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川が好き。山も好き。
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不本意ながらも、ここ一年ほど職を転々としていることもあってか、人との出会いは薄くも多い。そうした中で、同僚さんなる女性に、わたしのおぼこさか、指輪のない左手の薬指を見てか、「結婚してないの?」「独身なの?」と聞かれることもよくある。その度に、「そうなんですよー、誰かいい人がいたらよろしくお願いしますー」などと無難に答えていた。この年齢で、たとえば変に濁したことを言えば空気が悪くなったり、勝手になにか勘ぐられたり、いろいろ痛々しいことになるのだ。空気を読んで「誰かいい人がいたらよろしく」なんて無難に答えながら、ふと思う。はたして、実のところわたしは、伴侶を募集していたりするのだろうか。

 一人は寂しい。一人は心もとない。ずっと言っている。(ここで言う一人とは、一生一人(かも知れない不安)、いざという時に誰にも頼れず一人(かもしれない不安)ということであり、いわゆるお一人様時間というか、一人の時間を楽しむこと自体はわたしは大切にしたい方である。)
 けれど、たとえばわたしのことをよく知る人に、わたしに合いそうと思われる人を紹介されるなどならともかく、なにか年齢が釣り合うくらいの程度で適当に人をあてがわれても、やっぱり難しい。
 
 一人は寂しい。一人は心もとない。けれど、それは「男がほしい」というわけではなくって、「女として必要とされたい」というわけではなくって。わたしは、まずは人と人として大切に思い合いたい。まずはそこから始めたい。

  あんなにもわたしを好いていたひとが活サイトにハマっておりぬ

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数年ぶりに偶然再会したかつての同僚さんが、某さんとも会いたいと言うので、某さんと今でも交流のあるわたしが幹事のような感じで女子会を企画した。今、予定を調整しているところ。わたし以外の二人はシフト勤務で、休日が不規則なのだ。だから予定を合わせるのがちょっと難航しているけれど、楽しみ。

 わたしは先に予定が決まっている方がうれしいタイプで、何の約束もなしに突発的に「今から何々しよう!」みたいな他人との予定が入るのはちょっと苦手。何故かといえば、予定のために気分を整える準備が要るから。あらかじめ約束があれば、その時のために楽しみに準備して過ごす。もちろん、他に予定が入っておらず自分の準備も大丈夫であれば突発的な誘いもうれしく受け入れるけれど、前もって約束がある方が安心する。

 昔、前もって約束をしておくのが苦手で、急に「今から何々しよう!」という予定の立て方じゃないと嫌だ、と言う人がいた。約束をして先々の予定が決まると、約束に縛られるみたいでめんどくさくて嫌なのだそう。
 そういう考え方の人もいるのか、ということは理解しつつも、わたしは全く共感できなかった。急に誰かと予定の入るのが好き、って、一人の時間は必要ないのだろうか。人と過ごすのに準備は要らないのだろうか。
 それに、約束に縛られるのが嫌だ、と言うけれど、わたしは「今から何々しよう!」と急に自分の時間を取られる方が、わたしの時間がいつでもあなたの自由になるとでも思ってるの、あなたのために予定をいつでも空けているとでも思ってるの、って縛られている感じがする。約束が決まっていれば、その時以外の時間は自分の自由に使えるではないか。わたしは一人の趣味もあるし、一人暮らしなので貯まった家事など一人でしなきゃいけないことがある。約束嫌いの人と親しくしていると、いつ予定が入るかわからなくて息苦しい。いつでもスタンバイ状態にしておかなきゃいけないみたいで、気を抜く暇がない。
 また、自分に既に他の予定が決まっていたり、自分の準備ができていないために断るのも心苦しい。準備ができていない時などは前もって、せめて一日でもいいから先に誘ってくれれば、断らずに済んだのに。わたしだってその予定を楽しみたかったのに。でも、約束嫌いの人は、断られても気にしないのだそう。わからない。わたしは誘って断られるとひどく落ち込む。だから、相手の他の予定を慮って約束をしておきたい。
 女性などは、お化粧の準備もあるし、「今から」みたいな急な誘いには対応しにくいんじゃないか、約束があった方がいいんじゃないかと思うけれど、女性の方にも約束嫌いの人は結構いるらしい。というか、わたしの関わったその人も女性であった。

 他人と過ごすには前もって約束のあった方が、わたしはいい。他人を巻き込まない自分一人の予定だったら、急に思い立ってなんでも全然するけれど。

 こうして文章を書いているうちに、女子会の日にちが決まった。「何日はどう?」「何日なら大丈夫?」と、当初予定していた土曜日では皆の都合がつかなくて、平日の夜に集まることになった。こんなに皆の都合がばらばらなのだから「今から会おう!」なんて誘い方ではきっと全員は集まれなかった。
 約束の日が楽しみだなと思う。自分だけじゃなく、他の二人も楽しみにしていてくれることが、うれしい。

  (この次は一人で来よう)遠ざかるあの赤い橋渡ってみたかった

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 たまたま見かけた500円程度のハーモニカを買ったのは15年ほど昔のことだ。音楽が好きで、一人暮らしの部屋になにか楽器が欲しいなあと思っていたのだ。早速、教本なども買ってみて練習してみたけれど、うまく吹くことはできなかった。結局、わたしはハーモニカを挫折したのだった。それでも、ハーモニカを持っているという満足感は妙にあり、吹くことはあまりなくとも捨てたり実家に送ったりすることなく、ずっと部屋に仕舞っていた。

 2011年3月11日に、東日本大震災に遭った。それ以来、防災グッズを一まとめにした。防災グッズを揃えるにあたり、助けを求めたり居場所を知らせたり声を出す代わりの笛(ホイッスル)を用意しておくといい、という話を聞いた。笛は持っていなかった。とはいえ買おうとも思わなかった。代わりに、ずっと部屋の片隅にあったハーモニカを添えた。緊急時に吹こうと思う。緊急時なのに、少し郷愁を誘う音を奏でてしまうかもしれないけれど。

  警笛の代わりに吹こう非常用袋の中に古いハモニカ

 NHK短歌テキスト2015年2月号、梅内美華子さん選の<短歌de胸キュン>テーマ「音楽」に佳作で掲載していただきました。ありがたいです。


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 8年くらい前に描いたらしい短歌4コマ漫画が出てきました。ライトボックスとは、別名トレース台、絵や製図を描く際に下の絵を透かして写すための、電気の明かりの点く道具です。2万くらいする、割と高価な道具です。わたしはこれがないと絵が描けません。

  今はもうただ履歴書を写すだけ ただそれだけのライトボックス

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    海を見て過ごした

  目を閉じて高速バスに揺れおれば帰れない日の助手席へとぶ

  「仕事で?」と聞かれて「はい」とうそぶけり女一人で浅虫温泉

  オーシャンビュー一人じめするよろこびを一人じめしている六畳間

  絵はがきに写し誰かへ送りたいような夕陽だ(誰かって、誰)

  砂浜でじゃれあっている恋人達が旅館五階の窓から見える

  ご夫婦で千葉から来たと言う人と分け合う展望風呂の夕焼け

  赤い帯うまく結べずスカートのように浴衣がひろがってゆく

  水曜の午前七時の海岸にスーツ姿の消えてまた来て

  宿の朝飯が好きだと言っていたひととは終ぞ旅をせぬまま

  「一人旅してきたよ」って言うための一人旅めく温泉まんじゅう

  声にして涙と波が似ていると気づいた秋の海水浴場

  今だっていつかは過去になることを知りつつも今さらわれたい青

  でも君の最後の相思相愛の相手はわたしのままだ 潮騒
  
  生きててもいいと思った天気予報外れて晴れた波打ち際で

  海を見て過ごしただけの休日をいつかきらきら思い出そうね



***

 連作投稿の特別作品に初めて投稿し、掲載していただきました。「傷心旅行だろうか(略)徐々に他人へと視線が移って行き、最後に自問する構成が光った」との淳さんの評。傷心旅行でした。そして2年前の連作でした。予定をぜんぶ飛ばして、ただただ海を見ながら、この連作の歌を詠んだ旅でした。
 だいぶ寝かせることになりましたが、こうして日の目を見ることができてよかったです。

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 インフルエンザで倒れていた。つくづく、一人暮らしで体を壊すことほど心細いことはない。具合の悪い体で台所に立ち、具合の悪い自分のための食事を用意しなければいけない。具合の悪い体で外に出て、具合の悪い自分のための食品や薬を調達しなければいけない。具合の悪い体を休めたいのに。
 今回はインフルエンザということもあり、熱があって意識が朦朧とし、立つこともままならず、医者に行くどころか食事のことも何もできなくてしんどかった。さいわい、隣県に暮らす家族が駆けつけてくれて、病院に連れて行ってもらい、実家で療養することができた。けれど、両親だっていつまでも健在なわけではない。いつまでも実家に頼れるわけではない。今はまだいいけれど、この先どうしよう。

 今までだって何度もあったのだ、具合の悪い体で具合の悪い自分の世話をするほかなかったこと。一人でじっと耐えていたこと。一人で暮らすこの街で、助けを求められる相手もいなくて。孤独死、なんて言葉が過ぎるのもこんな時だ。思うようにならない体を抱え、誰にも気づかれないまま一人でうんうん唸っていたことなんか、これまでに何度もあった。

「ポカリスエット買ってきて」
 具合の悪い時にそう頼める相手がいたらな。倒れるたびに思う。

 自分が、一人暮らしで体を壊した時の頼りなさを知っているから、もし一人暮らしで倒れてどうしようもない思いをしている人がいるなら、ポカリスエットを持って行っておかゆを作ってあげたいと思う。寄り添ってあげたいと思う。こんな時、一人で過ごしていないってだけで、どんなにか心細さから救われるって、わたしは知ってるから。

  服薬をするために食む朝ごはん晩ごはんなり少し肥えたり

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泣きながら渡ったかつての通勤の歩道橋から見えた夕焼け

  あの頃に通勤バスで読んでいた本の内容ことごとく消ゆ

  文庫本しのばせてゆく晴れた日の国民年金免除手続き

  好きだったひとが誕生日にくれたゴーリキー『どん底』昔のことだ

  まだ恋もしたことないと縁談を断ったあれは二十歳の頃よ

  呉服屋のダイレクトメールに貼られたる日本画の江戸美人の切手

  遠刈田こけしの眼こそ良けれ見つめられれば笑みたくなりぬ
 


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 2015年1月12日(11日深夜)、NHKで『その街のこども』というドラマの再放送を見た。森山未來さんと佐藤江梨子さん演ずる、こども時代に阪神淡路大震災を経験して大人になった二人の話。ドラマの中でも震災は過去のことであるから、大きな出来事があるわけじゃない。ほとんどが、大人になった二人のやり取りで淡々と進められてゆく。
 2010年、このドラマが最初に放送された時に、わたしはリアルタイムで見ている。もともとNHKの単発ドラマが好きで、脚本が好きな渡辺あやさんだったのにも惹かれた。

 初回放送を見た時は、他人事だった。良いドラマだと思ったけれど、ほんとうに他人事だった。けれど、2011年に東日本大震災が起きた。震災の当事者となった今ふたたび見ると、もう、もう、なんていうか。何度も出てくる「100年に一度の震災」という台詞。ほんとうにそうだと思ってた。そののち東日本大震災に遭って、ドラマの中のユッチのおっちゃんみたいに、喪失感によってわたしがこわれてしまうなんて、思いもよらなかった。

 東日本大震災の過去に、わたしは向き合えるのだろうか。なんだかこの頃は、震災のことなんてもう忘れてしまいたいと思う。忘れることが、最終的なわたしの心の復興のような気がする。一方で、忘れてはいけないとも思う。わたしが震災に遭ったことを忘れないで、とも思う。ふとした時に、震災で負った心の傷を人に見せびらかしたくなる。そんなことをしても、痛々しいだけなのに。まだ、ごちゃごちゃしている。

  そのままにしておく白い壁紙のひび割れ 時にそっと触れおり


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普通自動車運転免許を更新した。車がないと暮らしてゆけないような田舎で生まれ育ったわたし。10代の頃は将来は自分も普通に車に乗るものと思っていたものだけれど、どうにもうまく運転ができず、「免許が取れたらもう車なんて運転しない!」と教習所時代に決めてしまった。実際に、地元よりも交通機関の充足した所に越したこともあり、以降一度もちゃんと運転したことがない。それでも、免許の更新だけは続けていて、そもそも運転をしていないのだから当然として無事故無違反のゴールド免許を所持している。履歴書の免許・資格欄に書く時と、身分証明の際には役立つ。

 車の運転ができないので、免許センターまでは父の車に乗せてもらって行った。次の更新は5年後。5年後の高齢になった父に、送迎なんて頼めるだろうか。やっぱり交通機関で一人で行くことになるんだろうか。それとも、観念して運転を始めたりしてるんだろううか。5年後、わたしはどうしてるだろう。5年後といえば、40歳ぐらいか。
 次の免許更新の頃に思いを馳せながら、前の更新の頃を思い出した。5年前に免許の更新をした時、わたしは三十路前で、無職だった。でも、その後ちゃんとした仕事に就けて、充実した日々を送ることができた。あの頃が一番楽しかった、と言えるぐらいの。長くは続かなかったけれど、あんな時間が一瞬でも自分の人生にあったということだけでも、幸福なのだとも思う。何も進んでない人生のように見えても、免許の有効期間という区切りの間に、得たものも、失ったものもある。
 いろいろあったなあ、と思う。これからも、いろいろあるんだろうなあ、と思う。今を、こんなはずじゃなかったと思っているくらい、未来だってどうなってゆくかわからない。不安に駆られて自分を見失ったこともあったけれど、なるようになってゆくんだろうな、と今は思えてる。

 ばっちりおめかしをして行ったので、免許の写真がそこそこ満足のいく仕上がりになってくれた。これを5年使うぞ、と思うと、ちょっと気分がいい。

  ビデオ屋の会員になるためだけに取ったみたいな運転免許

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叔母から届いた年賀状に「今年はすこしずうずうしくなってみましょう!」と手書きで書いてあった。昨年の叔母からの年賀状にも「すこしずうずうしくなるといいかもよ」と書いてある。叔母からは、わたしはよっぽど遠慮しいに見えているのだろうか、と思う。

 母の妹である叔母は、東京在住で滅多に会えない。最後に会ったのは昨年、わたしの妹の結婚式で、その前は15年ほど前にわたしが漫画の持ち込みに上京した時、というぐらいに滅多に会えない。
 それでも、義叔父と共に、わたしがNHK短歌で入選一席に選ばれた時にお祝いをくださったり、東日本大震災で被災した時はお見舞いをくださったり、近年は毎年のように秋に梨を送ってくださる(叔母は一家で梨農家をしているのだ)。その度にわたしはお礼の電話をし、年末などにお歳暮として菓子折りを送ってお返ししていた。届けば「そんなに気を遣わなくていいのに」と叔母から電話が来るけれど、それはある種のお約束で、実際はお返しをするのが礼儀なのだと思っていた。

 そういえば、妹や従姉妹など、同じ立場の他の親戚はどうしているのだろう。わたしはみんなそういうことをしているのだと思っていたのだけど、わざわざ菓子折りなんて誰も送らないのだろうか。と、いう疑問の湧いてきたのは、一昨年に結婚したわたしより年上の従姉妹が、親戚からの結婚祝いの贈り物に対してうんともすんとも言わなかった、ということを親戚伝いで耳にしたからである。従姉妹とは疎遠なのでどんなふうな考え方をしているのかわからない。
 もしかして、わたしだけが、何かしてもらえばお礼、お礼、と過剰に反応しているのだろうか。叔母の言う、わたしのずうずうしくなさ、とは、わたしのそういう性質のことなのだろうか。

 昔、親しくしていたひとがわたしに高額なプレゼントをくれようとしたのを「そんなのもらえない、お返しができない」と断り、なんでもらえないのかと喧嘩になり、仲がこじれてしまったことがある。ほんとうは欲しい品だったのにもらう気持ちになれなかったのは、遠慮と、「ずうずうしい人間だと思われたくない」という見栄からだ。もらっておけばよかったんだよな~、と今はわかる。相手はお返しが欲しくてプレゼントをくれるわけじゃない。「あげたい」という心でくれようとしたのだ、わたしをよろこばせようとして。それなのに、なんとわたしという人間の可愛げのなさよ。

 ずうずうしい人間にはなりたくないと思っていた。けれど、過度な遠慮が相手を困らせてしまうこともある。疲れさせてしまうことも、きっとある。わたしは、もうすこしずうずうしくなってゆこう。すこしずうずうしくなっても、感謝の気持ちは忘れずに。

  ことのほかお見舞いくれた東京の義叔父に今年も送る喜久福  
※喜久福=仙台銘菓

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HN:
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性別:
女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)

連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
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