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川が好き。山も好き。
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映画『星屑の町』を観てきていました。原作・脚本は水谷龍二さん、監督は杉山泰一さん、出演は太平サブローさん、ラサール石井さん、渡辺哲さん、でんでんさん、有薗芳記さん、のんさん、菅原大吉さんなど。

 売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」が地方回りの営業でリーダーの地元の東北の町に行き、歌手志望の田舎娘に出会って…という人情コメディです。
 25年続いた舞台を同じキャストで映画化、ということで安定感があります。それぞれキャラ立ちがすごいのも、舞台でずっと続けてきて磨かれてきたのかもしれません。キャラが立ってるから台詞がおもしろいというか、悲哀を感じる人間模様というか、物語りの流れとか伏線などもお見事と思いたくなるような感じで、いっぱい笑えて、味わいのある良い映画でした。グループのこともおもしろいのですが、田舎を飛び出した人と残った人みたいなのも、田舎者としてはいろいろ思うものがありました。もう一回観たいぐらい、わたしは好きです。

 ロケ地が岩手県久慈市だったようで、のんさんが東北弁を喋っているうえに歌手を志していたりするので、朝ドラ「あまちゃん」がどうしても思い出されますが、おじさんグループに交じって歌っているのが似合うのはいいんじゃないかなあと思いました。また、劇中歌が昭和歌謡なので、昭和歌謡好きなわたしは楽しかったです。オリジナル曲もレトロな感じで良かったです。
 エンドロールをながめていたら、歌唱指導がSmooth Aceの重住ひろこさんでした。昔、ラジオで流れてきた曲がすてきだったのでCDを買ったのでした。いろいろなご活動をされているのだなあ。なんとも味わい深いです。
 
  公式サイト→https://hoshikuzu-movie.jp/

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5月の白石市の全日本こけしコンクールが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために中止と聞きました。楽しみにしていたので寂しいです。会場で密集して並んでいるのは主に人ではなく、人に似たこけしなのに。こけしも人として数えられてしまったのでしょうか。残念ですが、健康あってのものですのでまたの機会を楽しみにしましょう。

 通勤の道にオオイヌノフグリが咲き始めました。小さな花がとてもかわいい。近づいて見れば花畑のようです。誰かが育ているわけでもないのに、と思うとなんだかほんとうに不思議です。オオイヌノフグリにハコベ、ヒメオドリコソウ、足下が華やかです。つくしも顔を出し始めました。
 行きと帰りは別の道ですが、帰りの道では梅の木と柳の木の側を通ります。梅は夜ごとに花が開いてゆき、冬の間は紐がぶら下がっているみたいだった柳の枝も日に日に緑を増してゆきます。
 各地のお花見の名所も今年は自粛ムードですが、道端の花見も楽しいものです。

 つくしの背の伸びゆくことを唯一の楽しみとして日々通勤す


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先日、一緒にお昼ご飯を食べていた同僚さんが「震災の頃を思い出すよね」と言いました。新型コロナウイルスの騒動についてです。
 確かに、いつ収束するのか先の見えない不安感は東日本大震災直後の頃と似ているような気はします。スーパーやドラッグストアのマスクやトイレットペーパー売り場の空の棚は、まるで震災直後の物流が滞っていた時に見た光景のようです。また、感染している人に出歩かないでほしいな…と思ってしまう気持ちは、東北に向けられていた放射能を避けようとする気持ちと共通するのかもしれません。

 つい昨日、何かの制度のために4月からの賃金が少し上がるというお知らせをいただきました。今の仕事は、いわゆる安定はしていないけれども、その分あまり大きな責任もかからなくて雇われの気楽さがあります。震災の頃とは全然違う仕事です。長く勤めるつもりだった仕事を震災後に辞めることになった時は震災のせいで人生が終わったように感じていたものですが、今となってはあまり関係ありませんでした。なんだかんだで人生はまだ続いています。
 今日は、特に希望したわけではないのですがシフトで休みでした。14時46分には黙祷をしようと思っていたのに、いつのまにか昼寝をして過ぎてしまいました。それだけ、緊張感もほどけてきたのかもしれません。祈りの気持ちは3月11日14時46分以外でも持っていたいと思います。

 近々関東の方に行きたいと思い、妹に電話をしてみたところ、「今はまだ止めた方がいいよ」と言われました。近況などを話している途中で、甥っ子が電話に出たがっていると言って甥っ子に代わりました。甥っ子は幼稚園でのことなどを喋ってくれました。わたしと話したい、というよりは、電話で喋るということ自体が楽しいんじゃないかという気がしますが、かわいい。
 ずっと前に、妹に結婚の決め手を聞いた時、理由の一つに「震災があったから」という返答がありました。それ以上の突っ込んだことは聞きませんでしたが、一人では心細い心境は東北だけに限ったことではなく、確かな絆を結びたくなるのだろうと想像がつきます。こうしてぺちゃくちゃ喋っている甥っ子も、震災がなかったらいなかったのかもしれないな、と思ったりするのでした。

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葉のすっかり落ちた冬木にほんの小さな芽が芽吹きだして、枝々が緑のもやもやに包まれているような、この時期の木を見るのが好きです。梅や桜の小さな蕾で薄紅のもやがかった木も。朝の自然光の中で見る木も、仕事帰りの闇の中で街灯に浮かび上がるもやもやの色もいい感じなのです。

 同僚さんが「次の歌会始の題は<実>なのよ。真実の愛を詠んでもいいのよ」と楽しそうでした。その人は普段から短歌を詠んでいるわけではなくて、歌会始だけ応募するといいます。初めてそのことを聞いた時は、そのような短歌との関わり方もあるんだ、と新鮮でした。「選ばれたら松の間でローブデコルテを着るわよ」と、冗談なのか本気なのかよくわかりませんが、楽しそうです。
 皇室と短歌については、先日「短歌研究」でも特集を読みました。いろいろ思うことがある人もいるのでしょうけれども、わたしは地元の山形の県民歌が昭和天皇の御製で幼少の頃から幾度となく歌い、愛着のようなものがありました。また、今上天皇陛下が少年の頃に書いた作文で百人一首の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」を引用していたり、友人に送った年賀状に自作の短歌を記載していたりのエピソードに素直に好感を抱いたりしました。難しいことはよくわからないのでした。

 福祉施設に勤めていた頃、利用者の中に短歌を詠むおばあちゃんがいました。おばあちゃんは、施設のレクレーションで公園にお出かけをした後に、お花の印刷されたきれいな色紙に5首の連作を書いて持ってきました。お出かけのうれしさや草花の描写、職員さんへの感謝の気持ちの伝わるすてきな連作でした。しばらくの間施設に飾ってあったので、「いいな…」と何度もながめながら、わたしの目指す先はここだ、と思いました。自分がおばあちゃんになった時にそんなふうに詠ってたい、と今でも思い出します。おばあちゃん、なんて言ってしまっているけれど、それなりの経歴のある歌人の方だったのかもしれません。わたしは介護士ではなかったため、お話する機会があまりなかったのが心残りです。

  ぷくぷくと蕾が枝に湧き出して空の体積を少し減らしぬ

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仕事から帰ったらすぐ朝になってまた出社しているような感覚の中で、あっというまに3月も1週間過ぎてしまいました。塔1月号を読みます。敬称略です。

  栗ごはん栗がごろごろ美味しくて自分の炊いたご飯おいしい  岩野伸子

 栗ごはんの美味しさを詠っているだけなのに、どうしてどこか寂しいのでしょう。表記は少し違いますが「栗」「ごはん」「美味しい」のくり返しが、自分に言い聞かせているように感じるからかもしれません。 

  敬老の日のお手紙に我の名も記されてある甥っ子からの  相原かろ

 作者が老人のような風貌をしている…というわけではなく(そう読ませたいのかもしれないのですが)、甥っ子さんが作者を慕っていて、敬老の日に乗じてお祖母ちゃんお祖父ちゃんと並べて感謝の気持ちを伝えたのではないかと微笑ましく読みました。

  素麺の束を掴めば失ひし母の手のやうしんとつめたい  祐徳美惠子

 素麺の束を母の手のように思う比喩を初めて見て、どきっとしました。乾麺の白さや、うどんやひやむぎより細い素麺であることに余計にはかなさが感じられます。

  棒切れの好きな男の子が森をゆく木橋に来たら流すよ、きっと  大地たかこ

 棒切れの好きな男の子がとてもかわいい。結句の口語が好きです。棒切れを持って歩いて川に流すような遊びを楽しむほどの無邪気さでずっといてくれたらいいのになあ。

  四十年敬して親しき人なれど難をいふなら下戸であること  安永明

 下戸のわたしはこの歌をどう味わえばいいのか。下戸は難なのか。わたしも「酒さえ飲まなかったらいい人なのに」と思うことがあるので、これは深い溝だなあ。とはいえ四十年の付き合いの中で難が一点のみというのはすてきなことです。

  田んぼには一枚ごとの名前あり朝にゆうべに人に呼ばれて  高原さやか

 確かに、田んぼや畑には内々で呼ぶ名前を付けていたりするのです。朝に夕に呼ばれるということは、兼業農家で日中は他の仕事に従事しているのでしょう。

  妹の日記を盗み読みした歌を歌集に載せる芳美がこわい  太代祐一

 本人にばれたら、と思うと、その無神経さは。歌に詠んだ対象はそれぞれの思いがあって生きている人間なのであり、自分の歌のアイテムとして存在しているのではないのだ、ということをあらためて自戒もさせられるのでした。

  スカーフをいつもかぶっていたゆえに遺影選びに困りしと言う  逢坂みずき

 そう、田舎のおばあちゃんはだいたいスカーフを被っているのです。遺影用の写真を既に用意している人も多い中で、突然の出来事だったという哀しみがユーモアを交えつつも伝わります。

  入院日までに白菜大根を蒔きて苺を植えねばならぬ  金原華恵子

 農業には休みがないのです。入院日までに、という切迫感の中で白菜大根と白く大きな野菜を挙げた後の苺の赤く小ぶりないじましさ。お大事にされますように。

  この家の間取りはみんなお父さんが決めてんで、この家が大好き  岡本伸香

 話し言葉で素直な気持ちの伝わるこの歌の次に、自分の家を建てる歌がくるのにぐっときました。この無邪気さに終わりを告げて、自分たちが新しい時代を背負ってゆく覚悟のような。

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3連休とはいえわたしはそのうち2日は仕事です。公共交通機関が休日ダイヤになっているのを忘れないようにしないと。この頃は通勤も物々しい雰囲気です。暖かくなったら関東の妹のところに遊びに行こうかなと考えていましたが、東北でもこんな感じだと向こうではそれどころではないのかもしれません。
 
 朝ドラ「スカーレット」、結局もういちど家族には、少なくとも法律的にはなっていないと受け取りました。これまでのぎくしゃくした関係からは抜け出して、あたらしい関係を築いてゆくといったところでしょうか。尤も、数年後に飛んですっかり夫婦に戻っている可能性がないわけでもないので油断できません。

 油断できません、ってなんでしょう。内心、復縁しないことを期待している自分がいました。その方が、物語としておもしろいように思っていたのです。おもしろい、という言い方は正しくないのかもしれませんが、成功と引き換えに大切なものを喪った傷みや、これまで蓋をされてきた息子の寂しさ、中年女性の孤独感など、自分を通した結果の人生にしみじみ思うものがありました。ここで何もかもうまくいき出したら、少し興覚めしてしまうでしょう。

 物語としては、全てを手にしない方がおもしろくても、現実の人生はハッピーエンドの方が絶対にいいとも思います。仕事は順調、愛は成就、家庭は円満、大病も奇跡的に回復、健康で長生き、素直な人格者となって優しい人に囲まれみんなに愛されて、みんな誰もがご都合主義なくらいご都合主義で構わない。
 良い歌が詠めたからつらい目に遭っても報われた、とはなりません。いくら褒められたとしても、切ない歌や寂しい歌なんて詠まずに済んだ人生の方が絶対にいいと思うのです。

  しあわせになったらあなたはつまらないと上野駅にて言われておりぬ

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朝の連続テレビ小説「スカーレット」の、今週の副題が「もういちど家族に」です。なんだかネタバレっぽいですが、そういう展開になってゆくのでしょうか。久しぶりに再会して敬語でよそよそしく話す喜美子と八郎さんを寂しく思うのは、出会いから結婚までをまるで恋愛ドラマのように丁寧に描写していたからなのか、特に喜美子のお父さんに結婚を許してもらうために何度もお願いをしていた頃などは、強烈なお父さんのキャラクターも相まって愛の絶頂期ではなかったでしょうか。
 お父さんが去り、妹たちが去り、夫が去り、子が去り、お母さんが去り、40代の喜美子が一人でご飯を食べる場面は、家の中がやたら広く感じられます。にぎやかな頃を知っているからです。陶芸家として成功している喜美子ですが、これでよかったんだろうか、というような気がしないでもありません。

 穴窯に憑りつかれている頃の喜美子は怖かった。何度も失敗して大金を失って危険な目に遭って、心配している夫の八郎に反対されても心を曲げず、ついには息子の学費に手を出そうして、八郎は家を出て行ってしまいました。
 無茶な喜美子を幼馴染の照子も怒っていましたが、その昔、恋人とのお出かけより2週も続けて歌会を選んだわたしは喜美子のことをまったく責められません。えぐられるように、苦い気持ちを思い出しながら見ていました。喜美子はその後、穴窯が上手くゆき陶芸家として大成しましたが、わたしは別に短歌がどうにかなったわけではないし、このことだけが原因ではないのでしょうけれど、しばらくして恋人にも捨てられたのでした。当時はそんなことになるとは知らず、のんきに道中にこんな歌を詠んでいました。

  逢引きの誘いを蹴って歌会へと向かうわたしよ 行き遅れるな

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1月下旬から、ブログの提供元のシステム障害で表示されなかったり繋がらなかったりの状況でした。データ消えるかな、と心配したりしていましたが、無事に復旧していただけてありがたいです。なにかすごく大変な作業が行われていたのだろうなあと思うと技術者の方々には頭が下がるばかりです。お疲れさまでした。
 塔12月号を読みましょう。敬称略です。

  格別に私にやさしいと思っていた職員さんは誰にもやさしい  藤井マサミ

 優しくされてうれしかったのに、私だからじゃなかったんだ、あの人にもこの人にも優しいんだ、と気づいてしまった時の寂しさ。職員さんは何も悪くないのにガッカリしてしまうような微妙な心の機微、わたしにも覚えがあり共感しました。
 
  都から離れるほどに闇は増し小さき駅舎にわれを待つ夫  岡山あずみ

 より鬱蒼とした不安を感じるのは「都」という古めかしい言葉選びのためでしょうか。結句の夫が灯りのような安堵感です。

  友が子を連れて来しより四十年このごろ子の子を伴いて来る  橋本成子

 母になり祖母になりとライフステージが変わっても続く長いお付き合いのお友達。下の句の調子が良くて声に出して読みたい楽しい雰囲気です。

  子を貰ひ育てられずに返し来し伯母はもう亡く弟も逝きぬ  井上政枝 

 作者の弟が伯母に貰われていったのでしょうか。近い間柄だからこそ貰ったり返したりできたものの、その分しがらみができたのかもしれません。当人達が亡くなってやっと解き放たれたのだと読みました。

  お話はいつでも姉は意地悪でやさしい妹みなに好まる  中林祥江 

 まず思い出したのはキツツキと雀の昔話ですが、確かに昔話や童話はいつもそうなのです。そのことに心が立ち止まるのは、きっと作者が姉だからでしょう。わたしもまた姉なので、せつなく読みました。

  一日が終はれば足は田の中を歩くがごとくふはふはとあり  福島美智子

 稲刈りの一連から。長靴を履いて一日中を田んぼで過ごした疲労感が伝わります。稲刈りの頃の田んぼは独特な足触りなのです。

  われが死ねば腱板断裂の妻の背の湿布はいったい誰が貼るのか  荒堀治雄

 この使命感に胸を打たれるのでした。漢字表記の病名がまたくるしい。奥様もまた、作者に湿布を貼ってもらうために生きているのかもしれません。

  工人を訪い集めたるこけし出せばこけしは年取らぬままに  中村美優 

 思い出の中で、工人の顔も自分の顔も今より若いけれど、こけしは今手にしているものと同じ顔なのです。その変わらなさもこけしの魅力だったのだ、とあらためて気づかされた一首です。

  長篇を次々読みゐし若き日の夏の休みの土蔵の匂ひ 金光稔男 

 クーラーのない頃に土蔵に涼を求めたのでしょうか。次々にページをめくる様子が下の句の調子の良さに表れているようです。全てが結句の「匂ひ」に係ってゆく歌の作りに、読んでいて鼻に意識が向かいました。

  のり塩のポテトチップス一袋残して盆の客は帰りぬ  山浦久美子

 ポテトチップスのことしか言っていない思い切った上の句。なにゆえ盆にポテトチップス。なにゆえのり塩味。という謎な感じが、かえってリアルで味わいがあり、想像が広がりました。

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1月2日に『男はつらいよ お帰り寅さん』を観てきました。シリーズ50作目にして、初めて映画館で寅さんを観ました。全ての作品を観たわけではありませんが、半分弱ぐらいは観ているように思います。シリーズものとはいっても基本的にはマドンナも毎回変わる一話完結なので、どこから観ても大丈夫なのが気楽です。
 とは言っても、今作はあれから22年、というお話なので、寅さんが旅先でマドンナと出会っていい感じになって最終的にはフラれる、といういつものパターンではありません。と、今の今まで思っていたけれども、よくよく思い返せば、寅さんではなく甥っ子の満男くんを主人公としていつものパターンだったような気がしないでもないです。夢から始まるし。

 あれから22年、寅さんの甥っ子・満男くんは脱サラして小説家になっており、娘さんと2人暮らしをしています。実家の団子屋は現在はカフェになっており、寅さんの妹・さくら夫婦や昔なじみの面々が思い出話を語り合うのでした。そして、満男くんはサイン会で、初恋の人で現在は海外で仕事をしているイズミと思いがけない再会をするのでした。
 寅さんの物語というより、寅さんと関わりのあった人達のその後の物語、といった感じです。

 昔と同じキャストだということが素晴らしいな、と思いました。みなさん今も他の映画やドラマでもご活躍中ですが、「満男くん、こんなに大きくなって…」「ああ、さくらも博もこんなに齢を重ねたのだなあ」「朱美ちゃん変わってない!」というように、懐かしい人を見るように物語に入り込めました。満男くんだけは徳永英明が流れるんだっけ?尾崎豊だっけ?と『北の国から』の純くんとごっちゃになりかけるのですが。
 そして、当然といえば当然ですが回想シーンも子役や若手俳優ではなく過去作の御本人というのに、単なる懐かしさだけではない感慨がありました。それぞれの月日の流れとか人生とか何か大きなもので胸がいっぱいになるのかもしれないし、これだけおなじみの面々が一気に老いている中で、寅さんはあの壮年の姿のままという哀しみなのかもしれません。
 それにしても、主題歌が桑田さんなのはどうなのか。

 両親と3人で観に行きました。3人で映画を観たのも人生で初めてです。父は何故かマフィンを食べていました。

  公式サイト→https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/movie50/

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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 31日から3日まで帰省していて、4日から仕事をしています。この冬の山形はびっくりするくらい雪が無かったです。積もったと思ってもいつの間にか融けています。雪が積もると雪かきの作業に追われたり、道路が不便になったりでめんどうは多いのですが、こんなに雪が無いのは何か天変地異でも起きているのではないかと心配になります。

 実家に着いて祖母に会うなり「ぺろーっとした顔して」と言われました。実家に滞在中は祖母の介護をする気満々でしたが、わたしが祖母の手を繋いで歩いていると母が横からかっさらって行ってしまうし、「おまえにはできない」とオムツも替えさせてくれません。普通は助かるんじゃないかと思うのですが、母は昔からわたしと祖母が仲良くするのはおもしろくないらしく、特に今は「介護で苦労している可哀想な自分!」がアイデンティティになっているふしがあります。祖母は93歳ですが、年齢を聞いたら「102歳」と逆サバを読んでいました。でも、いろいろ検診を受けても何も問題がなく健康なのだそうです。

 わたしがガラケーで最小限な機能に抑えているのと、実家のパソコンについては弟のこだわりが激しいこともあり、帰省中はインターネットからは離れていました。情報には疎くなりますが、有意義に時間を使える気がします。歌集や塔12月号を読んだり、犬の散歩をしたり、諸々の作業も自宅にいるよりはかどりました。
 今年も慈恩寺に初詣に行きましたが、午後に行ったからかおみくじが売り切れていました。こんなことは初めてです。今年の運勢が売り切れみたいでなんだか。両親と一緒に映画『男はつらいよ お帰り寅さん』も観てきました。良かった…。
 仙台から山形の道中は、現代短歌新聞1月号を読みました。来嶋靖生さんの文章に感銘を受け、傍線を引きました。
文芸は単に優劣を競うものではない。人間の心の根源を問うものです。本来、文芸には勝負がないのが原則で、そこが尊いのです。誰の心も対等、そこを見失ってはならない。あらためて切に思うことです。
 
 昨年がぼんやり停滞していた分、今年はなにか成し遂げたいです。自分の心を一番大切に、とも毎年言っていて、なかなかできないのだけれど、今年こそしたい。健康にもより気を付けなければ。そして自分がしあわせになれるように、また自分が誰かをしあわせにできたらいいなと思います。

  柿の木のはだかの枝に柿のヘタは残って犬と歩く農道


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短歌とか詩とか本とか。
(文末の短歌は既作から拾ってくるので本文と直接は繋がってなかったりもしますよ。)
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