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川が好き。山も好き。
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1月下旬から、ブログの提供元のシステム障害で表示されなかったり繋がらなかったりの状況でした。データ消えるかな、と心配したりしていましたが、無事に復旧していただけてありがたいです。なにかすごく大変な作業が行われていたのだろうなあと思うと技術者の方々には頭が下がるばかりです。お疲れさまでした。
 塔12月号を読みましょう。敬称略です。

  格別に私にやさしいと思っていた職員さんは誰にもやさしい  藤井マサミ

 優しくされてうれしかったのに、私だからじゃなかったんだ、あの人にもこの人にも優しいんだ、と気づいてしまった時の寂しさ。職員さんは何も悪くないのにガッカリしてしまうような微妙な心の機微、わたしにも覚えがあり共感しました。
 
  都から離れるほどに闇は増し小さき駅舎にわれを待つ夫  岡山あずみ

 より鬱蒼とした不安を感じるのは「都」という古めかしい言葉選びのためでしょうか。結句の夫が灯りのような安堵感です。

  友が子を連れて来しより四十年このごろ子の子を伴いて来る  橋本成子

 母になり祖母になりとライフステージが変わっても続く長いお付き合いのお友達。下の句の調子が良くて声に出して読みたい楽しい雰囲気です。

  子を貰ひ育てられずに返し来し伯母はもう亡く弟も逝きぬ  井上政枝 

 作者の弟が伯母に貰われていったのでしょうか。近い間柄だからこそ貰ったり返したりできたものの、その分しがらみができたのかもしれません。当人達が亡くなってやっと解き放たれたのだと読みました。

  お話はいつでも姉は意地悪でやさしい妹みなに好まる  中林祥江 

 まず思い出したのはキツツキと雀の昔話ですが、確かに昔話や童話はいつもそうなのです。そのことに心が立ち止まるのは、きっと作者が姉だからでしょう。わたしもまた姉なので、せつなく読みました。

  一日が終はれば足は田の中を歩くがごとくふはふはとあり  福島美智子

 稲刈りの一連から。長靴を履いて一日中を田んぼで過ごした疲労感が伝わります。稲刈りの頃の田んぼは独特な足触りなのです。

  われが死ねば腱板断裂の妻の背の湿布はいったい誰が貼るのか  荒堀治雄

 この使命感に胸を打たれるのでした。漢字表記の病名がまたくるしい。奥様もまた、作者に湿布を貼ってもらうために生きているのかもしれません。

  工人を訪い集めたるこけし出せばこけしは年取らぬままに  中村美優 

 思い出の中で、工人の顔も自分の顔も今より若いけれど、こけしは今手にしているものと同じ顔なのです。その変わらなさもこけしの魅力だったのだ、とあらためて気づかされた一首です。

  長篇を次々読みゐし若き日の夏の休みの土蔵の匂ひ 金光稔男 

 クーラーのない頃に土蔵に涼を求めたのでしょうか。次々にページをめくる様子が下の句の調子の良さに表れているようです。全てが結句の「匂ひ」に係ってゆく歌の作りに、読んでいて鼻に意識が向かいました。

  のり塩のポテトチップス一袋残して盆の客は帰りぬ  山浦久美子

 ポテトチップスのことしか言っていない思い切った上の句。なにゆえ盆にポテトチップス。なにゆえのり塩味。という謎な感じが、かえってリアルで味わいがあり、想像が広がりました。

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1月2日に『男はつらいよ お帰り寅さん』を観てきました。シリーズ50作目にして、初めて映画館で寅さんを観ました。全ての作品を観たわけではありませんが、半分弱ぐらいは観ているように思います。シリーズものとはいっても基本的にはマドンナも毎回変わる一話完結なので、どこから観ても大丈夫なのが気楽です。
 とは言っても、今作はあれから22年、というお話なので、寅さんが旅先でマドンナと出会っていい感じになって最終的にはフラれる、といういつものパターンではありません。と、今の今まで思っていたけれども、よくよく思い返せば、寅さんではなく甥っ子の満男くんを主人公としていつものパターンだったような気がしないでもないです。夢から始まるし。

 あれから22年、寅さんの甥っ子・満男くんは脱サラして小説家になっており、娘さんと2人暮らしをしています。実家の団子屋は現在はカフェになっており、寅さんの妹・さくら夫婦や昔なじみの面々が思い出話を語り合うのでした。そして、満男くんはサイン会で、初恋の人で現在は海外で仕事をしているイズミと思いがけない再会をするのでした。
 寅さんの物語というより、寅さんと関わりのあった人達のその後の物語、といった感じです。

 昔と同じキャストだということが素晴らしいな、と思いました。みなさん今も他の映画やドラマでもご活躍中ですが、「満男くん、こんなに大きくなって…」「ああ、さくらも博もこんなに齢を重ねたのだなあ」「朱美ちゃん変わってない!」というように、懐かしい人を見るように物語に入り込めました。満男くんだけは徳永英明が流れるんだっけ?尾崎豊だっけ?と『北の国から』の純くんとごっちゃになりかけるのですが。
 そして、当然といえば当然ですが回想シーンも子役や若手俳優ではなく過去作の御本人というのに、単なる懐かしさだけではない感慨がありました。それぞれの月日の流れとか人生とか何か大きなもので胸がいっぱいになるのかもしれないし、これだけおなじみの面々が一気に老いている中で、寅さんはあの壮年の姿のままという哀しみなのかもしれません。
 それにしても、主題歌が桑田さんなのはどうなのか。

 両親と3人で観に行きました。3人で映画を観たのも人生で初めてです。父は何故かマフィンを食べていました。

  公式サイト→https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/movie50/

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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 31日から3日まで帰省していて、4日から仕事をしています。この冬の山形はびっくりするくらい雪が無かったです。積もったと思ってもいつの間にか融けています。雪が積もると雪かきの作業に追われたり、道路が不便になったりでめんどうは多いのですが、こんなに雪が無いのは何か天変地異でも起きているのではないかと心配になります。

 実家に着いて祖母に会うなり「ぺろーっとした顔して」と言われました。実家に滞在中は祖母の介護をする気満々でしたが、わたしが祖母の手を繋いで歩いていると母が横からかっさらって行ってしまうし、「おまえにはできない」とオムツも替えさせてくれません。普通は助かるんじゃないかと思うのですが、母は昔からわたしと祖母が仲良くするのはおもしろくないらしく、特に今は「介護で苦労している可哀想な自分!」がアイデンティティになっているふしがあります。祖母は93歳ですが、年齢を聞いたら「102歳」と逆サバを読んでいました。でも、いろいろ検診を受けても何も問題がなく健康なのだそうです。

 わたしがガラケーで最小限な機能に抑えているのと、実家のパソコンについては弟のこだわりが激しいこともあり、帰省中はインターネットからは離れていました。情報には疎くなりますが、有意義に時間を使える気がします。歌集や塔12月号を読んだり、犬の散歩をしたり、諸々の作業も自宅にいるよりはかどりました。
 今年も慈恩寺に初詣に行きましたが、午後に行ったからかおみくじが売り切れていました。こんなことは初めてです。今年の運勢が売り切れみたいでなんだか。両親と一緒に映画『男はつらいよ お帰り寅さん』も観てきました。良かった…。
 仙台から山形の道中は、現代短歌新聞1月号を読みました。来嶋靖生さんの文章に感銘を受け、傍線を引きました。
文芸は単に優劣を競うものではない。人間の心の根源を問うものです。本来、文芸には勝負がないのが原則で、そこが尊いのです。誰の心も対等、そこを見失ってはならない。あらためて切に思うことです。
 
 昨年がぼんやり停滞していた分、今年はなにか成し遂げたいです。自分の心を一番大切に、とも毎年言っていて、なかなかできないのだけれど、今年こそしたい。健康にもより気を付けなければ。そして自分がしあわせになれるように、また自分が誰かをしあわせにできたらいいなと思います。

  柿の木のはだかの枝に柿のヘタは残って犬と歩く農道

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大みそかです。この一年は、割とぼんやり過ごしました。ちゃんと仕事には行ってたし、ちゃんと自炊してご飯も食べていたけれど、気持ちの上ではずっとぼんやりしていたように思います。展示を観たり映画を観たり本を読んだりイベントに行ったりと、自分にできる範囲で何かしらのことはしていましたが、そのことを文章に残そうと思うと、書こうと思っているうちに一週間過ぎて一ヶ月過ぎて、といった感じでした。12月に入って今年初めて部屋の掃除をしたくらいです。わたしという人にきれいな部屋で気持ち良く過ごしてもらいたい、と思えるほどに自分を大切にできればいいのだけれど。

 小学校の同級会へ行って25年ぶりくらいに同級生らと再会した10日後ぐらいに塔の全国大会へ行ったのが、今年のいろいろ考えさせられるできごとでした。高卒で肉体労働やサービス業に従事して少子化なんてどこの国の話だろうってくらいに2、3人の大きな子持ちで両親(義両親)と同居という地元民のスタンダードからはわたしは思いっきり外れているし、短歌関係で出会う方々は地元の感じとは全然違うし、今の自分の暮らしの周りのコミュニティもまた全然違っていて、なにか層みたいなものの差にくらくらします。どこでも異端のような自分にも。自分の気持ちを整理しようと文章にしてみたりもしたのですが、うまくまとまらないまま今に至ります。

 先日の休みに少しばかりぜいたくして、こけし缶を買いました。鳴子こけしの大沼秀顯工人のえじここけしです。えじこに入っているからには赤ん坊なのでしょう。安心しきった寝顔がとてもかわいい。木の風合いをそのまま残してあるのが珍しくて、枝の太さそのままの胴に触れるたび、その元の一本の樹を思います。
 年末年始に休みが取れたので、ヘアクリップを作りました。バンスクリップと、端切れ布で材料費は300円足らず。手芸は得意じゃないけれど、楽しくできました。

 今年は令和の時代になったのがうれしかったりしました。改元の日のように、今日の天気もおだやかです。わたしは今から急行バスに乗って帰省します。
 今年一年ありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。

  国道48号線に冬の車窓はくもりたり行き道か帰り道かは知らず
(国道48号線※よんぱち)

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『ある船頭の話』を観てきていました。監督はオダギリジョーさん、出演は柄本明さん、川島鈴遥さん、村上虹郎さんなど。

 明治から大正くらい、着物と洋服の人が混在していて個人的にとても好みな感じの時代です。でも日本というより、日本をモチーフとした架空の舞台のようです。船頭のトイチは日々黙々と渡し舟を漕ぐのですが、川上では大きな橋が建設されています。橋ができたら船頭の仕事は要らなくなってしまうのでした。表向きは、橋ができて便利になることを喜びながらも内心では複雑な思いを抱えたトイチの舟に、ある夜、謎の女の子がぶつかってきます。トイチは意識のない女の子を介抱し、一緒に暮らし始めるのでした。

 場面のほとんどが川を行ったり来たりの映像ですが、とてもきれいです。抑えた色彩の中で、女の子のチャイナ服ふうの衣装などの赤色が印象的でした。次々に現れる乗客はお客様という立場だからか好き勝手に喋り、聞き役に徹するトイチとの人間模様も味わいがあります。
 近代化の波や自然への信仰、人々の営みを絡ませながらついに橋が出来た時、これまでと変わらないなんてことは絶対になくて、それでも鬱屈した気持ちを人前では包み隠して暮らすトイチの人柄が思われるのでした。
 物語はなかなかに思わせぶりで、なにがどういうことなのか最後まではっきりとはわからないのですが、それはそれでいいように思いました。謎解きが目的の話ではないというか。

  公式サイト→http://aru-sendou.jp/

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今年があと一週間で終わってしまいますよ。11月号を読みます。敬称略です。

  ひろがれる向日葵畑の端つこのひまわりの丈低きまま咲く  森尾みづな

 陽が届かない端っこで不格好に咲いている花にも目を配る観察眼。「向日葵」と「ひまわり」の表記の違いもいいと思いました。

  同窓会終はれば友ら真つすぐにそれぞれの家庭へ戻りてゆきぬ  大木恵理子

 二次会へは行かずに家庭へ、ということでしょうか。友らは家庭へ帰るのに自分は一人の部屋へ、とも読みたくなってしまうのでした。4句目の字余りが家庭の人々の多さのようです。

  鍵あなにかぎを差し入れまはすとき短く鳴れる手の中の鈴  清水弘子

 こういう普段の動作の何気ないことを歌にできるのがいいなと思いました。鍵に鈴を付けているというのもかわいくて、人間味があって。

  よく喋る運転手なり天性のものではおそらくない快活さ  金田光世

 見抜かれてしまった。仕事のため本来の自分とは違うキャラクターを演じていることに気づく人もまた、きっと繊細で思慮深いのでしょう。よっぽどバレバレの演技だったのかもしれないけれども。

  負傷した一兵卒と看護婦の出会いのありて生まれた私  坂下俊郎

 戦争なんて起こらなければよかったのだけど、戦争があったから繋がった縁があるということに運命の不思議を思います。お父様が軍人としてあまり偉くも強くもなさそうなのが、また。

  家長といふ指定の席は卓にあり戸棚の皿の出しやすき場所  白井均

 「家長」とおだてられながら皿の取り出しなど雑用に使われているのでしょうか。うまく転がされているような家庭内の立ち位置が見えるようです。

  ネイビーとグレーのパンプス玄関に並べて交互に似た日々を行く  紫野春

 靴が傷まないように二足を交互に履くのでしょう。黒ではなくネイビーとグレーという色合いに、似たような日々へのささやかな抵抗が見えるようだと思いました。

  少しずつ祖母の手に似てくる母の手だ 僕はそろそろ家を出ていく  川又郁人

上の句の字余りとか、断定とか、「似てくる」「出ていく」という捉え方がなにか不思議に気になる。未来に向かっている文脈なのでしょうか。そして口語の味わい。

  畑から売地となりし空き地ゆえところどころに里芋の葉が見ゆ  朝日みさ

 里芋のあの大きな葉が空き地に育っている光景を思い浮かべて和みました。売る時に片付けたのでしょうけれど、生命の力の凄さが思われます。農家の後継ぎ不足問題みたいな背景もある歌なのかもしれません。

  婚活をする夢を見てうなされて起きて隣を見てまた眠る  塩原久美

 夢にうなされるほど婚活とは壮絶なものなのか!と、ちょっと笑ってしまったのです。隣で眠る相手がいるのなら婚活をする必要はないのですから、安心して二度寝もできるでしょう。動詞が多さときっちり定型に収まっているのがコミカルな印象です。

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『兄消える』は夏頃に観ていました。監督は文学座の西川信廣さん。柳澤愼一さん(86歳)、高橋長英さん(76歳)のW主演。この主役二人の年齢で「観よう!」と決めました。兄役の柳澤さんは「本作を遺作にしたい」と挑まれたとのこと。タイトルが『父帰る』(菊池寛)、『兄帰る』(近藤ようこ)、『母帰る』(重松清)『夜消える』(藤沢周平)、などと紛らわしいですが、似ている響きの作品が多いからこそ耳に残るというのもあったかもしれません。

 町工場で一人で真面目に働く独身の弟のもとに、行方不明だった兄があやしい女性を連れて40年ぶりに帰って来て……という老兄弟の話。
 弟・鉄男の食生活がとにかく悲しい。朝は自宅でトーストとウインナーとコーヒー、昼は工場でカップラーメン、夜は行きつけのスナックで、というくり返しで、健康面が心配になってしまいます。見ているわたしが悲しくなるだけで、鉄男にとっては日常なのです、というのも悲しい。この映画の見どころはいっぱいあるのですが、わたしは食生活が一番印象に残りました。
 そんな実直な弟に対して、兄・金之助は飄々としてつかみどころのない感じ。服がおしゃれ。とてもすてきなので、遺作なんて言わないでこれからもご活躍いただきたい。
 長野の町並みは懐かしく、優しい映画でした。そして主題歌の「私の孤独」がとても合っていて良かったです。どこかで聴いたことがあるような気がしたのですが、シャンソンの名曲なんですね。この先の人生でもきっと折に触れて聴きたくなると思いました。
 
  公式サイト→https://ani-kieru.net/

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わたしの部屋がこんなに散らかっているのは本のせいだと決め込み、思い切って大きな本棚を買いました。組み立て式の本棚が自宅に届き、これでやっとスッキリするぞ、と期待しました。が、思わぬ落とし穴がありました。「必ず二人以上で作業してください」と、説明書に太字で注意書きがありました。

 こういう時にわたしにも兄がいたらよかったんだろうか。と、考えたのは昔の元同僚さんが「何か困ったことがあるとお兄ちゃんを呼んでる。いつでも夜中でも駆けつけて来てくれる」と言っていたのを思い出したからです。
 デートをしていたら親が付いてきたとか、外泊したら警察に失踪届を出されたとか、許しを得られなかったので家出をして一人暮らしを強行したとか、その人の家族の過保護ぶりは雑談の時の定番ネタでした。割と放任主義で家を出ることを望まれて一人暮らしになったわたしは、まるで別世界の話のように聞きながら、「愛されてるね」と何度も相槌を打ったものです。

 生育環境の違いは思わぬ時に影響を及ぼします。震災の翌朝、わたしとその当時の同僚さんは、それぞれ別の人に車で自宅に送られることとなりました。わたしは自宅アパートの前で降ろしてもらい、めちゃめちゃになった部屋を一人で片付け、トイレを借りに役所に行ったり来たりしつつ、夜は避難所に行って冷たい床の上で眠りました。
 同じくらいの年齢で同じ時間に同じように同じ場所を出発した同僚さんは、その後を同じようには過ごしていませんでした。自宅アパートまで送ってもらった後、送ってくれた人が部屋の中まで片付けてくれ、こんなところに置いてゆけないと心配され、みんなと一緒の所へ引き返していたのでした。

 片づけを手伝ってほしいと頼んだのか、自主的に世話したのか、詳しい話は聞いていません。この際どちらでも同じようなものでしょう。それぞれの送ってくれた人の人柄の違いや相性もあるでしょう。けれども、組み合わせが逆だったとしても結局わたしは一人で避難所に行く流れになる気がしました。愛されて育った人特有の可愛げだとか素直さだとか守ってあげたくなるような雰囲気だとかそういうものがわたしには足りなくて、そうした人格形成の差がこういう非常時に運命を分けるのだ、と知りました。尤も、大きな被害に遭った人がたくさんいる中で、わたしの個人的な小さな衝撃なんて些細なことに過ぎません。命が助かっただけでもう充分にわたしは幸運な側にいるのでした。

 本棚は一人で組み立てました。一人の腕の力では重くて持ち上げられなかった物も、腰を下げて肩に担ぎ、背負うようにすれば、どうにかなんとかなりました。自分の身長より高くなった本棚に、床いっぱいの本を収めてゆきました。ずっとこんなふうに生きてきたし、ずっとこんなふうに生きてゆくのかと思いました。窓の外はすっかり夜になっていました。

  「たすけて」とときどき叫びたいけれどあの日のようにまたがまんする

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月日の流れがこの頃とても早く感じるのです。10月号を読みます。敬称略です。

  名古屋場所の観客席に父に似る人あり団扇をゆつくり使ふ  石原安藝子

 土俵と観客席が近いからか引きの映像が多いからか相撲中継では観客席が割と映ります。団扇をゆっくり使う様まで見えるのは相撲らしい時間の流れ方だと思いました。

  わたくしに淡くつながるをみなごの赤いお箸を買ひにゆく夏  藤木直子

 つながりの淡さと赤が対比のようでいいなと思いました。女の子だから赤というよりは、お祝いごとの赤と読みました。縁というものをあらためて大切にしたくなる一首です。

  農の手を休めてスイカ頬張りし九十歳も種を飛ばせり  石井久美子

 元気な九十歳だなあ、と読んでいてうれしくなりました。「九十歳も」なので他の人達と種の飛ばしっこをしているのでしょう。つかの間の休憩を終えたらまた炎天の中を農作業に戻るのです。

  まどろみに重き瞼をひらくとき吾へほほ笑まんとす君の気配す  大堀茜
 
 この一首だけだと幸せな相聞歌で、それはそれとして安心感の伝わる良い歌ですが、こういう歌が闘病の一連の中にあるということにも深みを感じました。

  祝ひ水かけられ歩く加勢鳥の身ぶるひすれば我も濡れおり  中西よ於こ

 加勢鳥は全身を覆う蓑のようなものを被った人達が「カッカッカー」と言いながら踊り歩く山形の風習なのです。沿道の人から加勢鳥へ、加勢鳥から作者へという水の動きが人々を繋ぐようです。

  老主夫を見かねて嫁は窓越しに餃子差し入れする春の宵  菊池秋光

 一読して嫁舅のあたたかい歌のようなのですが、一緒に食べるわけでもなく、玄関から家に入って渡すわけでもなく、窓越しであることに微妙な距離感を感じてぞわぞわしました。そして料理が餃子というのが絶妙。

  徒歩圏内にコメダ珈琲店があるそれだけが今の心の救い  山上秋恵

 転居の一連。慣れない土地で居場所を見つけた安心感が伝わります。「それだけ」の切実さ。チェーン店に救われるというもわかる気がします。

  この道でよかったのだろうそういえばいつも何かの花が咲いてた  森川たみ子

 迷子の歌かもしれないけれど、人生のことのようにも思えます。「何かの花」という漠然とした表現が、この歌では良いと思いました。

  もう田には入るなといわれ千春さん畔に黙って後手を組む  高原さやか

 入るなと言われても田んぼに居たい千春さんに胸を打たれるのでした。後手を組むのはお年を召して腰が曲がっているからと読みました。

  職場から海が見えるというけれどビルの谷間の指の先ほど  内田裕一

 「見える」とわざわざ言うほどでもないくらいということでしょうか。指の先ほどの小ささでも、海が見えることをありがたく感じる人がいるのでしょう。

 そして10月号は池本一郎特集ということで、自選30首に入っていなかった歌でわたしの好きな池本さんの歌を一首挙げましょう。

  幾瀬経てたとえば一郎杉という呼び名残れば来て遊ばんか  『池本一郎歌集』

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毎週楽しみに観ていたドラマ『少年寅次郎』が最終話を迎えました。映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんの少年時代の物語で、主人公は育てのお母さんです。映画の方とは少し設定が変わっていたのかもしれませんが、おもしろかったです。なにより、幼年時代、少年時代の子役の子がかわいい。この子が大きくなって寅さんになるんだ、というのが自然に受け入れられるような雰囲気で好演でした。
 物語が昭和11年から始まったので当然の流れとして、第3話あたりで昭和20年8月を迎え、玉音放送が流れてきました。まただ、と思いました。少し前に大河ドラマの『いだてん』でも玉音放送を聞きました。その前に昼ドラの『やすらぎの刻~道~』でも玉音放送を聞きました。

 そんなにたくさんの連続ドラマを観ているわけではないのに、それほどの時期をおかずに玉音放送を続けて聞いたのが、自分でも少し気になりました。戦争特集の多い夏に観た単発ドラマでも聞いたかもしれないし、ドキュメンタリーを入れればもっと聞いたかもしれません。

 テレビで聞く玉音放送はほとんどが「耐え難きを耐え~忍び難きを忍び~」という一節ですが、8月に映画館で観た『東京裁判』では冒頭で全文が流れました。全文を聞いたのは初めてです。なんだかとっても難しい文章だったのですが、当時リアルタイムでラジオから聞いた人は理解ができたのでしょうか。少なくとも無学なわたしの祖母はわからない気がします。父方の祖父や同居していた大伯父など、戦争に行って帰ってきた人が存命だった頃にいろいろ話を聞いておけばよかったなあとも今になって思うのですが、子供の頃は戦争の話は怖くて積極的に聞こうという姿勢にはなれませんでした。また、家には戦死した兵隊さんの遺影があるので、子供心に察して遠慮していたようなところがありました。兵隊さん、なんて言っていたけれど、わたしと血の繋がりのある人なのだと思えば、なにか大切なことを通り過ぎてしまったような気もするのでした。
 『東京裁判』は冒頭で玉音放送が流れたあと、『昭和萬葉集』より土岐善麿などの短歌がいくつか流れました。こういったドキュメンタリー映画の中で短歌の朗読が挿入される、ということも興味深いです。どうして短歌なのか。どうしてわたし達は短歌を詠むのか。
 5時間くらいあったので体も心もどっと疲れましたが、観てよかったと思いました。観る前まではA級戦犯が誰なのかも、靖国参拝がどうして問題になっているのかもよくわかっていなかったのです。なにかを深く理解したとか、思想が大きく変わったとかいうわけではないですが、事実としてあったことのそのままの映像を観た、というのがよかったです。12月にも再上映されるそうです。

 そういえば、祖母から戦時中のエピソードを一つだけ聞いたことがあります。群馬県の落下傘工場で働くことになり、少女だった祖母はどうも罪を犯してきたようなのでした。

  落下傘工場で絹糸一つくすねてきたと祖母舌を出す

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自己紹介:
短歌とか詩とか本とか。
(文末の短歌は既作から拾ってくるので本文と直接は繋がってなかったりもしますよ。)
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