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川が好き。山も好き。
ふとしたはずみで、財布の中から、印刷の薄れかけた切手大のチケットが滑り落ちた。文字は消えかけて読めず、これは何だったかなと記憶を手繰り寄せ、やっとそれが昔連れて行ってもらった公園の入園券の半券であったことを思い出した。
 
 わたし達ははっきりとした関係ではなかったので、二人でボートに乗っている間、「まるで恋人同士のようだなあ」と、おかしく思っていたのを覚えている。わたし達ははっきりとした関係ではなかったので、はしゃいだ記念写真の一枚も撮らなかった。或いは、カメラを構えようなんてお互いがお互いとも思いつかないほどに、その日にそわそわしていたのかもしれない。普通は一緒に出かけたら写真を撮るものだということは、それから数年後、別な人と出かけた時にようやく知った。
 そんな二人だったから、結局は心離れしてしまった。今になって何か思うこともあるけれど、もう過去のことだ。
 ただ、あの日は楽しかったなって、あの日の唯一の物的証拠である入園券に触れて、なつかしく思った。

  カメラには収めぬ一日があふれ出すあなたのいだボートの半券

 万葉の里・恋のうた募集「あなたを想う恋のうた」で優秀賞をいただきました。

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人に嫌われたくなかった。あんなにも嫌われることがこわかったのは、わたしのことを絶対的に好きでいてくれる人がいなかったからなんじゃないか、と思う。老若男女問わず、とにかく誰からも嫌われたくなかった。嫌われたくないゆえに、変にへらへらして、変に疲れていた。
 自己啓発本だったかなにかで、人に嫌われないために努力をするから嫌われる、ということを知った。わかるような気もする。自分の心に無理をしている人は、うそくさくて気味が悪いのだと思う。そんな自分だったと思う。

 最近は、力が抜けて自然体な自分でいられている。誰からも嫌われない、なんてことはないと気づいたのだ。嫌ってくる人は、ありもしないことを捏造してまで嫌ってくる。前職の上司なんて、そんな場面を見てもいないのに「私生活の八つ当たりで鍋や食器をがんがん調理台にぶつけているらしいな、見なくてもわかる!」と怒鳴ってきてわけがわからなかった。当時は上下関係もあって思い悩み、ストレスから体までこわした。よくよく考えれば、あんなわけのわからない人間を、まじめに相手するのもばからしい。仕事内容が好きだったし、福利厚生は安定していたから未練もあったけれど、その後の転職の失敗もあってくるしかったけれど、あんなパワハラ職場は辞めてよかったのだ、と今は思える。思えるようになった。
 
 嫌ってくる人には嫌わせておけばいい。無理しない自分で自分らしくいられることが大切。前職時代から患っていた体の異常症状が、最近なくなった。飲み始めた「命の母A」なる小林製薬の薬の効果かもしれないけれど、自分の心が吹っ切れて楽になったからのような気がする。なんだかこの頃はいろいろ楽しい。

  好かれたいより嫌われたくないが先立っている小雨降る

 NHK短歌テキスト3月号、永田先生「立つ」に佳作で掲載していただきました。字足らず……。投稿後に気づいて「しまった」と思ったのだけど、こうして採っていただけたので、字足らずのリズムの悪さもまたよしということにしましょう。

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 たまたま見かけた500円程度のハーモニカを買ったのは15年ほど昔のことだ。音楽が好きで、一人暮らしの部屋になにか楽器が欲しいなあと思っていたのだ。早速、教本なども買ってみて練習してみたけれど、うまく吹くことはできなかった。結局、わたしはハーモニカを挫折したのだった。それでも、ハーモニカを持っているという満足感は妙にあり、吹くことはあまりなくとも捨てたり実家に送ったりすることなく、ずっと部屋に仕舞っていた。

 2011年3月11日に、東日本大震災に遭った。それ以来、防災グッズを一まとめにした。防災グッズを揃えるにあたり、助けを求めたり居場所を知らせたり声を出す代わりの笛(ホイッスル)を用意しておくといい、という話を聞いた。笛は持っていなかった。とはいえ買おうとも思わなかった。代わりに、ずっと部屋の片隅にあったハーモニカを添えた。緊急時に吹こうと思う。緊急時なのに、少し郷愁を誘う音を奏でてしまうかもしれないけれど。

  警笛の代わりに吹こう非常用袋の中に古いハモニカ

 NHK短歌テキスト2015年2月号、梅内美華子さん選の<短歌de胸キュン>テーマ「音楽」に佳作で掲載していただきました。ありがたいです。


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  「たすけて」と言えれば会えたかもしれぬ夜に一人で過ごす避難所

 わたし一人ぐらいわたし一人でどうにでもなる、だからあなたはあなたの手を必要としている人のところへ行ってあげて。そんな気持ちで、震災の避難中、さし伸ばしてもらった手を握らなかったことは、わたしの一生ものの後悔です、そうした本心を伝えなかったことも。
 被災した誰にも、家族や恋人、友達、たとえばわたしの職場は介護施設なのでご利用の高齢者の方々など、わたしより優先すべき大切なものがあります。そう思えば誰かに甘える気にはとてもなれず、「わたしは大丈夫!」と、その後の日々も気丈にふるまっていました。周りの人もみんなそれぞれ大変でがんばっている中、無理をしているつもりはありませんでした。
 ほころびが見え始めたのは震災からひと月後あたり。電気、水道、ようやくガスも通るようになり、少しずつ日常を取り戻した頃、抑えていたものが、体や心に不調となって表れてきました。
 非常時にその人の本性が露になる、と言います。わたしは、他人のことやその場の空気を優先して自分の感情を後回しにしてしまう、という性質が、震災時に顕著に表われてしまいました。自分を大切にしないことは、自分を大切に思ってくれる人を大切にしないことに繋がる、ということに気づくのが遅すぎたのでした。

 「この歌には、とても普遍的な問いが含まれてると思い選ばせていただきました。非常に大変な状況がある中で、やっぱりいろんな方が我慢をされてたと思うんですね。がんばらなきゃと思ってもやっぱり生身の人間なわけで、たすけて!と心から言いたくなる瞬間っていうのはあるかと思うんですよね。でもこういう状況の中ではやっぱりそういうことが言い出しにくかった、言い出しにくかった状況である、ということをこの歌を読むことによって、やっとわかるというか、伝えていただいたっていう気がするんですね」
 3月9日放送の『NHKハートネットTV 東日本大震災を詠む2013』の中で、歌人の東直子さんに評をいただきました。わたしが余計な気を回して振り払ったことで、優しい手を傷つけてしまった、同じようなことをこれまでの人生の中で無意識のうちに何度もしてきた、そうした自分を責め続けていた日々を、肯定してもらえたような気がしました。また、放送では流れませんでしたが、ゲストの生島ヒロシさんは「東北の人は我慢強い」としきりにおっしゃっていました。山田賢治アナの「我慢しなくていいんですよ」という言葉も、思い出す度に泣きそうになります。

 「たすけて」と言いたいときには言おう。伸ばしてもらえた手は握ろう。なにより自分を大切にしよう。東日本大震災ののちに、そんな当たり前のことをようやく自分にゆるせるようになりました。

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プロフィール
HN:
おとも
性別:
女性
自己紹介:
短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)

連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
(★を@に変えてお送りください)
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