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川が好き。山も好き。
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昔の同僚さんから電話がかかってくるようになった。わたしより一回りぐらい年上の人。彼女に誘われて会うと宗教の勧誘をされる、という話は共通の同僚仲間から聞いていたので、それとなくはぐらかして会わないようにしている。根回しが済んでいることを知らない彼女は、電話では宗教のことを口に出さず、ひたすら「今すぐ会いたい」「(わたしのことが)心配」とくり返す。震災の時すら連絡を取り合わなかった間柄なのに今になって「心配」とか、なんなんだろうなあと思ったりもする。わたしを親身に思ってくれているのではなくて、カモのように見ているのがわかる。昔はそんな人じゃなかったのに、なんだかかなしい。

 二十歳そこらで若くして子供を生んで結婚した人である。一緒に働いていた当時も、子供の話がほとんどだった。早くから子供子供の子供漬けだったのが、子供の大きくなって手が放れて寂しくなった心の隙間に、宗教が入り込んでしまったのだろうか。宗教にはまったきっかけも、子育ての悩みからだと外づてに聞いている。
 とはいえ、子供がいて夫がいて、それでもう充分でしょう? 愛する夫や子供こそ、神様より神様でしょう? って思ってしまう。そりゃあ既婚者と未婚者の悩みは違うのかもしれないけれど、少なくとも恋愛で好きな相手と結婚できただけでも、大きな奇跡を手にしているのに。

 電話口に熱心な彼女の声を聞く度、しあわせってなんだろうと思う。神様を信じて、彼女は妙にしあわせそうではある。
 初めて会った時、三十二歳で既に小学生の子供を二人持っていた彼女の年齢を、今のわたしが追い越していたことに、ふと、気づいた。あの無邪気な子供達も今は二十歳ぐらいになっているはずだ。子供が大人になるほどの月日が過ぎているのに、わたしはいつまでも子供のままでいる。

  神様を信じていないわれなれば「おかあさーん」って泣くほかはなく

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 最近の楽しみは土曜の夜の『男はつらいよ』寅さんアワー。自宅はBS契約していないので、実家に帰省している時に見る。邦画が好き、昭和が好き、人情もの好き、旅好きなのだもの、そりゃあ好きな映画になりましょう。

 ただ一つ、内容と関係ないところで、寅さんの、右手の薬指の指輪が気になってしまう。男の人がファッションとしてアクセサリを、まして独身なのに指輪を。悪いわけではないのだけど、なんか気になる。

 さて、わたしが年頃に初めて購ったアクセサリは肩こり用の磁気ネックレスであった。

  イミテーションリング左手薬指にはめて解き放たれる心地は

***

 ハンバーグ。家の隣の畑からシソを摘んできて、千切りにしてこねこね。こういう感じ、ああ農家だなあって感じ。夏の味。ソースもトマト刻んで手作りしたよー。
 

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わたしの参加している結社の歌会では、歌会終わりに「歌集を読む会」という勉強会がある。一冊の歌集から好きな歌を一人三首ずつ選んで読む。先日の歌会では河野裕子さんの『森のやうに獣のやうに』だった。三首用意してあったものの、歌会が盛り上がって時間が足らず、駆け足で一首のみを読むことになった。

  わが髪の付きしセーターにふさふさと身を包み街を歩きておらむ

 と、いう歌をわたしは選んだ。街を歩いている恋人の身を包むセーターに、自分の髪の毛が付いている。相手の体に自分の一部が付いていて、それがなにかうれしい、というような気持ちが、ああ、わかるなあって。なにしろ駆け足だったので歌会では「変態っぽくて惹かれました!」とだけ発言して笑われてしまったけれど。

 短歌総合誌『短歌研究』からアンケート葉書きが届いた。「万葉集 私のこの一首」というものだった。正直に言うと、わたしは万葉集や古今和歌集や新古今和歌集や百人一首等々の区別が付いてない。有名な歌はいくつか知っているし、以前NHKで放映されていた『日めくり万葉集』なんて番組も毎日のように見ていたけれど、なんだかぼんやりしている。さてどうしよう、と思っていたら、自分の本棚に角川文庫の『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』という本があった。助かった。
 持っていたのを忘れていたくらいなので、新鮮な気持ちで再読した。そうして選んだのは作者未詳のこの歌。

  朝寝髪 我れは梳らじ うるはしき 君が手枕 触れてしものを

 朝の寝乱れた髪を梳かすまい、いとしいあなたの手枕の触れた髪だから、という歌である。ああ、わかるなあって。

 河野裕子さんにしても、万葉集にしても、どこか似たような歌に惹かれたと気づく、髪を詠まれたというだけでなく、なにか残り香のようなものをいとおしく思うような。そして、昔のわたしならこういう歌に目が止まらなかっただろう、とも思う。わたしも変わったなあ。

***
 イカとズッキーニの煮物に、千切りじゃがいもと玉ねぎスライスのカレースープ。


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 自分の写真が必要になり、少しでもうつくしく!との悪あがきでロケーションまで敢行して、奇跡の一枚を求め、ひくぐらいの枚数の自分の写真を撮った。
 撮影中、なにやら立派なカメラを携えた人が現れて「撮りましょうか?」と声をかけてくれたので、こんなプロっぽい人なら少しでもうつくしく撮ってもらえるかも!と、ありがたくお願いした。
 少しでもうつくしく撮ってもらえたかしら!と、見てみると、わたしではなく背景の眺望台がメインに撮されていたのであった。お約束ですなあ。
 あんまりたくさん撮ったので、たまたま実家に見えた伯母に3枚ほど押し付けた。縁談でもよろしくお願いいたします、の心持ちで。

 晴れた日に、雨で断念した祖父のお墓参りに行ってきた。ついでにおみくじを引いたら、大吉だった。うれしいことばかり書いてあってうれしい。祖父の加護をいただけたみたいだ。

 実家での療養も今日でおしまい。さびしい。もっと居たかったし、健康上もその方がいいのだろうけれど、明日、歌会なのだもの。

  墓二つ参って帰る 墓守りを生もうと思う あした雪降る

***

 ナポリタン。普通のナポリタン。
 
擬製豆腐。卵と豆腐を混ぜて焼いて切り分けます。具は桜えびと絹さやのみじん切りで彩り良く。

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女性作家の中には、敢えて独り身を貫く人も多いと聞く。恋愛や結婚によって感性が変わり、作風の変わってしまうことを防ぐためだという。

 わたしも、守りたいと思ってしまったのだ、さびしい歌を詠える自分を。

  あの時にわたしが「はい」とうなずけば始まっていたはずの幸福

***

焼きうどん。具は豚肉とキャベツともやし。

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 祖父の命日だった。せっかく祖父の命日に実家に居るのだからお墓参りに行きたかったけれど、生憎の大雨なので、家の仏壇を拝むに留めた。

 わたしの生まれる半年前に亡くなってしまったから、わたしは祖父という人を知らない。
 祖父は54歳だった。だから、自分の親が50代になった頃から、親はいつまでもいてくれるものではない、と親の死というものを意識していた。一人暮らしでも必要以上に頼らなかったし、親の方も元々放任主義なところがあって、だからだろうか、かつてのわたしは変に自立、自律しようとするようなところがあったように思う。それは親にだけでなく、他人に対しても。それが最も顕著に表れてしまったのが、東日本大震災で。

 実家で療養中である。あの頃もっと頼るということや甘えるということを知っていれば、していれば、ここにきて親の世話になる身になんてならずに済んでいたかもしれない。

 頼ってもよかったのだ。甘えてもよかったのだ。親にも、人にも。いつかいなくなるにしても、まだ生きているのだから。

  遺影しか知らない祖父の顔に似ているようで梶井基次郎を読む

***

レバニラ。絹さやと玉ねぎのすまし汁。

 

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 一週間ほど、帰省して田舎で療養することにした。実家に居ると、父も母も働き者過ぎて驚く。兼業農家だから、本業の後に、休日に、農作業があるのだ。

 療養中の身だから有意義に過ごす必要なんてない、と敢えてゆるゆる過ごしていたわたしだけれど、なにかいたたまれなくなって、ごはんを作ることにした。もともと料理は好きだし、一人暮らしでは自炊生活だし、調理師免許も取得していたのだ。
 そんなわけで、本日はナスの肉詰めと新じゃがの茹でたもの。わたし一人分でない食事作りは楽しい。

  縦に割り肉を詰めたるピーマンの二つになるを一人で食みおり


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銀行へ行って、口座を一つ解約してきた。今年の一月に勤め始めて三月に辞めた仕事の、給与振込先として指定されて作らされた口座。もう用はない口座。この時期のことは記憶から消えてゆくのだと思う。人間はそういうふうにできてる。短歌にも詠んでないし、思い出す気もない。
 
 郵便局へ行って、参加する短歌冊子の費用を振り込んできた。冊子の趣旨においての、自分の役割、立ち居地のようなものを考える。わたしにしか伝えられない事実がある。
 今は歌が詠めない、とこぼした時、先輩方に「詠んでほしい」と言ってもらえてうれしかったし、「今回は無理しなくても」と言ってもらえてうれしかった。
 搾り出すように詠んだ歌だったから当然のごとく「投げやり感」「粗っぽい」「幼い」等々の辛口な批評もいただいたけれど、そうした心情を残すことにも意味があったと思いたい。
 
 図書館にも行った。これからのひと月は、実家か図書館で過ごす時間が多くなるのかな、と思う。わたしの部屋には昭和時代製の扇風機しかないから。熱中症による死亡防止のため、生活保護世帯でさえクーラーを推奨されているというのに。
 山本周五郎作品の女性について書かれた本を読んだ。山本周五郎作品の女性はいじらしくて可愛い。それにしても、今読み返すと、わたしの好きだった話は貧乏だったり親に捨てられたり世間から落ちこぼれてるようなものばかりだ。今読み返すと、少しつらい。わたし、山本周五郎ばかり読んでいた頃、いろんなことをあきらめていたなあ、って思い出した。たぶん、今も。
 黒澤明監督の『海は見ていた』の脚本と絵コンテの本を読んだ。予算の都合で黒澤監督は断念したそうだけれど、後に熊井啓監督が映画化したものをDVDで見た。原作は山本周五郎の岡場所もの『なんの花か薫る』と『つゆのひぬま』、どちらも好き。黒澤監督は当初、ヒロインとして宮沢りえさんを想定していたそう。わかるなあって思う。でも、実際に主演した遠野凪子さんも悪くなかった。今のようなエキセントリックなキャラが表立つ前のこと。最近の、私生活での彼女の離婚に思いのほかショックを受けている自分がいる。なんだろう、この気持ちは。ACの生きにくさを知っているから、しあわせになってほしかったのかもしれない。映画は、「こんばんは」と書いてある小道具の提灯がいいなって思った。かわいい。

 四月に新しい仕事にありつけたけれど、七月後半まで休職することになった。

  図書館へ行くね 図書館ぐらいしかわたしの行ける場所はなくって

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一人きり部屋で過ごしていたいけど誰かと家で暮らしていたい

 と、いう歌を詠めた時、たしか2006年のことだ、自分の心を素直に言葉にできた気がして、ひどく満たされた覚えがある。意気揚々と某コンテストに応募した。意気揚々と某コンテストに応募したものの、箸にも棒にも引っ掛からなかった。

 けれど、今ならばわかる。今のわたしは、この歌に共感できない。たぶん、多くの人がこの歌に共感できない。選外も当然。今ならばわかる。

 わたしの育った家庭には、団欒がなかった。今でも、ない。だからかもしれない、家の中では自室で一人で過ごしている方がよっぽど心地よかった。そのためか、一人暮らしを始めて、ある種のさびしさは覚えても、ホームシックにはかからなかった。或いは、ホームシックにかかるようなわたしだったら、うまくさびししがれるようなわたしだったら、人生をもう少しなんとかできていたのかもしれない。かつてのわたしは一人に慣れ過ぎてしまっていたし、頼りない思いをしても我慢する以外の方法を思いもつかなかった。

 一人の時間は大切。けれど、一緒に同じ時間を分かち合えるような誰かが人生には必要なのだと、震災やそのほかの喪失をあじわって、切に思うようになった。

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乱切りにした古川なすを水に浸して
灰汁抜きをした後
片栗粉をまぶして油で揚げる。
揚がったら鍋に移して割下で煮る。
割下は自分で作ってもいいのだけれど
面倒なのと美味しいのとで
この頃はもっぱらヤマサの昆布つゆ。
常備しているおろし生姜チューブも搾り出す。
なすにはたいた片栗粉のおかげで
揚げるときは型崩れを防ぎ
煮るときにはとろみがついて
一手間かけた甲斐があった。
安売りで量も多かったので
三食で食べても完食には三日はかかるだろう。
保存パックで冷凍していたご飯を温め
冷蔵庫から秋刀魚を取り出す。
昨日に刺身で買ったものの
一時に食べきれず
生のままでは痛むので火を通しておいた。
今日の弁当用に焼いた
チーズオムレツの残りもあったので
明日まで置くのもなんだし
夕餉に食べてしまうことにする。

一メートル先のテレビを見ながら
部屋の真ん中のテーブルで食事をする。
格別美味しいわけでも
手の込んだわけでもないものの
それなりに舌も腹も満たされる。
できれば汁物も欲しいところだけれど
コンロが一つしかないから
おかずついでには作れないし
一杯分だけわざわざ作るほどでもない。
食後のコーヒーは一杯分だけドリップする。
テレビのチャンネルをころころ変える。
忘れた頃に食器を洗う。
「ごちそうさま」と「お粗末さま」は
忘れたわけでなく言ってない。

***

 2008年の詩。一人暮らしを始めた1999年から2009年までのこうした生活を、こうした詩を、わたしは今、当時よりさびしく思うのでした。なんにも知らない、それでもこうして生きてゆくほかない、狭くて小さな20代でした。

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プロフィール
HN:
おとも
性別:
女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)

連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
(★を@に変えてお送りください)
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