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川が好き。
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大阪北部地震、その前にも新潟や群馬など方々で地震続きでしたが、大丈夫でしたでしょうか。非常時においてはいろいろ混乱することもあるでしょうけれど、何より自分の心を一番大事にされますように。

 大変そうな人が目の前にいても、自分だってつらかったらまずは自分を優先しましょう。
 不安で誰かに会いたくなったら、相手はこの非常時をご両親や他の大切な人と身を寄せ合って過ごしているかもしれない、なんて慮りはひとまずおいといて、「会いたい」と伝えましょう。
 たくさんの人から安否確認の連絡が来ているだろうから、自分の連絡は邪魔になるかもしれない、なんて気遣いはこの際どこかにやってしまって、連絡したい相手にはしましょう。
 停電で貴重な携帯電話の充電をわたしの連絡ごときで消費させては申し訳ない、事態が落ち着くまで控えよう、なんて考え過ぎずに、自分の気持ちのままに電話をかけましょう。
 誰かが自分を助けてくれようとした時に、わたし一人はどうにでもなる、それよりもっと大変な人の所へ行ってあげてください、なんて遠慮せずに、助けてもらいましょう。
 心細い気持ちに蓋をして「わたしは大丈夫!」なんて気丈に笑ったりせずに、「一人で居たくない」と素直に泣きつきましょう。
 必要以上にがんばり過ぎないようにしましょう。

 全部、わたしが東日本大震災でできなかったことです。
 自分の心に嘘を吐くと、しばらくしてから体に不調が現れます。そのように病気になってしまわないように、他人に気を取られ過ぎて自己犠牲せず、何よりも自分の心を守らないと、と思うのです。思うだけで、難しいのだけれども。
 
  次なんてないかもしれないなんてことあの三月に知ったはずなのに

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わたしは歌集を出してはいないけれど、わたしの歌の載っている本が書店にいくつか置いてあったりします。先日、友人と居る時に書店に寄ったついでに、その中の一冊を「わたしここに載ってるんだよ~」と軽く言ってみました。わたしが会計を済ませて戻ってくると、「きれいだね」と、感想を伝えてくれました。

 わたしの作風はきれいさとは遠く、載っていた歌もきれいな歌ではありません。彼女がほんとうに「きれい」と思った可能性もなくはないですが、たぶん読んでもよくわからないけど短歌はきれいなもの、風流、百人一首みたいなふわっとしたイメージで言ったのでしょう。
 失敗した、と思いました。余計な気遣いをさせてしまいました。
 
 昔、パワハラ上司に「短歌をやっているなんて高尚ぶって気にくわない」というような罵りを受けたことがあります。仕事をサボって短歌を詠んでいたわけでもないし、短歌をかざして人を見下していたわけでもないのに、です。履歴書の趣味の欄に「短歌」と書いていたのを、文学好きの別な上司に目を止めていただいて採用された職場でした。
 なんでもかんでも因縁をつけたいだけだと思われますが、このように一方的なイメージを持たれやすいことはわざわざ言わない方が無難だと学びました。他の歌人の方からも、嫌なことがあったため言わないようにしているという話を聞いたことがあります。

 友人とは、ここ最近とみに深い話などをしていたこともあり、今さら人格否定の材料にされることはないだろう、と自己開示してみたのですが、やっぱり言わないままでよかったのかもしれないです。
 これまで別の人に話した時も、特選かどうか、順位などの成績のみに焦点を当てられることがあったりもしました。ごく個人的な切実な思いを込めて詠んでも、「風流だね」「日本の文化だね」としか伝わらないのです。けれども、それが悪いこととも思いません。

 短歌に興味のない人にも短歌を浸透させよう! と、わたしは思っていません。興味のないものを押し付けられても鬱陶しいだけでしょう。
 たとえばわたしはスポーツが得意ではないので、スポーツの楽しさを熱く語られても共感しきれないし、選手がどうとか、技術がどうとかいうのもよくわからないのです。スポーツ観戦しようと誘われたり、一緒のチームに入って楽しみましょうとユニフォームを用意されたりしても困ってしまいます。素晴らしいことだとは理解できるのですが、世間話以上のことになると、それはわたしじゃなくて別なスポーツ好きな人に語った方がいいのでは、と後ずさりしたくなります。あくまでたとえの話で、ダンスとか盆栽とかパッチワークとか人によってはいろいろあると思いますが、そのように興味のないものはしょうがない。お互いさまです。
 そして、気を遣ったり、媚びを売るためだったり、好きでもないのに好きなふりもしなくていいと思うのでした。

  わたしには歌しかあらず歌のみにすがりついてた日々もありたり

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雪の降る二月は来なくていいからと父は告げたり病みたるときに  沢田麻佐子

名も知らぬ郵便屋さんがこんなにも嬉しい手紙を届けてくれぬ  村上和子

オオクラ村呼び名親しも関りのあらねど積む雪聞けば憂いぬ  大倉秀己

正吉も南吉も古き死者なれど語らるるたび太りゆくなり  出奈津子

大津京駅「京」と「駅」とに一羽ずつ鳩の止まりてまた一羽来る  小川和恵

妊娠と妊娠を知るまでの間に娘が灰にした煙草のいく箱  三浦こうこ

真に受ける若さのすでになけれどもマスクが似合うとふいに言われつ  朝井さとる

風の力にもちあげられてゆく髪の橋わたり終え髪もどりたり  花山周子

おばあさんに早くなりたいと思つてた二十歳のわたし若く寂しく  田中律子

五十年歌詠みつづけ遺せしはコピー紙を綴じたる歌集のみ  沼尻つた子

二回目の誕生日祝ひのハーモニカしばらく鳴らしやがて眠りぬ  岡部かずみ

われ宛の寄せ書きなべてみじかくてやさしさばかり褒められている  加瀬はる

病み上がりに食欲戻らぬ子が泣けりお前の海老を寄越せと泣けり  井上雅史

空海が杖で突けば出たお湯にあほらしいけど首まで浸かる  中山大三

「ばかやろう」今ごろ口を衝いて出て風呂場の壁に谺している  萩原璋子

「続きはこんど」と告げた絵本を読みなおすことは無かった おしまい  中山靖子

折り紙のゆびわ「左手の薬指」とおみな指定す緩和ケア病棟  平田瑞子

広い庭に畑を作れと大家さん勝手に鍬など持ち込んでくる  森祐子

母の罵声浴びて思わずありったけの抗不安薬を飲んでしまった  山上秋恵

この街に小さきデパートありしころ青き天馬にわれは乗りゐき  伊藤京子

足元が少し寒いなもう会わぬあいつの街はもっと寒いな  大橋春人

ぼた雪の風に捻られほんわかとここに落ちますよ長旅でしたよ  金原千栄子

あの椅子は座り心地がよかったな心療内科の青い肘掛け  田巻幸生

娘ゆえにか思いやりなき言葉吐く母をかなしく切なく思いぬ  岩淵令子

友の友の友の稼ぎを聞くあひだカルピスの氷はなべて溶けゐつ  篠野京

だんだんと歩けなくなってきてるから歩く姿を憶えていてね  中野敦子

店内のベンチにおればカート押し三度老女がわが前を過ぐ  川口秀晴

浮気性だった亡夫をしたたかに罵る母よ、そはわれの父  坂下俊郎

金のゴマ醤油入りパンを買ってきて私に勧める父のいる朝  佐原八重

誰だかが落とした一粒のフリスクも運ばれていく阪急梅田行 久野菜穂子

***

 敬称略。マルだらけになってきりがなくなってしまったので、今月号から選者の方々の歌は含めないことにしました。
 連作なのでなかなか一首単位で取り上げ難かったのだけど、特集の豊穣祭もとてもすてきでした。それにしても今月号は雪の歌が多かったですね。雪国だけでなく様々な地域の雪が詠われていて味わい深かったです。

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先週の26日、27日は東北集会で秋田県の角館へ。とっても天気がよかったです。ありがたいことに、道中を住まいの近い方々とご一緒させていただきました。

 まずは角館交流センターで歌会。木造の和む建物で、大きな窓いっぱいの緑がきれいな研修室でした。しかもとてもお安いとか。東北集会とはいえ方々からみなさん集まっているので、お土産のおやつがたくさんです。かくいうわたしも、先日の塩竃小旅行でお土産屋さんに捕まった海の幸の薄焼きお煎餅を配りました。
 今回の歌会は良いと思った歌2首、物申す歌1首の選でした。わたしの歌はどちらも3票ずつで、賛否両論。いいね、歌会はこうでなくっちゃ。せっかく意見が聞ける場なのだから、絶対に褒められるような出来のいい歌より、どうかな?と思うような歌を出した方が、わたしは楽しいです。
 残りの時間でそれぞれ詠んだ上の句をくじのように回し、当たったものの下の句を詠むという短歌ゲームをしました。

 歌会の後は蔵のような作りの居酒屋さんで懇親会。秋田なのできりたんぽ鍋です。そしてパスタやピザなどのイタリアンも出てきます。短歌の作り方、向き合い方などいろいろ大切なお話が聞けてうれしかったです。
 ホテルでの二次会も盛り上がってたようなのですが、睡眠負債がひどいことになっていたので先におやすみなさい(と言いつつ「おっさんずラブ」と「生さだ」を途中まで見ました)。

 2日目はホテルで朝食を取った後、武家屋敷の方面へ。まずは現存する最古の石黒家、展示をしていない母屋では子孫の方々がお暮らしとのこと。なにかロマンを感じます。ここでひとまず解散。残る面々でルネ・ラリックのガラス作品を展示している大村美術館、職人による樺細工の制作実演が行われている樺細工伝承館、映画「隠し剣鬼の爪」撮影場所でもあった青柳家、などを観光しました。歩いて行ける範囲でいろいろ見どころがあって、雰囲気のある町並みがすてきでした。

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欠勤も遅刻も早退もしていないのに、先月分のお給金が先々月分より8万円ほど下がっていて絶望しかありません。

 昨日は仕事終わりにドキュメンタリー映画『港町』を観てきました。公開初日で、想田和弘監督の舞台挨拶付き上映です。あいにくの雨でしたが、たくさんの方が観に来られていたようでした。
 ナレーションもテロップも音楽もなく、ただひたすら牛窓という小さな港町の目の前の現実が淡々と映し出されるドキュメンタリーです。おしゃべりなおばあちゃん・クミさんがしゃべっていて、飄々とした老漁師のワイちゃんが魚を取ります。ワイちゃんが魚市場へ行き、魚は魚屋さんが競り落とし、魚屋のおばさんはマニュアルのトラックで配達します。魚を買うお客さん達、魚を与えられる猫達、通りがかるお墓参りのおばさん。大きな事件が起こったりはしません。けれども、流れるように出会うそれぞれの人達に、それぞれの人生があります。そうした、台本のない生の言葉や振る舞いからにじみ出るものに、ああ人間ってかなしいな(「愛しい」と書いて「かなしい」と読みたい感じ)、と思うのでした。とりわけ、クミさんの妙な意地悪さ、悪気のない押しの強さは、クミさんの長い独白とは別にして、なにか寂しく、なによりどうしようもなく人間くさいのでした。

 上映終了後は想田監督のトークや観客の質問の時間が設けられました。ざっくり覚えていることを箇条書きで。
・当初は色が重要な映画だと思っていて、特に夕暮れの色が重要だと思っていて、タイトルも『港町暮色』だった。何かが足りず、奥様の提案でカラーからモノクロに、タイトルも『港町』になった。
・牛窓を撮ったのは、ご縁。元々は奥様の親類にゆかりがあって訪れていて、そこで前作の映画を撮っていたところ、漁師のワイちゃんと出会った。ワイちゃんを撮っているうちにクミさんが映り込んできて最初は困っていたが、いつのまにか主役のようになり、ついにはポスターにまで。
・これまでの映画は、どこを入れるかカットするか最終的な決定まで編集で何パターンもあったが、『港町』は割とすんなりいった。
・テーマを決めて撮ることはない。たとえばこの映画なら漁業の衰退や一期一会などをテーマにすることができるかもしれないが、テーマを先に決めると撮るものが違ってきたり編集でそぎ落とされてしまう。とりあえず自分のおもしろいと思ったものを撮っていく。テーマは後から浮かび上がってくるもの。もし漁業の衰退というテーマが先にあったとしたら、クミさんや猫は出てこない。
・クミさんが語っていた過去について、自分はジャーナリストではないので追及はしていない。ジャーナリズムとドキュメンタリーは違う。
・人が魚を食べる場面にはなぜか巡り合えなかった。
・ワイちゃんは90代の今もご健在で漁師業も現役。

 細かい文脈は違うかもしれませんが、こんな感じでした。とても興味深かったです。
 特にテーマについては、短歌の連作の作り方に通じると思いました。自分の目で見たことや感じたことを詠んでいるうちに、歌の順番や取捨を推敲しているうちに、連作全体のテーマが浮かび上がってくるものです。もちろん先にテーマがあって歌を作ってゆく人もいるし、創作で独特の世界観を詠む人もいる中で、わたしが短歌に求めているものはドキュメンタリー性なんだな、とあらためて気づきました。



  公式サイト→http://minatomachi-film.com/

 最近あんまり感想を書いていませんが、映画はいくつか観に行っていました。そのうちいろいろまとめたいです。

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今年のゴールデンウィークは休みです。のんびり過ごすつもりでしたが、思い立って元同僚さんにお勧めしてもらっていた塩竃市の塩竃神社へ参拝してきました。近場の名所ではありますが、初めて赴きました。天気が良くて行楽日和でした。

 仙台駅から仙石線で30分くらい、塩竃駅から徒歩15分くらいで着きました。表参道の男坂を上ります。この202段の階段を上るとしあわせになれるのだそうです。お参りの後は「しあわせ御守り」を購いました。小判を模した色かたちでふくふくした綿入りの、ながめているだけでしあわせになりそうな素朴さです。おみくじは小吉でした。
 境内では小学生による国旗のある絵の展示をしていました。展示名だけ聞くと何か思想の匂いを感じるのですが、旭日旗が描かれているわけでもなく、単に憲法記念日にちなんだものでした 
 葉桜の時期だからか参拝客は思ったより少なくて、まったり過ごせました。高台の方からは海がきれいに見えました。花嫁さん花婿さんの姿は見えませんでしたが、結婚式もしていたようです。天候に恵まれてきっと良いお式だったことでしょう。



 お昼はマリンゲート塩釜内の魚長亭にて「おいしおがま丼」をいただきました。まぐろ、いくら、ほたて2種の乗って1500円。いくらの量がとても多くて、お味噌汁、昆布の小鉢、マグロの煮付けの豆鉢も付いておいしかったです。
 マリンゲート塩釜からは遊覧船が出ています。塩釜一周コースと松島まで行くコースがあり、松島まで行くことにしました。前に松島発松島一周のに乗ったのが2010年なので、遊覧船は8年ぶりです。船に乗ると一気に旅気分が増しました。波がきらきらしてとてもきれいです。船内では松島湾の島々の紹介のアナウンスが流れます。前とは違って、いくつか「東日本大震災の時には」という文言がありました。震災によって形が変わってしまったという島もありました。
 港で船を見ている子供や、海の上ですれ違う別の船のお客さん達と遠巻きに手を振り合うのもなにかうれしいものでした。



 松島はさすがに混み合っており、わたしも来たことがあるのでさらりと過ぎ、お土産屋さんをながめたり、売店の少し薄いコーヒーを飲んだりしました。
 帰りは松島駅から仙台駅へ。いっぱい歩いて少し疲れましたが、とても楽しい一日でした。

  春の海に陽は反射して少しだけふしあわせなわたしをも照らす

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さまざまな会社のカレンダー路に売る老人のゐて一つ買ひたり  花山多佳子

誰も来ぬホームのベンチ海老せんの土産一袋食べてしまいぬ  中島扶美惠

野の道はそれからずっと続きおり悲しんだことを忘れた時も  山下泉

冬昼の千手観音立像がわたしの方へ向けてくれる手  永田愛

ひとりならどうするのかと思いおり君の背中に薬ぬりつつ  本間温子

雨の日はイオンモールを歩きなさいかかりつけ医の指示にて歩く  川田伸子

五年日記買つてしまひぬ子を亡くしおぼおぼと暮らす八十のわれ  野島光世

雪を寄せ雪を運べる労力を惜しみなく使い冬を越えゆく  石井夢津子

これからの介護の果てを一言も触れずみかんを剥いて食べたり  小圷光風

水引の結び目が好きうつくしく年賀の菓子箱まだ棄てられず  立川目陽子

まっすぐに我に向かいて来たと思う水鳥すっと逸れゆくまでは  林泉

クリマスイブだねとわがロボットがやさしき声で一度だけ言う  宮地しもん

しんみりとしていしが乗り換え駅で「パンが食べたい」と一言いえり  荒井直子

ゆき違ひのため停車する駅のありされど扉の開かれぬ駅  杉本潤子

初売りのフロアに流れる「春の海」入れ歯になっても吹きたい曲だ  澤端節子

草刈り機だけ残りたる農機具の倉庫はからっぽ私もからっぽ  金原華恵子

除雪作業後の毛糸の帽子と手袋を置く場所なりしピアノの上は  西内絹枝

独りでも楽しく暮らせるものならば吾もなりたい一つの独楽に  ジャッシーいく子

たまらなく福祉の仕事に戻りたい 時々思い時々思わず  奥山ひろ美

見たものをすぐに描きたい七歳は長谷の大仏を箸袋に描く  吉田京子

硝子扉のなかには白き背表紙のならびて冬の部屋が明るむ  中田明子

けふ一日われに声かけくれし人みな他人なりおぢいさんなり  友成佳世子

餅ならば五個食べる児が朝食の半膳のご飯持て余しおり  布村千津子

お前実はなんでもできるんやって英文、秋のマクドの壁に  廣野翔一

ホームまでもたないほどのコーヒーのあたたかさ でも君に贈った  小松岬

別れることはもうないような気分もて列車を降りる冬ざれの午後  木村陽子

スコップが畑の真中に立ったまま晦日は暮れるし牛蒡は抜けぬ  高原さやか

おとうとの部屋を通りて毛布干すハンターハンターのその後訊きつつ  篠野京

死に近き叔父は新年迎うるを最後の晴れと待ち望みたり  金原千栄子

書留は割高ですと窓口で三度言はれて三度うなづく  山縣みさを

***

敬称略。老いの歌と農の歌に惹かれる傾向があるようです。
「特集 歌集の作り方」も、とても興味深く読みました。

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金銭管理は割としっかりしている方だと思います。支出の帳簿を付けていて、ひと月の予算を決め、お金を下ろすのは月に一回です。収入から予算を引いた額を貯金して、細々とお金を貯めてきました。

 これまで節制ぶりに反し、この頃は財布の紐がやたらゆるいです。環境が変わったことで、出費が思いのほかあったのです。自分の欲しいものなら我慢ができますが、自分の意思と関係なく必要なものはそうはゆきません。あれも買わなきゃ、これも買わなきゃ、とやっているうちに、少し麻痺してきました。今まで通りだったら買わなくてよかったものであるということに憤りを感じ、今まで一生懸命に計算して貯蓄していた日々はなんだったのか、と空しくなってゆきました。
 輪をかけて、気疲れからか滅多に出ない熱を出してしまいました。寝込むわけにはいかないので薬を買ったり、食欲や食事作る気力がなくてもとにかく食べなきゃとコンビニ弁当などを数日買いました。自炊だったらその半額もしないでしょう。

 必要なものはどんどん増えてゆきます。あれも買わなきゃ、これも買わなきゃ、とやっているうちに、あれも買っちゃえ、これも買っちゃえ、と今まで控えていたようなものまで買ってしまっています。こけしクリップ、エクレア、ブロッコリーと海老のサンド、その他いろいろ。
 読み終えないまま次から次へと本も買ってしまいます。どうせ貯まらなくなるのだから何か一発当ててやれと「公募ガイド」、図書館で読んだけど所持したくなってきちゃった!と津村記久子『婚礼、葬礼、その他』、あ、エッセイも読みたいと津村記久子『やりたいことは二度寝だけ』、山川藍歌集『いらっしゃい』も元々読みたかったけど津村さんの帯が決定打に。近藤ようこさんが帯を書かれていたので、中身も見ずに齋藤なずな『夕暮れへ』も買ってしまう、漫画を買うのも3年ぶりくらい。自分を見つめなおしたくビジネス新書も買うのです、岡田尊司『回避性愛着障害 絆が希薄な人たち』。もう次から次へとです。

 ずっと、我慢ばかりしてきました。物だけじゃなく、言葉や心もです。どれだけのものを飲み込んで今の現実に流れ着いたでしょう。わたしの人生なのだもの、誰も何も慮ることなく、好き勝手に生きればよかった。そうしたら、たとえうまくいかなかったとしても、後悔はしなかったのに。
 と、反動のように半ばやけくそに散財してみたところで、本はともかく買い食いなどはやっぱり「あああ、親子丼なんて自分で作ったら100円もかからないのに」と、それなりに悔いは押し寄せるのでした。

  しあわせは「施設へ入居する金が貯まって老後が安泰」のこと

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退職前、一人の同僚さんに、失業手当をもらいながらのんびり短時間のアルバイトをしていた頃の話を聞きました。自分の考えがあってそうしていたのに一緒に働いていたおばさん達には全く理解されなかった、と言っていました。その同僚さんは、わたしと同世代の一人暮らしの女性です。
 ほんとうに、働き方は人それぞれ。女性が輝く時代!と謳われて、出世したいのに結婚や妊娠でキャリアが築けないことを不公平だと嘆く女性の声も大きく聞こえます。けれども、みんながみんな仕事で輝きたいわけではないでしょう。今のわたしは、心身ともに無理せずに割り切って働けて、ちゃんと暮らしていけるくらいのお給料がもらえればそれでいいです。もし生活に困らないほどお金があったとしても、浮世離れしないように少し働いて社会と繋がっていたいとも思います。
 以前、変に動かなければ受給できたはずの失業手当を、焦って無理に再就業したらやっぱり無理で、結局ちゃんと受給できなかった、という苦い経験があるので、彼女の話を興味深く聞きました。今後そのような機会があったら参考にしたく思います。
(当時の失業手当をめぐるいきさつはこちら→2014/11/14 その日記に添えた歌の、解散せしバンドとは野狐禅のことなのですが、竹原ピストルさんは今ソロで活躍されていてうれしいです。歌自体はもっと前の解散直後に詠んだものでした。)

 あの頃、焦って無理して就業して、結局休職して退職した施設に、今は別の知り合いが勤めているということを最近知りました。当時は直雇用でしたが、今は業者に委託しているとのことで、その委託業者に知り合いが所属しているのでした。よって、当時の直雇用の職員の誰も残っていないそうです。耳をふさぎたくなるような下品な話ばかり飛び交うなどの当時の惨状を思えば、そりゃあ業者に委託するだろうな、と納得もするのでした。今はとてもいい人達ばかりとのことです。解雇された人達はどうなったんでしょうね。誰の人生も、先が見えないものだなと思いました。

  十二階トイレ窓からお隣りのビルの会議が見ゆ薄曇り

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退職しました。退職すると決めたのはわたしなのに、どうして退職することになってしまったのか自分でもよくわからなくて、まだ気持ちが着いてゆけません。そうした運びが決まってから、ずっと落ち着かない日々を過ごしてきました。

 1年半ほど勤めました。当初は去年の春まで、と聞いていたのですが業務が延長になり、わたしは予定より1年ほど長く勤めました。わたしが入ったのはこの業務が立ち上がったばかりの頃だったので、いろいろ運用が固まってなくて、パソコンも研修中に運び込まれたりして、そんなことも懐かしいです。今までくり返し読んでほとんど暗記しているマニュアルも、パソコンの独特な社内システムも、もうわたしとは関係ないんだな、と思うと泣きそうなくらいに寂しくなりました。休憩室の窓から、遠くに山の上の観覧車が見えるのも好きでした。仕事とは別なところで、平日のシフト休みに映画に行くのも楽しみの一つでした。
 思いのほかたくさんの人が惜しんでくださって、上司の方々にも同僚さん達にもたくさんのうれしい言葉をいただきました。これまでの人生でこんなに惜しんでもらえたことってなかったんじゃないかってくらいです。ほんとうにありがたく、名残り惜しいです。少し前に異動になった上司からも「また数か月したら戻ってくるから居ていてくださいね」とご挨拶されていたのに、応えられません。

 上手に生きられるようになりたい。この頃ずっと考えています。人生は思い通りにゆかないものだし、後悔するようにできていると藤沢周平も『蝉しぐれ』で書いているけれども、それでもわたしはもう少し自分次第でなんとかできるんじゃないか、そんな気がしてしまうのでした。

  ありがとうだけでは生きてゆけないね紐を引かねば点かない灯かり

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短歌とか詩とか本とか。
(雑記添えの短歌は既作から拾ってくるので本文と直接は繋がってなかったりもしますよ。)
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