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川が好き。山も好き。
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「鎌倉殿の13人」の最終回をせつなく鑑賞しました。特に義時と政子の2人のラストシーンは圧巻で、しばらくはこの余韻を大切にしてゆきたいような気持ちです。
 最終回での真のタイトル回収に「そうきたか…!」と感嘆しつつ、でも13人以外に名も無き人だってめっちゃ死んでるじゃん、とも思いました。物語にならなくても一人一人にそれぞれの人生があったはずで、それが志半ばで絶たれたのに、そうした人達の命はまるでどうでもいいみたいに、(あくまでこの物語の主人公からの視点とはいえ)数に入れないということ。
 こんなことが気になってくるのは、わたし自身が主要人物じゃないその他大勢にすぎない現実の中を生きているからなのかもしれません。 

 喪服を買っておかなくちゃ、と、ずっと思っていたのですが、先月末に実家に帰った時に20代の頃に買ったものを着てみたところサイズも合っていたので、新調はしないことにしました。肩パットが入っていてどうにもシルエットが古めかしい感じがしないでもなかったけれども、どうせ何回も着るものでないし、葬儀の場ではわたしが主役ではないのだから着飾る必要もないのでした。
 不格好に見えるのはわたしの体形の崩れのせいもあるでしょう。あきらかに代謝が落ちてきていて、昔と同じように生活していたらどんどん体重は増えてしまうし、二の腕辺りにはもう抗えないほどの中年感が漂っています。無理に若作りをするつもりはないけれど、少しは抗いたい。

 実家に滞在中、東京から日帰りで帰省した叔母と偶然にも日程が合い、8年ぶりくらいに再会しました。わたしがなにげなく「ばあちゃん元気かな」と言うのへ笑顔で「動物だよ」と返してくるのにはびっくりしましたが、姑の介護をしていた経験からの言葉でもあるのでしょう。思い起こせば、叔母は昔から笑顔できついことをさらっと言う人で、昭和の終わり頃にも連日のように健康状態を報道するテレビに向かって何か言っていて、子供心にふるえたものでした。
 コロナ感染対策で、祖母の施設では外から窓を隔てて面会します。外から祖母の部屋に回って窓越しに「こっち見てー」「あー笑ったー」などと声を掛けていると、確かに動物園のようなのでした。介護士さんは祖母に「(母の名)さんと(叔母の名)さんとともみちゃんだよ」と声を掛けて窓の外を見るように促していました。きっと祖母に合わせてわたしはちゃん付けにされているのでしょうけれど、介護士さんよりわたしの方が年上そうでした。介護士さんはいつも感じが良くて安心します。どんなふうになっても、祖母には生きていてほしいと思いました。
 ほとんど会えなくとも、会えても以前のような祖母でなくとも、祖母が生きているということがわたしの心の支えの一つです。全然良いばあちゃんでもなかったのに。

  窓ガラス越しでも会えてよかったな会えたというか見たというか

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自己紹介:
短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)

連絡・問い合わせ:
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