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川が好き。
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先月に帰省した時の写真をプリントして、実家と妹宅に送りました。家族が揃うことももうあんまりないので、集まった時は写真を撮っています。わたしの父方にはわたしが5歳くらいの時に亡くなった義伯母がいたのですが、義伯母をわたしは慕っていたはずなのに、一緒に映っている写真が2枚くらいしかないのが寂しいのです。そうした思いもあり、甥っ子と祖母を一緒に映しておこうと思います。

 帰省する度、近所の人にわたしは姉の方なのか妹の方なのか聞かれます。自分ではそんなに妹と似ていると思いませんが、そっくりだと言われます。
 それでも、甥っ子には区別がつくようです。妹の姿が見えなくなるとびえええと泣き喚く甥っ子は、同じ顔のわたしが「ママだよ~」とあやしてもしっかり見破りわたしを拒絶するのでした。そうしたことも、まだ物心のついていない甥っ子の記憶にはきっと残らないでしょう。不思議な時間を思います。忘れてしまう日々でも、この頃にちゃんと愛されたかどうかがその後の人格形成へ影響を与えるなどとも言われています。
 
 妹は専業主婦ですが、わたしの母はわたしを産んでひと月後には仕事復帰しました。2歳の甥っ子は妹の姿が見えなくなると泣きだしますが、わたしが2歳だった頃、母のいない時に泣いたのでしょうか。記憶にはないけれど、2歳の頃には母のいないことなんてもう慣れっこだったのではないでしょうか。

 DVを受けて育った人が、無意識にDV男性に惹かれてしまうというような話をよく聞きます。それがどんなに良くないものだとしても、慣れている環境に安心するらしいのです。
 わたしは、放置する人を選ぶ傾向がある気がします。そして、わたしも相手を放置します。束縛はされるのもするのも苦手です。密接な関係より、距離があった方が楽なのでしょう。そのせいか仲が深まらず終わる、ということをくり返しました。乳幼児期の環境のせいかもしれないし、大人になってからの一人暮らしが長いせいかもしれないし、両方かもしれません。或いは、まったく関係ないかもしれません。

 母が赤ん坊のわたしを家に残して仕事に行っても、わたしには曾祖母がいました。曾祖母といっても、ほんとうは大伯母です。曾祖母は子供を生めなかったため、実の妹を養子にしたのでした。それが今も元気な90歳の祖母です。当時は祖母も農業や土木の仕事に出ていました。だから、家のことは主に曾祖母がしていたのです。
 赤ん坊のわたしが曾祖母に抱っこされている写真を時々ながめます。古い頃の家の庭で日向ぼっこをしている写真が特にお気に入りです。赤ん坊のわたしは目をつぶって眠っていますが、曾祖母はなんだかしあわせそうに見えます。
 
  アルバムのなか幼子を抱く母は知らぬ笑顔で一つ年下

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