポジウムが始まりました。
 まずは三枝昂之さんによる講演「啄木が短歌に求めたもの」、啄木の歌は人間の体温に最も近い36℃の歌、普段着の歌、中年の歌である、というような内容でした。啄木の享年が27歳とか若いので、中年? と不思議に思ったのですが、仕事や家族のことなど生活全般をテーマにすることを指すようです。
 休憩を挟んで梶原さい子さん、千葉聡さん、三川博さん、今井恵子さんのトークセッション。それぞれ違った角度からの救済が語られて、興味深かったです。特に精神科医でもある三川さんの図解付きの分析は、なるほどーと思いました。歌人+喪の仕事+復活力→救済、但し克服を目的とするのではなく、(啄木がぢつと手を見るように)正面から向き合うことが救済なのだ、というような。
 それとは別にして、壇上の方々のほとんどが本業で「先生」と呼ばれていることなどをぼんやり思ったりしました。
 最後に、三枝昂之さん、長澤ちづさん、三原由起子さん、八重嶋勲による実作ワンポイントアドバイス。わたしは申し込んでいなかったのですが、他の方の歌への添削を聞くだけでも勉強になりました。
 資料の中に歌集「いわて震災詩歌2018」という冊子がありました。そのうちこちらについて何か書ければと思います。

 時間があればプラザおでって内のてがみ館や、近くの啄木賢治青春館にも行きたかったのですが、またの機会に(8年前に行った時の写真を載せてみましょう)。久しぶりに盛岡の空気を吸えてよかったです。

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大阪北部地震、その前にも新潟や群馬など方々で地震続きでしたが、大丈夫でしたでしょうか。非常時においてはいろいろ混乱することもあるでしょうけれど、何より自分の心を一番大事にされますように。

 大変そうな人が目の前にいても、自分だってつらかったらまずは自分を優先しましょう。
 不安で誰かに会いたくなったら、相手はこの非常時をご両親や他の大切な人と身を寄せ合って過ごしているかもしれない、なんて慮りはひとまずおいといて、「会いたい」と伝えましょう。
 たくさんの人から安否確認の連絡が来ているだろうから、自分の連絡は邪魔になるかもしれない、なんて気遣いはこの際どこかにやってしまって、連絡したい相手にはしましょう。
 停電で貴重な携帯電話の充電をわたしの連絡ごときで消費させては申し訳ない、事態が落ち着くまで控えよう、なんて考え過ぎずに、自分の気持ちのままに電話をかけましょう。
 誰かが自分を助けてくれようとした時に、わたし一人はどうにでもなる、それよりもっと大変な人の所へ行ってあげてください、なんて遠慮せずに、助けてもらいましょう。
 心細い気持ちに蓋をして「わたしは大丈夫!」なんて気丈に笑ったりせずに、「一人で居たくない」と素直に泣きつきましょう。
 必要以上にがんばり過ぎないようにしましょう。

 全部、わたしが東日本大震災でできなかったことです。
 自分の心に嘘を吐くと、しばらくしてから体に不調が現れます。そのように病気になってしまわないように、他人に気を取られ過ぎて自己犠牲せず、何よりも自分の心を守らないといけません。思うだけで、難しいのだけれども。
 
  次なんてないかもしれないなんてことあの三月に知ったはずなのに

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わたしは歌集を出してはいないけれど、わたしの歌の載っている本が書店にいくつか置いてあったりします。先日、友人と居る時に書店に寄ったついでに、その中の一冊を「わたしここに載ってるんだよ~」と軽く言ってみました。わたしが会計を済ませて戻ってくると、「きれいだね」と、感想を伝えてくれました。

 わたしの作風はきれいさとは遠く、載っていた歌もきれいな歌ではありません。彼女がほんとうに「きれい」と思った可能性もなくはないですが、たぶん読んでもよくわからないけど短歌はきれいなもの、風流、百人一首みたいなふわっとしたイメージで言ったのでしょう。
 失敗した、と思いました。余計な気遣いをさせてしまいました。
 
 昔、パワハラ上司に「短歌をやっているなんて高尚ぶって気にくわない」というような罵りを受けたことがあります。仕事をサボって短歌を詠んでいたわけでもないし、短歌をかざして人を見下していたわけでもないのに、です。履歴書の趣味の欄に「短歌」と書いていたのを、文学好きの別な上司に目を止めていただいて採用された職場でした。
 なんでもかんでも因縁をつけたいだけだと思われますが、このように一方的なイメージを持たれやすいことはわざわざ言わない方が無難だと学びました。他の歌人の方からも、嫌なことがあったため言わないようにしているという話を聞いたことがあります。

 友人とは、ここ最近とみに深い話などをしていたこともあり、今さら人格否定の材料にされることはないだろう、と自己開示してみたのですが、やっぱり言わないままでよかったのかもしれないです。
 これまで別の人に話した時も、特選かどうか、順位などの成績のみに焦点を当てられることがあったりもしました。ごく個人的な切実な思いを込めて詠んでも、「風流だね」「日本の文化だね」としか伝わらないのです。けれども、それが悪いこととも思いません。

 短歌に興味のない人にも短歌を浸透させよう! と、わたしは思っていません。興味のないものを押し付けられても鬱陶しいだけでしょう。
 たとえばわたしはスポーツが得意ではないので、スポーツの楽しさを熱く語られても共感しきれないし、選手がどうとか、技術がどうとかいうのもよくわからないのです。スポーツ観戦しようと誘われたり、一緒のチームに入って楽しみましょうとユニフォームを用意されたりしても困ってしまいます。素晴らしいことだとは理解できるのですが、世間話以上のことになると、それはわたしじゃなくて別なスポーツ好きな人に語った方がいいのでは、と後ずさりしたくなります。あくまでたとえの話で、ダンスとか盆栽とかパッチワークとか人によってはいろいろあると思いますが、そのように興味のないものはしょうがない。お互いさまです。
 そして、気を遣ったり、媚びを売るためだったり、好きでもないのに好きなふりもしなくていいと思うのでした。

  わたしには歌しかあらず歌のみにすがりついてた日々もありたり

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短歌とか詩とか本とか。
(文末の短歌は既作から拾ってくるので本文と直接は繋がってなかったりもしますよ。)
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