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川が好き。山も好き。
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仕事から帰ったらすぐ朝になってまた出社しているような感覚の中で、あっというまに3月も1週間過ぎてしまいました。塔1月号を読みます。敬称略です。

  栗ごはん栗がごろごろ美味しくて自分の炊いたご飯おいしい  岩野伸子

 栗ごはんの美味しさを詠っているだけなのに、どうしてどこか寂しいのでしょう。表記は少し違いますが「栗」「ごはん」「美味しい」のくり返しが、自分に言い聞かせているように感じるからかもしれません。 

  敬老の日のお手紙に我の名も記されてある甥っ子からの  相原かろ

 作者が老人のような風貌をしている…というわけではなく(そう読ませたいのかもしれないのですが)、甥っ子さんが作者を慕っていて、敬老の日に乗じてお祖母ちゃんお祖父ちゃんと並べて感謝の気持ちを伝えたのではないかと微笑ましく読みました。

  素麺の束を掴めば失ひし母の手のやうしんとつめたい  祐徳美惠子

 素麺の束を母の手のように思う比喩を初めて見て、どきっとしました。乾麺の白さや、うどんやひやむぎより細い素麺であることに余計にはかなさが感じられます。

  棒切れの好きな男の子が森をゆく木橋に来たら流すよ、きっと  大地たかこ

 棒切れの好きな男の子がとてもかわいい。結句の口語が好きです。棒切れを持って歩いて川に流すような遊びを楽しむほどの無邪気さでずっといてくれたらいいのになあ。

  四十年敬して親しき人なれど難をいふなら下戸であること  安永明

 下戸のわたしはこの歌をどう味わえばいいのか。下戸は難なのか。わたしも「酒さえ飲まなかったらいい人なのに」と思うことがあるので、これは深い溝だなあ。とはいえ四十年の付き合いの中で難が一点のみというのはすてきなことです。

  田んぼには一枚ごとの名前あり朝にゆうべに人に呼ばれて  高原さやか

 確かに、田んぼや畑には内々で呼ぶ名前を付けていたりするのです。朝に夕に呼ばれるということは、兼業農家で日中は他の仕事に従事しているのでしょう。

  妹の日記を盗み読みした歌を歌集に載せる芳美がこわい  太代祐一

 本人にばれたら、と思うと、その無神経さは。歌に詠んだ対象はそれぞれの思いがあって生きている人間なのであり、自分の歌のアイテムとして存在しているのではないのだ、ということをあらためて自戒もさせられるのでした。

  スカーフをいつもかぶっていたゆえに遺影選びに困りしと言う  逢坂みずき

 そう、田舎のおばあちゃんはだいたいスカーフを被っているのです。遺影用の写真を既に用意している人も多い中で、突然の出来事だったという哀しみがユーモアを交えつつも伝わります。

  入院日までに白菜大根を蒔きて苺を植えねばならぬ  金原華恵子

 農業には休みがないのです。入院日までに、という切迫感の中で白菜大根と白く大きな野菜を挙げた後の苺の赤く小ぶりないじましさ。お大事にされますように。

  この家の間取りはみんなお父さんが決めてんで、この家が大好き  岡本伸香

 話し言葉で素直な気持ちの伝わるこの歌の次に、自分の家を建てる歌がくるのにぐっときました。この無邪気さに終わりを告げて、自分たちが新しい時代を背負ってゆく覚悟のような。

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短歌とか詩とか本とか。
(文末の短歌は既作から拾ってくるので本文と直接は繋がってなかったりもしますよ。)
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