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川が好き。山も好き。
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10月の終わり頃、映画『千夜、一夜』を観てきていました。久保田直監督作品、出演は田中裕子さん、尾野真千子さん、ダンカンさん、安藤政信さん、白石加代子さん、平泉成さん、小倉久寛さんなど。
 ずしんときてなかなか言葉にできなかったのですが、なにか書きたい気持ちもあり、まとまらないまま感想を書いてみます。
北の離島の美しい港町。登美子の夫が突然姿を消してから30年の時が経った。彼はなぜいなくなったのか。生きているのかどうか、それすらわからない。漁師の春男が登美子に想いを寄せ続けるも、彼女は愛する人とのささやかな思い出を抱きしめながら、その帰りをずっと待っている。そんな登美子のもとに、2年前に失踪した夫を探す奈美が現れる。彼女は自分のなかで折り合いをつけ、前に進むために、夫が「いなくなった理由」を探していた。ある日、登美子は街中で偶然、失踪した奈美の夫・洋司を見かけて…。
(公式サイトより)
 この映画を観ていて強く感じたのは、人物描写というか心情描写というかのなんともいえないリアルさです。監督はもともとドキュメンタリー出身で、年間約8万人という日本の「失踪者リスト」から着想を得られたようなので、実際に近い人物やエピソードもあったのかもしれません。
 時々北朝鮮の船が漂着する土地で、夫は拉致されたのかもしれないと、真剣に考えて登美子を頼ってくる若い奈美にも、30年待ち続ける登美子にも、観ている方は「それってただ単に男の人が逃げただけなのでは。無責任な人だったってだけなのでは」と訝しんでしまうけれども、当事者となると突拍子もないことを考えてまでなにかを信じてしまいたいのはわかる気がします。
 登美子に思いを寄せる春夫がまた一途というよりメンヘラっぽくてわたしは「無理」って思うのですが、夫が帰って来るまででいいから面倒見させてほしい、などという相手の思いを尊重しているふうで逃げ腰で恩着せがましい言い寄り方がほんとうに嫌で、周りを巻き込んで圧力をかけてくるのも嫌で、この嫌な感じの作りが絶妙ですばらしくも思いました。
 会ったこともない人を街の中で偶然見かけて特定する、なんてことはさすがにありえないことだとは思いましたが、そうしたことを受けての展開や心の動きが生々しくて引き込まれてゆきました。

 観ていて最後まで先が読めず、自分の中で「こういう結末じゃありませんように」という思いが強く芽生えていることに気づきました。夫の失踪の真相はわからないままがいい。ミステリー映画ではないのだから。たとえば夫が帰ってきて「なーんだ、そういう理由だったんだ」と謎が解けてスッキリ解決なんて求めない。そして、春夫とくっついてほしくもない。春夫がすてきな人だったらくっついても納得するかというとそうでもなく、男女が結ばれてハッピーエンドというのも違うような気がしました。 
 エンドロールまで観て、こうならないでほしいという結末にはならなくて、安堵とカタルシスがありました。終わり良ければすべて良し、ではないですが、後味の良さは満足感にもつながります。一方で、物語の結末としてこれで最高でも、人生としてはどうか。
 夫ではなかったし突然の失踪や蒸発でもなかったけれど、わたしは恋人の部屋に行ったら引っ越し済みで空っぽだったことがあります。不誠実で最低だ、そんな人とは一緒にならなくてよかったのだ、と他人には言えるし、自分でも理屈では理解しているのだけど、登美子が吐露した思いも、在りし日のカセットテープをくり返し再生してしまうような行為も、覚えがないわけではなくて、くるしい。やっぱり現実はどんなにご都合主義な展開でもめでたしめでたしがいい。
 

公式サイト→https://bitters.co.jp/senyaichiya/#

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自己紹介:
短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)

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