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川が好き。山も好き。
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腋の毛が半袖シャツからはみ出している恋人と夏を過ごさず

  一人という家庭のかたち日曜のベランダに干す一つの枕

  日曜の午後四時過ぎに地震くるジャガイモ五つ茹でていた時

  待ってとも待たないでとも言われずに過ぎてゆく秋コンビニへ寄る

  いちぢくの味も知らずに三度目の本厄を生きゆくわたしなり

  くちづけがしたい月夜の帰り道にわたしが拒んだ梅雨の続きの

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 12月号選歌欄評にて、こうこさんに「付き添いはいません」の歌を取り上げていただきました。ご一緒している歌会などでも、評を受けてあらためて気づかされることもあり、ありがたいです。

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カウンセリングに行ってみました。自分の心に向き合いたいと思ったのがきっかけです。思い悩んでも友達には相談しにくいこともあるし、心理などの本を読んでも変に知識がついて余計に考え過ぎるようになってしまった気がしたのです。専門家の人に客観的な意見を伺えればいいし、ただただ話したい気持ちを満たすだけでもいいと思いました。
 ただただ話すことを目的として「占いに行ってみようかな?」と言ってみたら母や友達に大反対された、という経緯もあったりします。同じくらいの金額ならば、カウンセリングを受けてみたいと思いました。

 カウンセリングルームは、雑居ビルのようなマンションの一室でした。カウンセラーは女性の方で、向かい合うでも並ぶでもなく斜めに座りました。飲み物やお菓子が出ました。
 まずは木の絵を書きました、バウムテストです。カウンセリングっぽい!わたしは木の上部が紙に収まらないように描いていました。無意識なのですが、数年前に別件で木の絵を描いた時にも上部が収まらないように描いていて、ハッとしました。他にも書き上げる時間や筆圧、木の種類や位置などでいろいろ解釈できるようです。わたしの結果は、未来への思いがあって割と男性的とのことでした。

 こういうところでは必ず成育歴のことを聞かれるとは思っていたのですが、その辺りは別にもういいような気がして、そっちへ話が行かないように、昔は確執もあったけれど今は感謝しているし良い親だと思っていると答えました。
 けれども、どうしてそう思うのか聞かれて、たとえば人に親切にしてもらった時に菓子折りを送るような常識を親を見て学べたこと、お酒やギャンブル、不倫や離婚などをする親ではなかったし、荒れた家庭ではなかったことなどを挙げたのですが、「それって、別に親じゃなくてもいいよね。たとえば施設の職員や、私が同じようにすることもできるよね」と返ってきました。「でも」「でも」と、わたしは自分の親を良く思っている理由をたくさん伝えたのですが、言えば言うほど「無理に良く思おうとしてるみたい」とのことでした。そもそもの話、理由がどうとかではなく、本来は生んでくれただけで親ことを好きと思うものなのだそうです。

 ぐさぐさきました。

 ふり返ってみれば、わたしは親だけでなく、友達や恋人に対してさえも、好意の理由付けをしています。別に、条件で人を選んでいるわけではありません。ただ、気持ちが先にあっても、その自分の気持ちの理由をいちいち考えてしまうのです。そして、自分が誰かにとくべつに思ってもらえた時も、理由があるのだと信じきっていました。
 愛は理屈じゃないとか、ありのままの自分でいいとか、慣用句のように聞きなじんていたと思っていたのに、わたしは他人事だったんだなあと思い知りました。また、自分がさらっと流そうと思っていた話から根本的な歪みが見出されたことも意外な展開でした。

 他にもいろいろ話をしましたが、何気ない会話に見せかけて自分の心を開かされている感じがしました。中には、これはアスペルガーかどうか探られている流れなのかなあ?と思うものもありましたが。けれども、自己分析だけではたどり着けなかった自分のいくつもの心に気づかせてもらえました。自分が「嫌だな」と思ったことを大事にした方がいい、というのも胸に留めておこうと思います。

 大き目のカップに淹れてもらったコーヒーはいつの間にかすっかり冷えていて、少し残しました。飲みきるのが礼儀なのかなと迷ったり、ミルクの量や砂糖の数も実は診断材料なのだろうかと構えたりもしました。
 通勤と同じ地下鉄で帰りました。ちょうど去年の今頃の仕事で降りていた駅は懐かしく、天井の星のアートのひかっているのがにじんで見えました。
 
  父母が恋愛結婚じゃないからわたしは愛の結晶じゃない

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「ありがとう」とお礼をいう時や、褒めたりする時に、椅子の背をそっと押す男性上司がいて、「ははーん、この人はプライベートで女の人の背にこんなふうに触れているのだな」と推測しています。職場で直に背を押してしまってはセクハラになりかねないため、椅子の背なのでしょう。わたしにだけそんなことをしているわけでなく、年齢性別問わず誰に対してもこんな感じです。その人当たりの良さは見習いたいなあと思うし、疑似ボディタッチ的な椅子押しに励まされる人もいるのではないでしょうか。

 自分から人に触るのが苦手です。苦手というか、得意じゃないというか、人に触るということをまず思いつかないです。肩を叩いて人を呼ぶとか、握手を求めるとか、ボケに対するツッコミとか、なにげない日常の接触にも消極的です。けれども、ふと周りを見渡せば、なんだかみんな自然に触れ合っています。
 よし、これからは触ってゆこう。わたしの人として欠けている部分はそこかもしれない。と、仕事の粗品でもらった、癒しのために握る人形をむぎゅむぎゅしながら思うのでした。
  
  鍵盤を奏でる時の指先と心でわたしにさわってほしい

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手作りお菓子のレシピ本を買いました。普段の料理は生活の一環ですが、お菓子作りとなると趣味の世界と思います。お菓子作りが大好き!というわけではないものの、調理の仕事をしていた頃にいろいろ手作りできたのがおもしろかったので、一冊ぐらい欲しくなったのでした。炊飯器ケーキは邪道、プリンだったら蒸し器よりオーブンで作るのがいいな、など少しのこだわりはありつつ、おまんじゅうの作り方が載っている本というのを決め手に一冊を選びました。

 ケーキやクッキー、マドレーヌ、スコーンなどの洋菓子、ようかんや大福などの和菓子、と大きなくくりの他に、チョコレート菓子が数ページも扱われています。チョコレート菓子だけで、ガトーショコラ、ザッハトルテ、トリュフ、フォンダンショコラ、生チョコ、ブラウニー、チョコムース、フルーツチョコ、その他いくつもの種類が掲載されています。わたしの買った本だけでなく、基本のお菓子、かんたんお菓子等、どの本でもチョコレート率は高いです。それだけチョコレート菓子を作りたいという需要があるのでしょう、チョコレートを贈るイベントが2月にあれば、なおさら。

 高校生の頃、友人の手作りチョコを食べて、味が悪かったわけでもないのに、おなかをこわしたことがあります。当時は「料理が下手なんだな」と思いましたが、今なら、不衛生な台所でアルコール消毒などせず手も洗わずに作ったりして中心温度も75℃に至らず何らかの菌が繁殖したのではないか、とわかります。
 手作りお菓子を配られるのは困る、という話をよく聞きますが、実体験としてわかるし、わたしも仕事以外では基本的に自分用、と思っています。

 いろいろなお菓子を仕事で作っても、レシピ本を買っても、結局は牛乳に砂糖を入れただけのシンプルな牛乳ゼリーが好きなのでした。そしてチョコレートは市販のをもぐもぐ。

  チョコレート食べたい今すぐしあわせになりたいんです手っ取り早く

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仕事で月間の数字が良かったみたいで、粗品をいただきました。ステーショナリーグッズなどいくつか選べたのですか、むぎゅむぎゅ握る人形にしました。あんまり実用的でないものの方が、ご褒美感っぽくていいかなと思って。

 表情もいまいちわからないシュールな人形ですが、手にしてみると、これがなかなか気に入ってしまっています。ちょうど手のひらにすっぽり収まるまるい顔をむぎゅむぎゅしていると、妙に落ち着くのです。ライナスの毛布みたいに、手元に置いておきたい感じです。
 手触りがいいっていうのもあるけれど、がんばったねって仕事で褒めてもらえたのがきっとうれしいんだな。

  にぎられたい手があるのならのばしてよ わたしはそれにすがってみたい

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昨年の今頃、お見合いの話がありました。従姉妹の同僚男性で、わたしに会ってみたいとの申し出があったとのことでした。身元のしっかりした思わぬエリート男性との縁談に、両親は今までにないほど乗り気で、こわいくらいでした。

 結局、会うこともなく、お断りをしました。恋人に話をしたところ、「断ってよ」と即答してくれたのでした。こんなことを相談するのも試し行為のようで躊躇われたのですが、それでも、黙ってお見合いをすることは、恋人にもお見合い相手にも手配してくれた親戚にも不誠実だと思ったのです。それまで将来の話が出たこともないのに、こんなことを相談をするのも試し行為のようで躊躇われたのですが、あまりにさらっと当然のように笑ってくれるものだから、わたしは妙な安堵感で言葉少なになり、「断って」の続きを求めることはしませんでした。天気予報が晴れだからと遠出した、二本松の高村智恵子記念館の帰りの高速道路でした。
 両親には「体調不良でそれどころではない」とわけのわからない理由を伝え、落胆されました。ほんとうのことは何も言えず、頭のおかしな娘だと思われたかもしれません。

 賢い女性ならば、しれっと二人を天秤にかけ、向こうが良かったら乗り換えたりするのでしょう。もしくは、「あなたが断らせたのだから、責任を取ってほしい」と婚姻届を持って恋人に詰め寄ったりするのでしょう。
 もっと上手に生きられるようになりたいな。今年の冬は寒いです。 

  縁談をぼてりとかわす暖冬の東北に降る一月の雪

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なにごともなかったように君が来て守られている夏の約束

  助手席のシートを直す 足の長い誰かの座った季節を直す

  求められなければ裏磐梯のペンションの宿帳に書く名前は一つ

  ケンカしたこともないのに仲直りしたいと思う線香花火

  リターントゥティファニー胸に刻ませて今その意味がよくわからない

  「またね!」って帰り際言う「さよなら」と先に君から告げられぬよう



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 この小旅行の帰り、カーラジオからオフコースの「秋の気配」が流れてきたことをよく覚えています、まるで自分がドラマの中にいて、挿入歌が流れてきたようで。2首目の助手席の歌を百葉集に採っていただきました。うれしいです。

 11月号選歌欄評で、永久保さんに逢引きの誘いを蹴って歌会へ行く歌の評をいただきました。偶然でしょうけれど、まさにその歌会でご一緒しました。

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阪神大震災から22年が過ぎました。それから、中越地震、東日本大震災、熊本地震、たくさんの地震がありました。東日本大震災を経験してからは、避難所の光景などをテレビで見る度に、あの日を思い出し胸が痛くなります。震災にまつわるドキュメンタリーもできるだけ見ています。

 酒井順子『地震と独身』は、とても印象に残る本でした。独身女性をテーマにしたエッセイに定評のある著者ですが、そんな著者が「ふと思ったこと」を、わたしも震災当初からずっと感じていました。震災関連の報道で取り上げられるのは、家族を亡くした悲しみ、家族との支えあい、家族の物語ばかりということです。子供や高齢者ではない世代の独身で被災した人について焦点があてられることはあまりありません。家族の絆を押し出した方が反響が良いのでしょうか。けれども、一人で震災の日々を生きるという事実は確かにあるのですから、見過ごされがちな独身者達の声に耳を傾けてくれたこの本を、ありがたく思いました。
 東京で過ごした独身で親や子のない著者自身、被災地に暮らして働いていた人、遠方からボランティアに来た人、被災地在住ではないもののもっと遠方へ移住した人、震災を機に結婚をした人、たくさんの独身達の震災に取材してあり、家族を優先した同僚の仕事が独身者に背負わされるなどメディアであまり語られることのない独身ならではのエピソードは興味深いものです。中でも、わたしが「そうそう!」とうなずいたのは、地震直後、既婚者はいち早く家族の元へ向かおうとするのに対し、独身者は帰宅を急がなかった、という部分です。実際に、わたしが職場で被災した時、こんな混乱した中を一人暮らしのアパートになんて怖くて帰りたくないと思っていたのに対し、既婚者の方が「ごめんね、先に帰るね」と謝って帰って行くのへ、意識のズレを感じたのでした。
 この本は2014年に出版されたものですが、2016年の文庫化にあたり書き下ろされた後書きとして、取材された方々のその後の様子などが知れたのもよかったです。当時に独身だからこそ震災を機に変わってゆく人生というものが思われます。
 
 わたしが震災を短歌に詠むときにも、意識して独身女性の視点を大事しています。自分が訴えたいというのもあるし、他の人があまり詠まれないことだとも思うので。歌に残してゆくということに、意味があると思いたいです。

 余震は今でも続いています。

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秋に受けた健康診断で引っかかってしまったので、精密検査に行ってきました。あまり耳慣れない症状で、どの科で見てもらうのかわからずにいたのですが、そのものずばりな専門クリニックが、ちょうどわたしの登録している派遣会社と同じビルに入っていました。慣れた場所だと思うと、少しは安心です。比較的新しいそのクリニックは待合室も清潔で、本棚には昨日読み終えたばかりの角田光代『対岸の彼女』が置いてありました。わたしは村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を3頁くらい読みました。

 検査の結果は、とりあえずは経過観察ということで、特に治療の必要は今はまだないとのこと。ただ、食事制限が出まして、昆布を控えるようにとの指示がありました、このおでんの季節に!食べてはだめと言われると食べたくなってしまうので困ったものです。また、採血の際のアルコール消毒で腕が思いっきり赤く腫れてしまい、そりゃあお酒なんて飲めないはずだなあとつくづく思いました。
 
 お酒も飲まず、タバコも吸わず、通勤などで適度に歩き、自炊中心で栄養バランスにも気を配っているのに、患うのは妙にくやしいものがあります。基本的には健康なわたしですが、これまでも消化器や婦人科など何かの不調の度に、ストレスが原因と言われたりもしました。別にイライラした気持ちを抱えているわけでもなく、むしろ人前ではニコニコ過ごしていると思うのですが、どうしたものでしょう。気楽に生きたいものです。

 家を出るときには晴れていたのに、診察の帰りには雪が降り出していました。まさにおでんの季節です。

  病気してばかりいるから子が生めぬと祖母が笑ってわたしも笑う

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救急車を呼んでくれたり通りすがりのお仕事中の介護士さんが

  救急車に運ばれながら案じるは上下ばらばらなる下着のこと

  「付き添いはいません」と連絡される声の繰り返されて さびしい

  病歴を答えるときに濁したく思う自分の心に気づく

  寛解し薬も飲んでないんです今は大丈夫です本当に

  入院費を出せないゆえに入院の勧めを遠慮する白い部屋

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プロフィール
HN:
おとも
性別:
女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)

連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
(★を@に変えてお送りください)
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