川が好き。山も好き。
ふるさとを失くしたような寂しさだ本家の父ちゃん死んでしまった
ランニングシャツ着ていつも畑に居た本家の父ちゃん死んでしまった
一昨年の盆に本家の父ちゃんとゼリーを食べたのが最後なり
血縁はなくて本家の父ちゃんのお葬式には行かないままに
われの持つ一番高い洋服は喪服 社割で一八〇〇〇円
奥羽山脈越えた向こうの農村の葬列を思う雪の降る日に
笑い顔だけしか思い出せないやいつも笑っていた人だから
***
親戚でもなく単なる近所付き合いでもない本家とか分家とかいう繋がりは、わたし達の世代ではもうすっかり薄くなっています。本家の父ちゃん母ちゃんまでは行き来もありましたが、その50代の息子さんとなるとわたしはほとんど面識がありません。だからこそ、いつか消えてゆく言葉を、詠んで残しておきたく思うのでした。
ランニングシャツ着ていつも畑に居た本家の父ちゃん死んでしまった
一昨年の盆に本家の父ちゃんとゼリーを食べたのが最後なり
血縁はなくて本家の父ちゃんのお葬式には行かないままに
われの持つ一番高い洋服は喪服 社割で一八〇〇〇円
奥羽山脈越えた向こうの農村の葬列を思う雪の降る日に
笑い顔だけしか思い出せないやいつも笑っていた人だから
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親戚でもなく単なる近所付き合いでもない本家とか分家とかいう繋がりは、わたし達の世代ではもうすっかり薄くなっています。本家の父ちゃん母ちゃんまでは行き来もありましたが、その50代の息子さんとなるとわたしはほとんど面識がありません。だからこそ、いつか消えてゆく言葉を、詠んで残しておきたく思うのでした。
映画「家族はつらいよ」を見てきました。山田洋次監督による、小津安二郎映画「東京物語」のオマージュ作品が2012年の「東京家族」、その同キャストによる新作喜劇です。橋爪功さん演じるお父さんと、吉行和子さん演じるお母さんの熟年離婚をめぐる一家の大騒動。長男は西村雅彦さん、そのお嫁さんが夏川結衣さん。長女に中嶋朋子さん、夫は林家正蔵さん。次男は妻夫木聡さん、恋人が蒼井優さん。音楽は久石譲さんです。
わたし、今年見た映画のベスト1はこれに決めました。人物それぞれに人間味があり、それゆえただようペーソス感がたまらない。いちいち小ネタが効いていたり、山田洋次監督の代表作「男はつらいよ」がちゃっかり宣伝されていたり(映画館にリバイバル上映としてポスターが貼ってある、家にDVDが揃ってある等)、「男はつらいよ」のテーマ曲が歌われたりもしました。「東京物語」に重ねた場面ではしんみりしつつ、ひたすら笑いっぱなしの108分でした。館内も、笑い声やツッコミの声が絶えず、楽しさをみんなで分け合えたような思いがしました。とても愉快な気分でした。
今年これからもいくつか映画を見るでしょうけれど、たぶんわたしはこの映画が一番好きです。
わたし、今年見た映画のベスト1はこれに決めました。人物それぞれに人間味があり、それゆえただようペーソス感がたまらない。いちいち小ネタが効いていたり、山田洋次監督の代表作「男はつらいよ」がちゃっかり宣伝されていたり(映画館にリバイバル上映としてポスターが貼ってある、家にDVDが揃ってある等)、「男はつらいよ」のテーマ曲が歌われたりもしました。「東京物語」に重ねた場面ではしんみりしつつ、ひたすら笑いっぱなしの108分でした。館内も、笑い声やツッコミの声が絶えず、楽しさをみんなで分け合えたような思いがしました。とても愉快な気分でした。
今年これからもいくつか映画を見るでしょうけれど、たぶんわたしはこの映画が一番好きです。
ヘリコプターの音が聞こえる。行方不明者の、5年目の捜索だろうか。2011年3月、震災の頃も、ヘリコプターの音がずっと鳴っていたから、ヘリコプターの音は不安な気持ちを呼び起こす。
職場で被災して、その日は職場に泊まって、翌日に自宅に帰された。一人暮らしの自宅アパートは、足の踏み場もないほど散乱していた。冷蔵庫は廊下の真ん中に出てきていた。購入の際に大の男2人がかりで配達してもらった洗濯機は倒れていた。スチールラックや本棚は元の場所とは違う場所に移動していて、すっからかんになった中身は全部床の上に散らばっていた。電話が通じなくて誰とも連絡のつかない中、独りで片づけをした。水道が止まっていてトイレも使えず、区役所や文化センターまで用を足しに行った。ひび割れた窓を、余震に備えて開けたままにしておく。隙間から、冷たい風が入り込む。雪が降っていた。携帯電話のメールを何度も打っては送信ボタンを押したけれど、電波が届かず送られなかった。
あれから5年。やっと、わたしの震災が遠くなってきたのを感じる。過去よりも、今、目の前のことで気持ちが忙しい。去年まで抱いていた、「わたしだって被災したんだから!」という思いは、もうない。ずいぶん楽になった。努力もしたのだった。仕事の業種や働き方を変えたり、意識して外へ出たりした。新しい世界に目を向けるようにした。やっと、ここまできた、と思う。やっと、今を生きられるようになった。
よく耳にする「あの日を忘れないで」というフレーズ。けれども、被災当事者の人は、忘れてもいいような気もする。つらい気持ちをずっと抱えていなさい、なんて、とても言えない。
今年の3月11日は晴れているので、洗濯をした。震災直後は、いろいろなうわさがあって洗濯物を外に干すのがためらわれていたことを思い出す。まだ外で子供を遊ばせない地域もあると聞く。わたしはもうどうでもよくなり、ベランダに白いシーツを広げる。
職場で被災して、その日は職場に泊まって、翌日に自宅に帰された。一人暮らしの自宅アパートは、足の踏み場もないほど散乱していた。冷蔵庫は廊下の真ん中に出てきていた。購入の際に大の男2人がかりで配達してもらった洗濯機は倒れていた。スチールラックや本棚は元の場所とは違う場所に移動していて、すっからかんになった中身は全部床の上に散らばっていた。電話が通じなくて誰とも連絡のつかない中、独りで片づけをした。水道が止まっていてトイレも使えず、区役所や文化センターまで用を足しに行った。ひび割れた窓を、余震に備えて開けたままにしておく。隙間から、冷たい風が入り込む。雪が降っていた。携帯電話のメールを何度も打っては送信ボタンを押したけれど、電波が届かず送られなかった。
あれから5年。やっと、わたしの震災が遠くなってきたのを感じる。過去よりも、今、目の前のことで気持ちが忙しい。去年まで抱いていた、「わたしだって被災したんだから!」という思いは、もうない。ずいぶん楽になった。努力もしたのだった。仕事の業種や働き方を変えたり、意識して外へ出たりした。新しい世界に目を向けるようにした。やっと、ここまできた、と思う。やっと、今を生きられるようになった。
よく耳にする「あの日を忘れないで」というフレーズ。けれども、被災当事者の人は、忘れてもいいような気もする。つらい気持ちをずっと抱えていなさい、なんて、とても言えない。
今年の3月11日は晴れているので、洗濯をした。震災直後は、いろいろなうわさがあって洗濯物を外に干すのがためらわれていたことを思い出す。まだ外で子供を遊ばせない地域もあると聞く。わたしはもうどうでもよくなり、ベランダに白いシーツを広げる。
介護士による虐待や殺人など痛ましい事件の影響で、この頃、良い介護施設の選び方などがよくテレビで紹介されています。
利用者さんが笑顔でいること、散歩や買い物など外出の時間があるかどうか(外出は介護報酬?の点数にはならないので、利用者さんによろこんでもらいたい施設側のサービスで行われているのだとか)など、なるほどなあと思います。
良い介護施設かどうか見分ける方法の一つに「食器は陶器を使っているか」というのがありました。陶器の食器を使っている所は利用者様のことを考えてる、との理由だそうです。確かに陶器の食器はきれいですし、ほどよい重さが麻痺を患う人の手にも良いようなのですが、割れないように気を遣うため仕事が遅くなり調理師泣かせなので、メラミンの食器でも許してください。
また、わたしが介護の現場で働いたり、他の施設などもいくつか研修で訪れたりした経験から。施設の行事やレクレーションに、現場で働く介護士さんだけでなく、事務室にいる職員さん(施設長、事務員、ケアマネージャーなど)や厨房にいる調理師さん(ただ、調理師は直雇の施設もあれば、専門の業者が入っている施設もあります。)、送迎のドライバーさんなども参加している施設は良いと思いました。特に、事務室の職員は正社員で、現場の職員は非正規社員だったりすることも多いので、そのあたりに壁があると人間関係もぎすぎすしたものになり、職場の雰囲気が濁ってしまいます。施設の規模によって難しい部分もあるかもしれませんが、普段は利用者様と接しない業務の方々も、数字や書類の情報だけではなく、現場に出て利用者さん達や介護士さん達に触れ合う機会の持てている施設は、いろいろ風通しが良いように思います。
あと、これは一箇所だけでしたが、利用者さんを「お客様」と呼ぶ施設もあって、間違いではないのでしょうけれど、商売っ気が押し出されている感じがしてわたしは気になりました。
実家の、もうすぐ89歳になる祖母が、この3月から週一で通所介護施設に通い始めました。近所のお茶飲み友達もいなくなり、自身も体が不自由になってきて最近はずっと家にばかりいたので、施設でお話したり体操したり、楽しく過ごせればいいなあと思います。
「はつ恋の味がするわ!」とはしゃぎつつ嫗らの食むぶどう寒天
利用者さんが笑顔でいること、散歩や買い物など外出の時間があるかどうか(外出は介護報酬?の点数にはならないので、利用者さんによろこんでもらいたい施設側のサービスで行われているのだとか)など、なるほどなあと思います。
良い介護施設かどうか見分ける方法の一つに「食器は陶器を使っているか」というのがありました。陶器の食器を使っている所は利用者様のことを考えてる、との理由だそうです。確かに陶器の食器はきれいですし、ほどよい重さが麻痺を患う人の手にも良いようなのですが、割れないように気を遣うため仕事が遅くなり調理師泣かせなので、メラミンの食器でも許してください。
また、わたしが介護の現場で働いたり、他の施設などもいくつか研修で訪れたりした経験から。施設の行事やレクレーションに、現場で働く介護士さんだけでなく、事務室にいる職員さん(施設長、事務員、ケアマネージャーなど)や厨房にいる調理師さん(ただ、調理師は直雇の施設もあれば、専門の業者が入っている施設もあります。)、送迎のドライバーさんなども参加している施設は良いと思いました。特に、事務室の職員は正社員で、現場の職員は非正規社員だったりすることも多いので、そのあたりに壁があると人間関係もぎすぎすしたものになり、職場の雰囲気が濁ってしまいます。施設の規模によって難しい部分もあるかもしれませんが、普段は利用者様と接しない業務の方々も、数字や書類の情報だけではなく、現場に出て利用者さん達や介護士さん達に触れ合う機会の持てている施設は、いろいろ風通しが良いように思います。
あと、これは一箇所だけでしたが、利用者さんを「お客様」と呼ぶ施設もあって、間違いではないのでしょうけれど、商売っ気が押し出されている感じがしてわたしは気になりました。
実家の、もうすぐ89歳になる祖母が、この3月から週一で通所介護施設に通い始めました。近所のお茶飲み友達もいなくなり、自身も体が不自由になってきて最近はずっと家にばかりいたので、施設でお話したり体操したり、楽しく過ごせればいいなあと思います。
「はつ恋の味がするわ!」とはしゃぎつつ嫗らの食むぶどう寒天
1月15日が、仕事の最終出勤日でした。当初は、聞いていた話と業務内容や勤務形態が違っていたり、職場の上司陣の若さ(センター長が同じ年齢!)に戸惑ったりもしました。特に、女性上司達の派手なファッションやネイル、同期の同僚女性もギャル子ちゃんが多く、「ここはわたしの働く場所じゃないでしょう…」と場違い感でいっぱいで、きっと長くは続けないと思っていました。
けれども、仕事自体は苦手分野ながらマイペースにできてやりやすく、人の入れ代わりが激しかった分、ギャル子ちゃん達が脱落していき落ち着いた人が残ってきて、働きやすくなってきました。人間関係もさっくりしていて仲良しさんもでき、勤怠についても融通が利くのも良くて、思ったより長く続けることができました。
このまま続けることもできたのですが、世の中の流れもあってセンター全体の生産性も振るわなくなり、いろいろ状況も変わってきたので、契約更新せず、ここらで円満終了です。お疲れさま、わたし!
生活のためだと割り切って、仕事をするために仕事をする、そんな日々です。でも、同じような人も多いのでしょう。生きてゆきます。
こんな仕事こんな仕事と思いつつ就業できることのうれしさ
けれども、仕事自体は苦手分野ながらマイペースにできてやりやすく、人の入れ代わりが激しかった分、ギャル子ちゃん達が脱落していき落ち着いた人が残ってきて、働きやすくなってきました。人間関係もさっくりしていて仲良しさんもでき、勤怠についても融通が利くのも良くて、思ったより長く続けることができました。
このまま続けることもできたのですが、世の中の流れもあってセンター全体の生産性も振るわなくなり、いろいろ状況も変わってきたので、契約更新せず、ここらで円満終了です。お疲れさま、わたし!
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こんな仕事こんな仕事と思いつつ就業できることのうれしさ
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HN:
おとも
性別:
女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
(★を@に変えてお送りください)
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