川が好き。山も好き。
8月1日2日の土日は温泉旅行に行ってきました。行き先は鳴子です。鳴子温泉といえば、鳴子こけし。鳴子温泉街は、橋や郵便ポスト、電話ボックスなどあらゆるところにこけしがいっぱいのすてきな場所でした。こけし販売店もたくさんある中、日本こけし館へ行ってきました。鳴子こけしの他に、他の地方の伝統こけしの展示や、高松宮殿下秘蔵のこけし展示などもありました。わたしも一つ鳴子こけしを購入。こけしの顔出しパネルがあり、顔出しパネル大好きなわたしは早速撮ってもらいました。来年の年賀状はこの写真に決定です。
鳴子からの帰りに、三本木のひまわりの丘に寄ってみました。満開のひまわり畑と青空、絵葉書のような夏らしい光景でした。人もたくさんいてにぎやかでした。暑かったので、かき氷がおいしい。ひまわりの顔出しパネルがあり、そこでも写真を撮ってもらいました。夏らしい思い出ができてよかった一泊二日の小旅行でした。
いつまでも覚えていよう枯れかけのひまわり畑と冬木のさくら
(と、いう歌を過去に詠んだのは外した時期にひまわりの丘に来てしまった経験から。満開のひまわりを見ることができたので、上書きします。)
鳴子からの帰りに、三本木のひまわりの丘に寄ってみました。満開のひまわり畑と青空、絵葉書のような夏らしい光景でした。人もたくさんいてにぎやかでした。暑かったので、かき氷がおいしい。ひまわりの顔出しパネルがあり、そこでも写真を撮ってもらいました。夏らしい思い出ができてよかった一泊二日の小旅行でした。
いつまでも覚えていよう枯れかけのひまわり畑と冬木のさくら
(と、いう歌を過去に詠んだのは外した時期にひまわりの丘に来てしまった経験から。満開のひまわりを見ることができたので、上書きします。)
わたしの職場の責任者であるセンター長が、わたしと同じ年齢だと知った。堂々とした振る舞いや貫禄から、てっきり一回りくらい上かと思っていた。年齢の割には、ちょっとチャラいんじゃないかとも思っていた。実年齢がわかれば、あの妙な軽さも、まあそんなものか、と納得する。それにしてもびっくりした。
一番の長たる長が同じ年齢なのだもの、二番手のあの上司も、普段頼りにしているあの上司も、少し厳しいあの上司も、同年代だったり年下だったりするのでしょう。年相応の出世もせずに、いつまでも下っ端をふらふらしているわたしという人生を思う。
そういえば、小学校や中学校、高校でご指導いただいた先生方の当時の年齢も、思えばずい分追い越してしまった。子供の目からしたら先生達はずっとずっと大人に見えて、あの頃のあの先生が20代だった、なんて信じられない。わたしが20代だったら、そんなふうにたくさんの子供達をまとめることなんてできない。30代で未だ独身の先生を、行き遅れているなんて普通に思っていた。今思えば、それくらいめずらしくも恥でもなんともないのに。
時々、20代かと問われる。もちろん、お世辞も含まれていると思うけれど。ただ、わたしの場合は若く見えたとしても、それが若さなのではなく、人並みの人生経験を積んでないということゆえのおぼこさなのではないか。悪い意味で、年齢不詳。つまりは、「子供おばさん」なる不気味な存在なのではないか、わたしは。
わたしの意識も変化してきている。30代前半の頃は、なぜかもう40代になってしまったような気分で、青春も過ぎ去り人生も終わったように感じられて、捨て鉢になっていた。
今は何故か30歳ぐらいの気分で生きている。まだまだ未来があると思えている。なんで数年前あんなに絶望していたのか不思議。視野が狭かったのかもしれない。様々な生き方のあることを知って、見える世界が広がってきてから、これからのことも大丈夫だと思えるようになった。今は、毎日が楽しい。
震災を機に不妊治療始めたる当時の上司の齢に並びぬ
一番の長たる長が同じ年齢なのだもの、二番手のあの上司も、普段頼りにしているあの上司も、少し厳しいあの上司も、同年代だったり年下だったりするのでしょう。年相応の出世もせずに、いつまでも下っ端をふらふらしているわたしという人生を思う。
そういえば、小学校や中学校、高校でご指導いただいた先生方の当時の年齢も、思えばずい分追い越してしまった。子供の目からしたら先生達はずっとずっと大人に見えて、あの頃のあの先生が20代だった、なんて信じられない。わたしが20代だったら、そんなふうにたくさんの子供達をまとめることなんてできない。30代で未だ独身の先生を、行き遅れているなんて普通に思っていた。今思えば、それくらいめずらしくも恥でもなんともないのに。
時々、20代かと問われる。もちろん、お世辞も含まれていると思うけれど。ただ、わたしの場合は若く見えたとしても、それが若さなのではなく、人並みの人生経験を積んでないということゆえのおぼこさなのではないか。悪い意味で、年齢不詳。つまりは、「子供おばさん」なる不気味な存在なのではないか、わたしは。
わたしの意識も変化してきている。30代前半の頃は、なぜかもう40代になってしまったような気分で、青春も過ぎ去り人生も終わったように感じられて、捨て鉢になっていた。
今は何故か30歳ぐらいの気分で生きている。まだまだ未来があると思えている。なんで数年前あんなに絶望していたのか不思議。視野が狭かったのかもしれない。様々な生き方のあることを知って、見える世界が広がってきてから、これからのことも大丈夫だと思えるようになった。今は、毎日が楽しい。
震災を機に不妊治療始めたる当時の上司の齢に並びぬ
7月の海の日を含んだ3連休のうち2日も仕事だったのですが、合間の1日に、仙台文学館の「11ぴきのねこと馬場のぼるの世界展」を見に行ってきました。
『11ぴきのねこ』シリーズは子供の頃に読んだ絵本です。好奇心旺盛で、貪欲で、ちょっとずるいところもあるけれど、なぜか憎めない11ぴきのねこたちが繰り広げる物語。なつかしくて、かわいくて、あらためてファンになっちゃいました。馬場のぼるが青森生まれの東北の人だということは初めて知りました。
夏休みの子供向けの特別展だったようで、連休中ということもあり、子供達でにぎやか。ねこのお面作りなどもワークショップなども行われていて、かぶっている子供達もいました。販売されていたねこのぬいぐるみ、買えばよかったな、と帰ってから後悔。
展示を見終えた後は、資料室で短歌の結社誌を読みました。仙台文学館には書店では売っていないような結社誌が置いてあるのです。自分が結社に入る前にも、いろんな結社誌の見本を取り寄せる手間を、それで省けました。それから「短歌研究」の最新号や「ダ・ヴィンチ」の又吉さんの特集号(先日映画館で見た「海街diary」の特集もあってうれしかった)など、文芸誌のバックナンバーを読んだりしました。
文学館内の食堂「杜の小径」で初めて食事もしました。今夏限定のトマトのパスタをいただきました。特別展にちなんだ限定メニューは、馬場のぼる作品でもおなじみのコロッケとパンケーキで、子供達に好評だったようです。
『11ぴきのねこ』シリーズは子供の頃に読んだ絵本です。好奇心旺盛で、貪欲で、ちょっとずるいところもあるけれど、なぜか憎めない11ぴきのねこたちが繰り広げる物語。なつかしくて、かわいくて、あらためてファンになっちゃいました。馬場のぼるが青森生まれの東北の人だということは初めて知りました。
夏休みの子供向けの特別展だったようで、連休中ということもあり、子供達でにぎやか。ねこのお面作りなどもワークショップなども行われていて、かぶっている子供達もいました。販売されていたねこのぬいぐるみ、買えばよかったな、と帰ってから後悔。
展示を見終えた後は、資料室で短歌の結社誌を読みました。仙台文学館には書店では売っていないような結社誌が置いてあるのです。自分が結社に入る前にも、いろんな結社誌の見本を取り寄せる手間を、それで省けました。それから「短歌研究」の最新号や「ダ・ヴィンチ」の又吉さんの特集号(先日映画館で見た「海街diary」の特集もあってうれしかった)など、文芸誌のバックナンバーを読んだりしました。
文学館内の食堂「杜の小径」で初めて食事もしました。今夏限定のトマトのパスタをいただきました。特別展にちなんだ限定メニューは、馬場のぼる作品でもおなじみのコロッケとパンケーキで、子供達に好評だったようです。
今の仕事では、パソコンの画面上でたくさんの人の名前を目にします。カナがなければ読めないような名前や、意外な漢字の当てられている名前もよくあります。
時には、電話口で漢字ではどう書くのか伺ったりもします。熟語の何という示し方だったり、部首を使って説明してくれたり、自分の名前の表現の仕方を興味深く聞いています。
たくさんの名前に触れる度、その名前を付けた人のことを思います。名前は人生で一番最初のプレゼント、と言われているように、その人その人なりの願いの込められた名付けなのだろうな、と思いを馳せることがおもしろくあります。
先日、妊娠中だった妹が無事に出産しました。そして、あろうことか産まれた子にキラキラネームを付けてしまいました。
妊婦時代から「この子は<り>だ! ってひらめいたの。<り>の付く名前にする」などと言っていたので危惧はしていたのだけれども。「だったら江戸時代の冒険家、間宮林蔵にちなんで<林蔵>と名付けたらどう?」とわたしは精いっぱいの軌道修正を試みていたのだけれども。
変わった響きで画数の多い字面の名前を前に、「キラキラネームを付けたんだね…」とわたしが言うと、「キラキラネームだろうか。ギリギリ大丈夫だと思ったんだけど」と、妹はどこか麻痺している様子です。やっぱり産前産後は頭がお花畑になってキラキラネームを付けてしまうといううわさはほんとうだったのでしょうか。まだ赤ん坊だからかわいいものの、彼が青年になり、おっさんになってゆくことを思えば、キラキラした名前に風貌がついてゆけるのだろうか、と伯母ながら心配です。
わたしは、子を生む予定も全くないのに、もしも名付けをする機会があったら、産まれたその日の季節や天気にちなんだ名前、漢字はシンプルに間違えられることなく読めるもの、説明のしやすいもの、と決めております。
筆名を決めかねぬままはや幾年おのれに込める願いなどなく
時には、電話口で漢字ではどう書くのか伺ったりもします。熟語の何という示し方だったり、部首を使って説明してくれたり、自分の名前の表現の仕方を興味深く聞いています。
たくさんの名前に触れる度、その名前を付けた人のことを思います。名前は人生で一番最初のプレゼント、と言われているように、その人その人なりの願いの込められた名付けなのだろうな、と思いを馳せることがおもしろくあります。
先日、妊娠中だった妹が無事に出産しました。そして、あろうことか産まれた子にキラキラネームを付けてしまいました。
妊婦時代から「この子は<り>だ! ってひらめいたの。<り>の付く名前にする」などと言っていたので危惧はしていたのだけれども。「だったら江戸時代の冒険家、間宮林蔵にちなんで<林蔵>と名付けたらどう?」とわたしは精いっぱいの軌道修正を試みていたのだけれども。
変わった響きで画数の多い字面の名前を前に、「キラキラネームを付けたんだね…」とわたしが言うと、「キラキラネームだろうか。ギリギリ大丈夫だと思ったんだけど」と、妹はどこか麻痺している様子です。やっぱり産前産後は頭がお花畑になってキラキラネームを付けてしまうといううわさはほんとうだったのでしょうか。まだ赤ん坊だからかわいいものの、彼が青年になり、おっさんになってゆくことを思えば、キラキラした名前に風貌がついてゆけるのだろうか、と伯母ながら心配です。
わたしは、子を生む予定も全くないのに、もしも名付けをする機会があったら、産まれたその日の季節や天気にちなんだ名前、漢字はシンプルに間違えられることなく読めるもの、説明のしやすいもの、と決めております。
筆名を決めかねぬままはや幾年おのれに込める願いなどなく
東北大学短歌会の歌会に参加してきました。社会人や主婦の方もいるよ、と聞いていたので、大学短歌会とはいってももっと開けた感じなのかなと思っていたのですが、当然のごとく大学生やOBの方々が多く、見事にぶっちぎりで最年長でした。でも、普段は年上の方とばかり歌会をしているので、若い方々の歌を読んだり評を聞けたりするのは新鮮でした。わたしも、普段の結社の歌会では作者バレするので出せないような若めの歌を提出しました。
参加者は13人ほど。歌会をやるに丁度良いくらいの人数。そして大学生を中心をした若い人だけでこんなに参加者がいるのもすごいことです。
結社の歌会の懇親会などでよく話題になるのが「最近の若い人の歌は、頭の良さを競い合っているみたい」というもの。
実際に大学短歌会という若い人達の歌会に参加してみると、詠草一覧を見てもなんだか難しくてわたしには読みきれないものがほとんどでした。評に関しても、みんな難しいことを言っているなあーといった印象を受けました。わたしなんてほとんど高卒だもんなー。
若くて短歌をやっている人がこんなにいるのか。白熱してるなー。男子率高いなー(結社の歌会は最近女子会化している)。大学生なんて多感な時期にこんなに同世代で同じ趣味の人と集えたら楽しいんだろうなー。いいなー、青春だなー。なんてことを考えたりしました。
機会があれば、またお邪魔してみたく思います。
ユニクロのTシャツ二人かぶりたる東北大学短歌会歌会
参加者は13人ほど。歌会をやるに丁度良いくらいの人数。そして大学生を中心をした若い人だけでこんなに参加者がいるのもすごいことです。
結社の歌会の懇親会などでよく話題になるのが「最近の若い人の歌は、頭の良さを競い合っているみたい」というもの。
実際に大学短歌会という若い人達の歌会に参加してみると、詠草一覧を見てもなんだか難しくてわたしには読みきれないものがほとんどでした。評に関しても、みんな難しいことを言っているなあーといった印象を受けました。わたしなんてほとんど高卒だもんなー。
若くて短歌をやっている人がこんなにいるのか。白熱してるなー。男子率高いなー(結社の歌会は最近女子会化している)。大学生なんて多感な時期にこんなに同世代で同じ趣味の人と集えたら楽しいんだろうなー。いいなー、青春だなー。なんてことを考えたりしました。
機会があれば、またお邪魔してみたく思います。
ユニクロのTシャツ二人かぶりたる東北大学短歌会歌会
両親が今朝採りのさくらんぼを届けに来てくれた。毎年、職場のおすそ分け用などに宅配便で送ってくれるのだけれど、今年は直に届けに来てくれた。
両親が自宅に来てくれることが、この頃ずい分多くなった。昔はもっと距離があった。憎んでいた頃さえあった。けれど、今はいろんな話もする。家族らしくなってきたと思う。
基本的には自宅で自炊の夕飯を一人で取ることの多いわたしが、この頃はいろいろお誘いをいただいて外食をしたりもする。大抵はガールズトークの聞き役だったりするのだけど、それはそれで興味深いし、誰かと共に食事を取ることは楽しい。
仕事は、不安定だけれど、マイペースに進められるし、人間関係もざっくりしていて、ストレスもほとんどなく働けている。給料日、お給料もそこそこもらえてた。一生ものの仕事じゃない。でも、こういう働き方をしている人はいっぱいいる。いっぱいいるということがわかってきた。こんな感じでいいのかもしれない。こんな感じでいいかもしれない。仕事で心も体もぼろぼろになってた頃に比べれば。
昨日は歌会で福島に行ってきた。楽しかった。心の支えになり得る趣味を持てていることを、うれしく思う。来週も、普段とは違う歌会へ初参加する予定。どんな感じか楽しみ。新しい出会いもあるでしょう。短歌はわたしを様々なところに連れ出してくれる。連れ出されてゆく自分を、おもしろく思う。
人と会う予定がいくつかある。会いたい人がいるということ。わたしに会いたいと思ってくれている人がいるということ。
今が一番いい時。小津安二郎映画によく出てくる言葉だけれど、今が一番しあわせかもしれないな、ってこの頃つくづく思う。
わたしは震災以降ずっと大きな傷みを心に抱えてきていて、でも、笑えて過ごせるようになった日々の中で、いつしかそうした傷みを忘れつつあることに気づいた。
このまま忘れきってしまえばいい、と思う一方で、忘れてゆくことを、寂しくも思う。だって、忘れることができるなんて思っていなかったから。あの傷みを、いつまでも引きずるつもりでいたから。
わたしの悪い癖だ。過去を引きずったり未来を憂うより、今を大事にすればいい。今の自分を一番大事にすればいい。
去年の今頃は、仕事を休職したりして(そののち結局辞めて療養生活に入って)、今の自分がこんなに笑えて暮らせているなんて思いもよらなかった。去年の今頃を思えば、今の自分なんて充分にしあわせ、泣きたいくらいに。
さくらんぼ、おいしかった。山形の人は、とかく6月になるとさくらんぼを送る。地元を離れた人は、地元から取り寄せて配ったりする。わたしも、さくらんぼを食べに6月に帰郷していた頃があった。さくらんぼは山形人の心なのだ。
六月に桜桃が届く これだから心底母を恨めやしない
(今朝とか昨日とか言っているうちに日付が変わってしまった。この文章は2015年5月15日に書きました。)
両親が自宅に来てくれることが、この頃ずい分多くなった。昔はもっと距離があった。憎んでいた頃さえあった。けれど、今はいろんな話もする。家族らしくなってきたと思う。
基本的には自宅で自炊の夕飯を一人で取ることの多いわたしが、この頃はいろいろお誘いをいただいて外食をしたりもする。大抵はガールズトークの聞き役だったりするのだけど、それはそれで興味深いし、誰かと共に食事を取ることは楽しい。
仕事は、不安定だけれど、マイペースに進められるし、人間関係もざっくりしていて、ストレスもほとんどなく働けている。給料日、お給料もそこそこもらえてた。一生ものの仕事じゃない。でも、こういう働き方をしている人はいっぱいいる。いっぱいいるということがわかってきた。こんな感じでいいのかもしれない。こんな感じでいいかもしれない。仕事で心も体もぼろぼろになってた頃に比べれば。
昨日は歌会で福島に行ってきた。楽しかった。心の支えになり得る趣味を持てていることを、うれしく思う。来週も、普段とは違う歌会へ初参加する予定。どんな感じか楽しみ。新しい出会いもあるでしょう。短歌はわたしを様々なところに連れ出してくれる。連れ出されてゆく自分を、おもしろく思う。
人と会う予定がいくつかある。会いたい人がいるということ。わたしに会いたいと思ってくれている人がいるということ。
今が一番いい時。小津安二郎映画によく出てくる言葉だけれど、今が一番しあわせかもしれないな、ってこの頃つくづく思う。
わたしは震災以降ずっと大きな傷みを心に抱えてきていて、でも、笑えて過ごせるようになった日々の中で、いつしかそうした傷みを忘れつつあることに気づいた。
このまま忘れきってしまえばいい、と思う一方で、忘れてゆくことを、寂しくも思う。だって、忘れることができるなんて思っていなかったから。あの傷みを、いつまでも引きずるつもりでいたから。
わたしの悪い癖だ。過去を引きずったり未来を憂うより、今を大事にすればいい。今の自分を一番大事にすればいい。
去年の今頃は、仕事を休職したりして(そののち結局辞めて療養生活に入って)、今の自分がこんなに笑えて暮らせているなんて思いもよらなかった。去年の今頃を思えば、今の自分なんて充分にしあわせ、泣きたいくらいに。
さくらんぼ、おいしかった。山形の人は、とかく6月になるとさくらんぼを送る。地元を離れた人は、地元から取り寄せて配ったりする。わたしも、さくらんぼを食べに6月に帰郷していた頃があった。さくらんぼは山形人の心なのだ。
六月に桜桃が届く これだから心底母を恨めやしない
(今朝とか昨日とか言っているうちに日付が変わってしまった。この文章は2015年5月15日に書きました。)
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おとも
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女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
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