川が好き。山も好き。
ぼんやりしているうちに松の内も明けてもうすぐ2月ですが、新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今年のお正月も山形の実家で過ごしました。帰省の前日に、通り道で熊が出たというニュースを見たので心配していたのですが、幸い遭遇することもなく。両親もぎすぎすはしていますが揃って元気で、ありがたいことです、ほんとうに。こんなふうに娘然としていられるのも今だけなのだろうと思いつつ。
地元に帰って家族と話すときに自然に口からこぼれる方言が、ふと気づけば日本の標準語とは全然違っていて、なんだこの言葉は、と自分でも奇妙に思ったりします。日本語なのに、土地以外の人には通じなさそうで、なのに自分は無意識に行ったり来たりで聞き分けて使い分けていて。この感じは短歌の口語文語の感覚とも似ている気がしていて、あらためて昨年の未来山形大会での斎藤茂吉の言葉にまつわる対談なども思い出されるのでした。このあたりのことはもう少し深く詰めていつか文章にまとめてみたい。
もうすがれるものは仏様しかなくて、元旦は母にくっついて近所のお寺の元朝大護摩供法要に行ってきました。わたしは数年ぶりの参加です。以前は集落の行事といった感じで内々でこじんまりとしていたものですが、この頃は余所からもたくさん集まって盛況のようで、おなじみのおっさまの他にお坊さんが2人もいて、お堂も満員でした。こんな僻地なのに。仏のご加護を求める人が多くなっているということなのでしょうか。終わった後は昔は手作りの甘酒が振る舞われていたのが、コロナの頃に缶の甘酒の配布になり、それも評判が悪いということで缶ジュースが配られました。味はさておきお寺で甘酒をいただくということがお正月の醍醐味の一つでもあったと思うのに、時代の流れは寂しいものです。
実家の滞在中はデジタルデトックスな生活になるので、厚めな本を読む好機です。こたつに入って持参してきた奥田亡羊歌集『ぼろんじ』を読みました。第四歌集『虚国』を含む全歌集が一冊でまとめて読めるのがうれしい。総合誌で読んで付箋を付けていた歌にも再会できました。
奥田さんには、わたしの歌集について評をいただいたことがありました。その中に「無名性」という言葉がありました。「無名性」でまず浮かんだのは、宮本常一『忘れられた日本人』で、とりわけわたしは「私の祖父」の一節が好きでした。毎日田畑の仕事をして、仕事を終えると神仏を拝んで眠る、楽しみと言えば田畑で歌うことで、そんな生活に不平も疑問も持たず、一日一日を無事に過ごされることに感謝していた、そうした祖父の生き様になんだか胸がいっぱいになるのでした。思えばわたしは、こんなふうに特に世に名を残すことのない人のなんでもないような話に惹かれたり、たとえば「ドキュメント72時間」やその他のドキュメンタリー番組などで通りすがりの人がご自身の来し方を語ったりするのに聞き入ったりします。わたしの歌も、そんなふうに読まれるものなのかもしれない。そんなふうに詠んでいゆけばいいのかもしれない。「無名性」という言葉はとてもしっくりきて、なにか見えてきたような、自分の歌の鍵となる言葉のようにも感じました。いつか直接お礼をお伝えできれば、と思っていました。
他には、実家に置いてあった岡井隆『今はじめる人のための短歌入門』や、樋口一葉『たけくらべ』(「にごりえ」「十三夜」も収録)を再読したり、そんなお正月の読書でした。
令和7年ももうひと月過ぎましたが、今年の抱負を。なんだろう、せめて現状維持。今より落ちないように、できれば少しでも良い一年に。できるかなあ。ああ、実家から好みの柄の風呂敷をいくつかもらってきたので、活用したいです。馬年ということもあり、馬に乗ってみたくもなっています。こつこつ手芸もしたい。文章も書きたい。積読本も読み進めたい。夜に小腹がすいても我慢できるようになりたい。叶えられそうなところから叶えてゆきましょう。そんな小さな成功体験の積み重ねが、自信になってゆきますように。
来迎印きめて応える同僚にホトケサマだと囃されるたび
今年のお正月も山形の実家で過ごしました。帰省の前日に、通り道で熊が出たというニュースを見たので心配していたのですが、幸い遭遇することもなく。両親もぎすぎすはしていますが揃って元気で、ありがたいことです、ほんとうに。こんなふうに娘然としていられるのも今だけなのだろうと思いつつ。
地元に帰って家族と話すときに自然に口からこぼれる方言が、ふと気づけば日本の標準語とは全然違っていて、なんだこの言葉は、と自分でも奇妙に思ったりします。日本語なのに、土地以外の人には通じなさそうで、なのに自分は無意識に行ったり来たりで聞き分けて使い分けていて。この感じは短歌の口語文語の感覚とも似ている気がしていて、あらためて昨年の未来山形大会での斎藤茂吉の言葉にまつわる対談なども思い出されるのでした。このあたりのことはもう少し深く詰めていつか文章にまとめてみたい。
もうすがれるものは仏様しかなくて、元旦は母にくっついて近所のお寺の元朝大護摩供法要に行ってきました。わたしは数年ぶりの参加です。以前は集落の行事といった感じで内々でこじんまりとしていたものですが、この頃は余所からもたくさん集まって盛況のようで、おなじみのおっさまの他にお坊さんが2人もいて、お堂も満員でした。こんな僻地なのに。仏のご加護を求める人が多くなっているということなのでしょうか。終わった後は昔は手作りの甘酒が振る舞われていたのが、コロナの頃に缶の甘酒の配布になり、それも評判が悪いということで缶ジュースが配られました。味はさておきお寺で甘酒をいただくということがお正月の醍醐味の一つでもあったと思うのに、時代の流れは寂しいものです。
実家の滞在中はデジタルデトックスな生活になるので、厚めな本を読む好機です。こたつに入って持参してきた奥田亡羊歌集『ぼろんじ』を読みました。第四歌集『虚国』を含む全歌集が一冊でまとめて読めるのがうれしい。総合誌で読んで付箋を付けていた歌にも再会できました。
奥田さんには、わたしの歌集について評をいただいたことがありました。その中に「無名性」という言葉がありました。「無名性」でまず浮かんだのは、宮本常一『忘れられた日本人』で、とりわけわたしは「私の祖父」の一節が好きでした。毎日田畑の仕事をして、仕事を終えると神仏を拝んで眠る、楽しみと言えば田畑で歌うことで、そんな生活に不平も疑問も持たず、一日一日を無事に過ごされることに感謝していた、そうした祖父の生き様になんだか胸がいっぱいになるのでした。思えばわたしは、こんなふうに特に世に名を残すことのない人のなんでもないような話に惹かれたり、たとえば「ドキュメント72時間」やその他のドキュメンタリー番組などで通りすがりの人がご自身の来し方を語ったりするのに聞き入ったりします。わたしの歌も、そんなふうに読まれるものなのかもしれない。そんなふうに詠んでいゆけばいいのかもしれない。「無名性」という言葉はとてもしっくりきて、なにか見えてきたような、自分の歌の鍵となる言葉のようにも感じました。いつか直接お礼をお伝えできれば、と思っていました。
他には、実家に置いてあった岡井隆『今はじめる人のための短歌入門』や、樋口一葉『たけくらべ』(「にごりえ」「十三夜」も収録)を再読したり、そんなお正月の読書でした。
令和7年ももうひと月過ぎましたが、今年の抱負を。なんだろう、せめて現状維持。今より落ちないように、できれば少しでも良い一年に。できるかなあ。ああ、実家から好みの柄の風呂敷をいくつかもらってきたので、活用したいです。馬年ということもあり、馬に乗ってみたくもなっています。こつこつ手芸もしたい。文章も書きたい。積読本も読み進めたい。夜に小腹がすいても我慢できるようになりたい。叶えられそうなところから叶えてゆきましょう。そんな小さな成功体験の積み重ねが、自信になってゆきますように。
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歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
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