川が好き。山も好き。
わたしが少しだけ在籍していた最後に仕事をしていた現場は、閉鎖的な部署で、口にするのが憚られるような下品な下ネタが横行するような人達が集っていて、それが休憩時間のみならず仕事中もそうなので気持ち悪かった。女性しか居ないから変に生々しくてえげつなくて、仕事なのだと割り切っていてもそんな現場にいるのが気持ち悪くて仕方がなかった。そうした空気に馴染めなかったこともあって、わたしの体調も悪化していった。この世にはいろいろな人がいるのだとはいえ、合わない職場だったと思う。
本部の方と、事務処理等で今でも少し書面のやり取りがある。仕事の現場は一緒でなく、本部から事務処理の際だけに来ていただいてご一緒した女性上司。最終勤務日、というよりはわたしの体調が良くなくこれ以上勤務できる状態ではないという話し合いの際、ちょっとした空いた時間に、初めて雑談をした。お互い読書が趣味であることがわかり、意気投合した。彼女は湊かなえさんの小説が好きだと言い、わたしは『告白』の原作も読んで映画も見ていたので、ひとしきり盛り上がった。わたしは好きな作家を聞かれて、角田光代さんと答えた。わたしは短編集が好きなのだけど、映画化もされた『八日目の蝉』が有名だということでお勧めした。「普段は事務処理に追われているから、こんなふうに職場で本の話ができるのがうれしい」と彼女は微笑んでいた。
それ以来、退職にまつわる書類、諸々の手当ての手続きの書類、等々事務書類が彼女から送られて来る度に、事務的な文書の後に「読んでみました」「お勧めです」「映画化嬉しいですね」といったような本にまつわる追伸が書いてあって、わたしも事務書類を送る際に返して、なんだかそんなことが、うれしい。好きな話をできることもうれしいし、気遣っていただけていることもうれしい。
こうした方と一緒の現場で仕事ができていたら、休職や退職をすることもなかったかもしなれい、なんて思ったりする。人間関係は仕事をするうえで大きく影響するから。下ネタが大好きな人はわたしのいた部署で水を得た魚のように輝くのだろうし、わたしは本が好きで語り合える人が職場にいれば、気の持ちようで体調も悪化せず仕事に行くのも楽しかったと思う。現に、別な仕事をしていた頃、一緒だった方々とは本の貸し借りもできて、わたし以外の人をも何人も潰したクラッシャー上司が現れるまでは楽しかった。仕事は社会人として稼ぎに行くことろでもあるけれど、どんなに好きな仕事でも、ふとした職場環境の要因で崩れてしまう。好きな仕事で、自分に向いていて、人間関係が良好で、環境が良い、そんな仕事に就けたらいいのだけれど。お給料はそんなに欲張らないから。
本を読むひと、と答える戯れに好きなタイプを聞かれた時は
本部の方と、事務処理等で今でも少し書面のやり取りがある。仕事の現場は一緒でなく、本部から事務処理の際だけに来ていただいてご一緒した女性上司。最終勤務日、というよりはわたしの体調が良くなくこれ以上勤務できる状態ではないという話し合いの際、ちょっとした空いた時間に、初めて雑談をした。お互い読書が趣味であることがわかり、意気投合した。彼女は湊かなえさんの小説が好きだと言い、わたしは『告白』の原作も読んで映画も見ていたので、ひとしきり盛り上がった。わたしは好きな作家を聞かれて、角田光代さんと答えた。わたしは短編集が好きなのだけど、映画化もされた『八日目の蝉』が有名だということでお勧めした。「普段は事務処理に追われているから、こんなふうに職場で本の話ができるのがうれしい」と彼女は微笑んでいた。
それ以来、退職にまつわる書類、諸々の手当ての手続きの書類、等々事務書類が彼女から送られて来る度に、事務的な文書の後に「読んでみました」「お勧めです」「映画化嬉しいですね」といったような本にまつわる追伸が書いてあって、わたしも事務書類を送る際に返して、なんだかそんなことが、うれしい。好きな話をできることもうれしいし、気遣っていただけていることもうれしい。
こうした方と一緒の現場で仕事ができていたら、休職や退職をすることもなかったかもしなれい、なんて思ったりする。人間関係は仕事をするうえで大きく影響するから。下ネタが大好きな人はわたしのいた部署で水を得た魚のように輝くのだろうし、わたしは本が好きで語り合える人が職場にいれば、気の持ちようで体調も悪化せず仕事に行くのも楽しかったと思う。現に、別な仕事をしていた頃、一緒だった方々とは本の貸し借りもできて、わたし以外の人をも何人も潰したクラッシャー上司が現れるまでは楽しかった。仕事は社会人として稼ぎに行くことろでもあるけれど、どんなに好きな仕事でも、ふとした職場環境の要因で崩れてしまう。好きな仕事で、自分に向いていて、人間関係が良好で、環境が良い、そんな仕事に就けたらいいのだけれど。お給料はそんなに欲張らないから。
本を読むひと、と答える戯れに好きなタイプを聞かれた時は
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フィギュアスケートの村主章枝選手の引退を知った。わたしは彼女と同じ年齢で誕生日も同じなのでいろいろ意識しているところがあって、ああやはり人生の岐路に立っているのだ、と思わされるできごとだった。新しい道でもどうぞご活躍されますように。わたしも前に進まねば、と思う。
去年の今頃に失業手当を申し込んで、給付される前に再就職が決まって、失業手当を再就職手当に切り替えの申し込みをして給付される前に転職して、いろいろ具合が悪くなって休職の果てに退職して、そうこうしているうちに期限が切れて、ともすれば受給できたはずが一円も給付されずに消えてしまった金額がいくらかなんて数えてしまえば泣くしかないような暮らし。どうしてこんな人生になってしまったのだろう。本来は職を転々とするタイプでもなかったし、本職に在職時も慎ましく遊びもせずにまじめに働いていたのだけれど。
わたし、そこそこ長く福祉を施す方の側にいたのに、空気も合っててそちらの分野をもっと勉強したかったのに、今や福祉を受ける側に回ってしまった、不思議。ひらり、葉の一枚の翻るように。それでも、今のわたしがいろんな制度にお世話になれるかもしれないのなら、今はお世話になっておきたい。一時はなんにもできず寝たきりだったのが、そう思えるまでに回復してきた。無理しないでゆっくり、自分のできることから無理しないでがんばってゆきたい。
バスで15分ほど揺られて職安に行った。昨日電話で問い合わせて、書類をかき集めて合わせたらこの先どうにかなるかもしれない、という話になり、今日伺うことになった。職安の給付課で、昨日お話した男性の職員さんにかき集めた書類見てもらったけれど、一見して月数は満たしてるように見えるものの内密な日数が足りてなく、効力にはならないとのこと。――徒労であった。世界は思ったより優しくできているようで、やっぱり厳しい。
職安に集っていた人達はたぶんほとんどが仕事を探していて、そんな中に泣いている赤ちゃんやぐずっている幼子がいたりして、ああ、お母さんの方が仕事を探してるのか、って、せつなくなる。トイレの手洗い場で一緒になる女性職員さんの首に青い紐でぶら下がる、社員証のまぶしさときたら。お高そうな素敵なお洋服を着ていらっしゃって、ばっちりしたお化粧を直している。今日、わたしは、お化粧ももったいないのと、目に見えて地味に不憫そうな方が同情を誘えていい結果に繋がるかも、なんてバカらしいことを考えて、ほとんどすっぴんで来ていた。失職前は、すっぴんで外になんて出られない! ぐらいの自意識はあったはずなのに、環境の変化というものはこうも自分をも変えてしまう。
帰りは一時間ほど歩いて帰った。当てにしていた給付金が入りそうにないことがわかったから、ではなく、もとから帰りは歩こうと思っていたのだ。
帰り、銀行に寄り、今どうなっているのか現実を直視するのがずっとこわくて触れていなかった通帳を、思い切って記帳した。いざ記帳してみたら思ってたより残高があって、少し胸を撫で下ろした。一円も需給できずに消滅したと思っていた失業手当は、半年以上前に二回に分けて三万ほどではあったけれど振り込まれてあった。
歩いているうちに右のかかとに靴擦れができた。職安からだけでなく、職安に近い歌会の会場からも歩いて帰ることが多くて、道にも歩くことにも慣れているはずなのに。痛い。
通り道に現れた神社で、お参りをした。この先にいいことがありますように。散りかけの紅葉の赤ががきれいで目に沁みた。
職安の帰りに過日解散せしバンドのラストアルバムを買う
***
夜中に急におやつが食べたくなって突発的に作ったマフィン。バターの代わりにサラダ油でヘルシーに。
去年の今頃に失業手当を申し込んで、給付される前に再就職が決まって、失業手当を再就職手当に切り替えの申し込みをして給付される前に転職して、いろいろ具合が悪くなって休職の果てに退職して、そうこうしているうちに期限が切れて、ともすれば受給できたはずが一円も給付されずに消えてしまった金額がいくらかなんて数えてしまえば泣くしかないような暮らし。どうしてこんな人生になってしまったのだろう。本来は職を転々とするタイプでもなかったし、本職に在職時も慎ましく遊びもせずにまじめに働いていたのだけれど。
わたし、そこそこ長く福祉を施す方の側にいたのに、空気も合っててそちらの分野をもっと勉強したかったのに、今や福祉を受ける側に回ってしまった、不思議。ひらり、葉の一枚の翻るように。それでも、今のわたしがいろんな制度にお世話になれるかもしれないのなら、今はお世話になっておきたい。一時はなんにもできず寝たきりだったのが、そう思えるまでに回復してきた。無理しないでゆっくり、自分のできることから無理しないでがんばってゆきたい。
バスで15分ほど揺られて職安に行った。昨日電話で問い合わせて、書類をかき集めて合わせたらこの先どうにかなるかもしれない、という話になり、今日伺うことになった。職安の給付課で、昨日お話した男性の職員さんにかき集めた書類見てもらったけれど、一見して月数は満たしてるように見えるものの内密な日数が足りてなく、効力にはならないとのこと。――徒労であった。世界は思ったより優しくできているようで、やっぱり厳しい。
職安に集っていた人達はたぶんほとんどが仕事を探していて、そんな中に泣いている赤ちゃんやぐずっている幼子がいたりして、ああ、お母さんの方が仕事を探してるのか、って、せつなくなる。トイレの手洗い場で一緒になる女性職員さんの首に青い紐でぶら下がる、社員証のまぶしさときたら。お高そうな素敵なお洋服を着ていらっしゃって、ばっちりしたお化粧を直している。今日、わたしは、お化粧ももったいないのと、目に見えて地味に不憫そうな方が同情を誘えていい結果に繋がるかも、なんてバカらしいことを考えて、ほとんどすっぴんで来ていた。失職前は、すっぴんで外になんて出られない! ぐらいの自意識はあったはずなのに、環境の変化というものはこうも自分をも変えてしまう。
帰りは一時間ほど歩いて帰った。当てにしていた給付金が入りそうにないことがわかったから、ではなく、もとから帰りは歩こうと思っていたのだ。
帰り、銀行に寄り、今どうなっているのか現実を直視するのがずっとこわくて触れていなかった通帳を、思い切って記帳した。いざ記帳してみたら思ってたより残高があって、少し胸を撫で下ろした。一円も需給できずに消滅したと思っていた失業手当は、半年以上前に二回に分けて三万ほどではあったけれど振り込まれてあった。
歩いているうちに右のかかとに靴擦れができた。職安からだけでなく、職安に近い歌会の会場からも歩いて帰ることが多くて、道にも歩くことにも慣れているはずなのに。痛い。
通り道に現れた神社で、お参りをした。この先にいいことがありますように。散りかけの紅葉の赤ががきれいで目に沁みた。
職安の帰りに過日解散せしバンドのラストアルバムを買う
***
夜中に急におやつが食べたくなって突発的に作ったマフィン。バターの代わりにサラダ油でヘルシーに。
実家から太い大根を丸々一本もらった。けれど、一人では食べきれそうもないし、すが入ったり腐ったりしてしまう前に切干大根的な保存食を手作りしてみようかな、と思い立つ。ベランダが南向きの陽当たりの良い部屋なのだ。ベランダ菜園にもうってつけだったけれど、干し野菜にもおあつらえ向きである。放射能とか心配がないわけではないけれど、もうわたしは大丈夫なんじゃないか。
今年の夏の実家療養中に、干しナス作りの手伝いをしたことを思い出す。あんなふうな平たいざるは持っていないし、買うつもりもない。干し野菜専用の段になっていて吊るして使うネットが欲しいけれど、やっぱり買うつもりもない。どうしたものかと部屋うちのものを探していたら、使い捨てで三角コーナー代わりになるという『ポンッと置くだけ水切り袋』というものがあった。料理の際の生ゴミ処理に便利だから、と母がくれたのだった。けれど一人暮らしでは生ゴミもさほど出ず、さほど出番がなかった。袋の底を広げると自立する、ポリエチレン製の水切り袋だ。これは使えそう。早速、大根を切って、件の水きり袋に入れて、洗濯ばさみでベランダに干してみた。うん、なかなか悪くない。
切干大根を作ったことにより、切干大根作りにまつわる歌がいくつも湧いてきて、これまで未発表だった歌のストックもくっついてくっついて連作にまとめられそうになってきた。棚からぼた餅。切干大根作ってよかったと思う。切干大根が干上がって出来上がる頃には連作も出来上がっているのでしょう。これぞわたしが所属する短歌結社でもよく言われてる、「生活即短歌」って感じがする。
このところ短歌界隈では、虚構短歌について話題になっていた。発端は、今年の短歌研究新人賞受賞作は父の挽歌であったのだが、作者の父が実在していて、歌の中で父殺しを行ったというようなこと。だまされた、不謹慎といった感情を持つ方々がいたようなのだった。そうした問題からは、わたしはどこか距離を置いている。正直な好みで言えばわたしは短歌に私性を求める方向を向いている。けれど、わたしごときがなにか主張することもない、というような。ただ、わたしは虚構で短歌は作れないな。と、切干大根作りながらあらためて思った。切干大根は干上がるのに数日かかるとのこと。
先日は、三階の自宅のベランダの鉢に自生していたタンポポの葉っぱを、白菜と一緒に鍋に入れて食べてみた。彩りも良くなって、思ってたより普通の味だった。ベランダ菜園は、一度種蒔いたきり毎年生えてきていたシソが今年は生えなかったのがかなしい。放射能に関してはもうほとんど気にしていない。
放射能に関してあんまり気にしていないのは、たぶん生まないんじゃないかと思ってしまっているから。人生どうなるかわからないけれど。自分の気持ちも変わるかもしれないし。自分で自分のことも好きになれて、このひとの子を生みたい! と思えるような誰かと仲良く暮らすような人生になれたらしあわせだと思う。
南向き陽当たりのいい部屋なのにひとりで住んで申し訳ない
今年の夏の実家療養中に、干しナス作りの手伝いをしたことを思い出す。あんなふうな平たいざるは持っていないし、買うつもりもない。干し野菜専用の段になっていて吊るして使うネットが欲しいけれど、やっぱり買うつもりもない。どうしたものかと部屋うちのものを探していたら、使い捨てで三角コーナー代わりになるという『ポンッと置くだけ水切り袋』というものがあった。料理の際の生ゴミ処理に便利だから、と母がくれたのだった。けれど一人暮らしでは生ゴミもさほど出ず、さほど出番がなかった。袋の底を広げると自立する、ポリエチレン製の水切り袋だ。これは使えそう。早速、大根を切って、件の水きり袋に入れて、洗濯ばさみでベランダに干してみた。うん、なかなか悪くない。
切干大根を作ったことにより、切干大根作りにまつわる歌がいくつも湧いてきて、これまで未発表だった歌のストックもくっついてくっついて連作にまとめられそうになってきた。棚からぼた餅。切干大根作ってよかったと思う。切干大根が干上がって出来上がる頃には連作も出来上がっているのでしょう。これぞわたしが所属する短歌結社でもよく言われてる、「生活即短歌」って感じがする。
このところ短歌界隈では、虚構短歌について話題になっていた。発端は、今年の短歌研究新人賞受賞作は父の挽歌であったのだが、作者の父が実在していて、歌の中で父殺しを行ったというようなこと。だまされた、不謹慎といった感情を持つ方々がいたようなのだった。そうした問題からは、わたしはどこか距離を置いている。正直な好みで言えばわたしは短歌に私性を求める方向を向いている。けれど、わたしごときがなにか主張することもない、というような。ただ、わたしは虚構で短歌は作れないな。と、切干大根作りながらあらためて思った。切干大根は干上がるのに数日かかるとのこと。
先日は、三階の自宅のベランダの鉢に自生していたタンポポの葉っぱを、白菜と一緒に鍋に入れて食べてみた。彩りも良くなって、思ってたより普通の味だった。ベランダ菜園は、一度種蒔いたきり毎年生えてきていたシソが今年は生えなかったのがかなしい。放射能に関してはもうほとんど気にしていない。
放射能に関してあんまり気にしていないのは、たぶん生まないんじゃないかと思ってしまっているから。人生どうなるかわからないけれど。自分の気持ちも変わるかもしれないし。自分で自分のことも好きになれて、このひとの子を生みたい! と思えるような誰かと仲良く暮らすような人生になれたらしあわせだと思う。
南向き陽当たりのいい部屋なのにひとりで住んで申し訳ない
真実をみきわめるのに
二十五年という歳月は短かったでしょうか
……けれど
歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの
(「歳月」より)
茨木のり子詩集『歳月』(花神社)再読。夫の死後に書かれた、夫への挽歌。ラブレターのようなものだから生前は恥ずかしいと、「Yへ」(夫君のイニシャル)と記された箱へ仕舞っておいて、自身の死後に公表されたという、愛の言葉たち。
こんなふうに伴侶を想っていたい。何度読み返してもうっとりしてしまう、うつくしい詩集。白を基調とした装丁もすてき。わたしの宝ものの一冊でした。
詩の棚に茨木のり子『歳月』がなくて二月の妹の結婚
二十五年という歳月は短かったでしょうか
……けれど
歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの
(「歳月」より)
茨木のり子詩集『歳月』(花神社)再読。夫の死後に書かれた、夫への挽歌。ラブレターのようなものだから生前は恥ずかしいと、「Yへ」(夫君のイニシャル)と記された箱へ仕舞っておいて、自身の死後に公表されたという、愛の言葉たち。
こんなふうに伴侶を想っていたい。何度読み返してもうっとりしてしまう、うつくしい詩集。白を基調とした装丁もすてき。わたしの宝ものの一冊でした。
詩の棚に茨木のり子『歳月』がなくて二月の妹の結婚
この頃いろんなものを捨てていっていて、ついに旧友の手紙も捨ててしまおうかとも思った。数年続いて結構な量になっているものの、今は途絶えてしまっている。今は途絶えてしまっていたとしても、大切な旧友で、その時は彼女からの手紙に慰められて励まされて、言葉以上に大切な気持ちをもらったように思っている。
手紙を捨てるなんて、と思いながら、あの頃にわたしが送った手紙は捨ててほしい、と思っているわたしがいる。わたしはわたしなりに変わってしまって、今読み返せば若さゆえの青臭さがむず痒い。今でもこの頃のわたしだなんて思われていたくない。こんなにあの頃の手紙を恥ずかしく思うのは、まるで、手紙を書くために書いていたような手紙だったからかもしれない、と思う。手紙に綴ったことは、相手を思って届けたい言葉だったか。友達も知り合いもほとんどいない街で一人、当時はインターネットもなくて、抱えていた思いを吐き出すように手紙にしたためていた、ような気もする。受け止めてくれる人がいるのをいいことに。尤も、それはお互い様だったかもしれなくて。
下書きとして残っていたわたしの手紙文に「わたしは今が一番どん底だと思う。」なんて書いてあった。5年くらい前だ、まだ20代の。
どん底、なんて、世間知らず過ぎて笑っちゃう。あの程度がどん底なんて。今のわたしより未来があるのに、どん底、なんて。そののちしあわせをつかめるのに、どん底、なんて。つかんだしあわせを自分で手離すようなことをしてやっと味わうのに、どん底、なんて。
好きだったひとが誕生日にくれたゴーリキー『どん底』昔のことだ
手紙を捨てるなんて、と思いながら、あの頃にわたしが送った手紙は捨ててほしい、と思っているわたしがいる。わたしはわたしなりに変わってしまって、今読み返せば若さゆえの青臭さがむず痒い。今でもこの頃のわたしだなんて思われていたくない。こんなにあの頃の手紙を恥ずかしく思うのは、まるで、手紙を書くために書いていたような手紙だったからかもしれない、と思う。手紙に綴ったことは、相手を思って届けたい言葉だったか。友達も知り合いもほとんどいない街で一人、当時はインターネットもなくて、抱えていた思いを吐き出すように手紙にしたためていた、ような気もする。受け止めてくれる人がいるのをいいことに。尤も、それはお互い様だったかもしれなくて。
下書きとして残っていたわたしの手紙文に「わたしは今が一番どん底だと思う。」なんて書いてあった。5年くらい前だ、まだ20代の。
どん底、なんて、世間知らず過ぎて笑っちゃう。あの程度がどん底なんて。今のわたしより未来があるのに、どん底、なんて。そののちしあわせをつかめるのに、どん底、なんて。つかんだしあわせを自分で手離すようなことをしてやっと味わうのに、どん底、なんて。
好きだったひとが誕生日にくれたゴーリキー『どん底』昔のことだ
篠田節子『女たちのジハード』を再読。初めて読んだのは19歳の頃だったかと思う。今読み返しても充分に面白くて一気に読んでしまった。同じ会社に勤めるOL5人の話。読んだ当時は社会に出ていなかったけれど、今読み返すからこそ身につまされるものもあった。
というか、なんでこうした小説を社会に出る前に読んでいながら、その後の人生に活かせなかったのだろう。地元がど田舎過ぎて、両親や親戚、周りの大人達、学校に来る求人等、みんなブルーカラーばかりで、サラリーマンやOLといったホワイトカラーの職業は小説やテレビの中だけのファンタジーのように思えてたのかもしれない。自分とは関係のない都会のお話といった感じで、なんだか遠かったせいか、内容のほとんどを忘れていたのだった。
覚えていたことといえば、競売のことと、男の人は仕事の付き合いで風俗に行ったりする、などというどうでもいいことばかり。その後、お笑い芸人さんのラジオをよく聴いていて、ほとんどの人が風俗に行く話をするし、時代小説を読めばどの侍も町人も吉原や岡場所に普通に行くし、男の人というのはそういうもの、という認識が自分の中でできてしまった。それは、たとえば自分の恋人が風俗に行っても男の人として普通のことなので気にしない、というぐらいの感覚のズレをもよおした。だから友人の旦那さんが「そういうところに行く人は人間の種類が違う」と言っていたと知り、「え? そうなの?」と、ほんとうにびっくりした。今は、風俗に行く男の人にちゃんと嫌悪感が沸く。これは女性として普通の感情だと思う。以前はどこまで心が広かったのだ、わたしは。
バブル崩壊直後に出版された『女たちのジハード』には、OL達より上の職業としてスチュワーデスという言葉がちょいちょい出てくる。スチュワーデス、確かに華やかではあるけれど、今だったらそこまでみんなのあこがれの職業だろうか。今だったら、というか今だったら普通のOLだって充分恵まれてるような気がする。いくらやり甲斐がなかろうが、お局になって居場所がなくなろうが、ボーナスの出る正社員というだけでも充分恵まれてるような気がする。ただのOL、すら今やあこがれの職業なのではないか。
結婚に焦る年齢も今だったらプラス5歳ぐらいな気がする。登場人物の一人は「24歳までに結婚しないと」と焦っているけれど、当時はそうだったのだろうけれど、今は24歳って早婚なイメージ。今だと24歳って早婚のイメージだけど、妊娠出産等の肉体的体力的な面から見ればやっぱり適齢期は今でもそれぐらいなのかも、とも思った。
というか、なんでこうした小説を社会に出る前に読んでいながら、その後の人生に活かせなかったのだろう。地元がど田舎過ぎて、両親や親戚、周りの大人達、学校に来る求人等、みんなブルーカラーばかりで、サラリーマンやOLといったホワイトカラーの職業は小説やテレビの中だけのファンタジーのように思えてたのかもしれない。自分とは関係のない都会のお話といった感じで、なんだか遠かったせいか、内容のほとんどを忘れていたのだった。
覚えていたことといえば、競売のことと、男の人は仕事の付き合いで風俗に行ったりする、などというどうでもいいことばかり。その後、お笑い芸人さんのラジオをよく聴いていて、ほとんどの人が風俗に行く話をするし、時代小説を読めばどの侍も町人も吉原や岡場所に普通に行くし、男の人というのはそういうもの、という認識が自分の中でできてしまった。それは、たとえば自分の恋人が風俗に行っても男の人として普通のことなので気にしない、というぐらいの感覚のズレをもよおした。だから友人の旦那さんが「そういうところに行く人は人間の種類が違う」と言っていたと知り、「え? そうなの?」と、ほんとうにびっくりした。今は、風俗に行く男の人にちゃんと嫌悪感が沸く。これは女性として普通の感情だと思う。以前はどこまで心が広かったのだ、わたしは。
バブル崩壊直後に出版された『女たちのジハード』には、OL達より上の職業としてスチュワーデスという言葉がちょいちょい出てくる。スチュワーデス、確かに華やかではあるけれど、今だったらそこまでみんなのあこがれの職業だろうか。今だったら、というか今だったら普通のOLだって充分恵まれてるような気がする。いくらやり甲斐がなかろうが、お局になって居場所がなくなろうが、ボーナスの出る正社員というだけでも充分恵まれてるような気がする。ただのOL、すら今やあこがれの職業なのではないか。
結婚に焦る年齢も今だったらプラス5歳ぐらいな気がする。登場人物の一人は「24歳までに結婚しないと」と焦っているけれど、当時はそうだったのだろうけれど、今は24歳って早婚なイメージ。今だと24歳って早婚のイメージだけど、妊娠出産等の肉体的体力的な面から見ればやっぱり適齢期は今でもそれぐらいなのかも、とも思った。
もう何度も書いていることだけれど、お酒が飲めない。体に合わないらしく、楽しい気分になったこともないし、具合が悪くなって吐いてしまう。
と、いうことをうまく伝えられず、お酒の席でお酒を勧められたり、注文や購入すらされてしまうこともある。なんとかやんわり断ろうとして、その場の空気を盛り下げてしまい、申し訳ない気持ちになったりする。お酒を飲む人は、良かれと思って勧めてくれるのだから。わたしも、飲めない分、ウーロン茶でも精いっぱい楽しくふるまっているつもりではあるのだけれど、やっぱり足りないのだろうか、と反省したりする。
それにしても、お酒を飲む人の、他人にもお酒を飲ませようとする心理はなんだろう。こんなに踏み込んでぐいぐい勧められるものはお酒以外にはなかなか、ない。お酒を飲んで具合が悪くなる、という事実を想像できないくらいにお酒が良くって、素面でいるのがかわいそうだったりするのだろうか。人の酔っている姿を見たいのだろうか。自分は酔っているのに他人が素面なのはおもしろくない、ということなのだろうか。
とはいえ、お酒を飲める人の方が楽しそうだし、お酒を飲んでいない時でも生き方など大らかで柔軟そうに見えるし、うらやましい。ほんとうに、うらやましい。
お酒を飲めないわたしだけれど、最近、たぶんお酒のような心地だろう、というものを覚えた。不眠で処方された眠剤である。もともと薬嫌いだし、昔は薬で眠るなんてこわい! と頑なに拒んできた。けれど、どうしても眠れない時や、眠るよりほかないぐらい心が疲れている時、スッと眠れるのはいい。寝入りばな、ふわふわしてなにやら心地良い。この感じは、お酒を飲む人がお酒を飲む感覚に似ているんじゃないか、と思っている。どうだろうか。もちろん、溺れるつもりはない。
ひどいパワハラに遭っていた時など、夜は寝つけず、朝は早朝覚醒で、睡眠不足で体の疲れはとれないし、心のバランスも崩していた。あの頃、素直に眠剤のお世話になってちゃんと眠っていたら、ちゃんと頭が働いて仕事での理不尽なこともうまく立ち回れたんじゃないか、と思う。
お酒も飲めていたら、あのつらい日々もお酒に逃げることができて、もう少し楽に生きていたのかもしれないし。
酔えもせず吐いてしまいぬ ああわたし何処へも逃げる場所がなくって
と、いうことをうまく伝えられず、お酒の席でお酒を勧められたり、注文や購入すらされてしまうこともある。なんとかやんわり断ろうとして、その場の空気を盛り下げてしまい、申し訳ない気持ちになったりする。お酒を飲む人は、良かれと思って勧めてくれるのだから。わたしも、飲めない分、ウーロン茶でも精いっぱい楽しくふるまっているつもりではあるのだけれど、やっぱり足りないのだろうか、と反省したりする。
それにしても、お酒を飲む人の、他人にもお酒を飲ませようとする心理はなんだろう。こんなに踏み込んでぐいぐい勧められるものはお酒以外にはなかなか、ない。お酒を飲んで具合が悪くなる、という事実を想像できないくらいにお酒が良くって、素面でいるのがかわいそうだったりするのだろうか。人の酔っている姿を見たいのだろうか。自分は酔っているのに他人が素面なのはおもしろくない、ということなのだろうか。
とはいえ、お酒を飲める人の方が楽しそうだし、お酒を飲んでいない時でも生き方など大らかで柔軟そうに見えるし、うらやましい。ほんとうに、うらやましい。
お酒を飲めないわたしだけれど、最近、たぶんお酒のような心地だろう、というものを覚えた。不眠で処方された眠剤である。もともと薬嫌いだし、昔は薬で眠るなんてこわい! と頑なに拒んできた。けれど、どうしても眠れない時や、眠るよりほかないぐらい心が疲れている時、スッと眠れるのはいい。寝入りばな、ふわふわしてなにやら心地良い。この感じは、お酒を飲む人がお酒を飲む感覚に似ているんじゃないか、と思っている。どうだろうか。もちろん、溺れるつもりはない。
ひどいパワハラに遭っていた時など、夜は寝つけず、朝は早朝覚醒で、睡眠不足で体の疲れはとれないし、心のバランスも崩していた。あの頃、素直に眠剤のお世話になってちゃんと眠っていたら、ちゃんと頭が働いて仕事での理不尽なこともうまく立ち回れたんじゃないか、と思う。
お酒も飲めていたら、あのつらい日々もお酒に逃げることができて、もう少し楽に生きていたのかもしれないし。
酔えもせず吐いてしまいぬ ああわたし何処へも逃げる場所がなくって
携帯電話を持つのが遅かった。そもそも電話自体が得意ではなかったので、持ってないからといって不便を感じたこともなかったし、「今時、携帯電話を持たない流されないわたし!」みたいな変な自意識もあった。
携帯電話にメールの機能が備わり始めると、連絡先としてメールアドレスを教えてもらうようになることが多くなった。辺りを見渡せばばみんな携帯電話に向かって指を打っている。自分以外のみんながメールで繋がっているような疎外感を覚えた。それでも、携帯電話を持ったら自分が変わってしまいそうで、20代後半になって仕事の都合で持たされるまでは持たなかった。
携帯電話を持つようになって数年、いつしか辺りを見渡せば今度はみんなスマートフォンに向かって指をすべらせている。そうして、フェイスブックやLINEなどのSNSで繋がっているようである。ああ、既視感。携帯電話を持たなかった頃を思い出す。それでも、たぶんわたしはガラケーのままだろうな、ということまでも既視感。尤も、持たないと思っていた携帯電話を持ったように、この先のことまではわからないけれど。
繋がり過ぎるくらい繋がってゆくような時代になって、かえってこの頃、生身の関係を思うようになった。会える人とは会いたい。声が聞ける人なら聞きたい。目の前の、手の届く繋がりを大事にしたい。手紙を書くのもいい。便せんを選んで、切手を選んで、明日あさって届く誰かの未来に向かって言葉を綴りたい。
変換に慣れた右手で辞書を引く少し真面目な君への手紙
***
ネギと鶏肉の卵とじ。蓋付きのフライパンが便利でした。
携帯電話にメールの機能が備わり始めると、連絡先としてメールアドレスを教えてもらうようになることが多くなった。辺りを見渡せばばみんな携帯電話に向かって指を打っている。自分以外のみんながメールで繋がっているような疎外感を覚えた。それでも、携帯電話を持ったら自分が変わってしまいそうで、20代後半になって仕事の都合で持たされるまでは持たなかった。
携帯電話を持つようになって数年、いつしか辺りを見渡せば今度はみんなスマートフォンに向かって指をすべらせている。そうして、フェイスブックやLINEなどのSNSで繋がっているようである。ああ、既視感。携帯電話を持たなかった頃を思い出す。それでも、たぶんわたしはガラケーのままだろうな、ということまでも既視感。尤も、持たないと思っていた携帯電話を持ったように、この先のことまではわからないけれど。
繋がり過ぎるくらい繋がってゆくような時代になって、かえってこの頃、生身の関係を思うようになった。会える人とは会いたい。声が聞ける人なら聞きたい。目の前の、手の届く繋がりを大事にしたい。手紙を書くのもいい。便せんを選んで、切手を選んで、明日あさって届く誰かの未来に向かって言葉を綴りたい。
変換に慣れた右手で辞書を引く少し真面目な君への手紙
***
ネギと鶏肉の卵とじ。蓋付きのフライパンが便利でした。
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おとも
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女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
連絡・問い合わせ:
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(★を@に変えてお送りください)
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