川が好き。山も好き。
5月15日発行の同人誌『ランリッツ・ファイブ』では、わたしは山川藍さんの『いらっしゃい』の歌集評を担当しました。他の歌集についても、なにか文章にしてみたいという思いと、通販の申し込み期限がもうすぐなので販促も兼ねて。
あいうえお順で、石川美南さんの『体内飛行』からまいりましょう。
見入っても石にかはらぬものなれば存分に見る森を入り日を
自分のまなざしに不穏な力が宿っているという自己否定感。森や入り日を見つめる時には、そうした自意識から解放感されるのでしょう。
絵巻物の紫式部小さくて霞は横へ横へ伸びたり
気づきの歌。「横へ横へ」の句またがりのリフレインに伝わってくる巻物感。
食ひ意地に支へられたる日の終はりどら焼きの皮買ひに神田へ
どん底にしんどい時は食欲が失せてしまうのです。食い意地という一点で自分を繋ぎとめているぎりぎりの状態が、下の句の具体にしがみつくように詠われています。
柏餅の餅含みつつ恋人の故郷の犬に吠えられてゐる
この最低限の言葉選びで季節や恋人と深まってゆく状況、キャラクター性などが伝わるのがすごい。そして「故郷で」ではなく「故郷の」という助詞の力。
ドレスから足を抜くとき上体が揺れて鏡に触れさうになる
なにげない実景のように見えて、心象のようにも思えます。意味深で、「鏡」もなにか象徴的。わたしはこの歌が一番好きかもしれないです。
腰に手を当ててあなたは部屋に入る風と光の量を評価す
「あなた」という人のキャラクター性と、これから始まる新しい暮らしの明るさが伝わってくる歌。初句は完全に「あなた」が自分の腰に、と読んでいたけれど、作者の腰という読みもあると今気づきました。
柔らかなミッションとして人間の肌の一部に触れて寝ること
人に触れることが自然にできる人もいれば、決心がいる人もいて、作者は後者なのだろうと、一首目の歌からも察します。自分の見るものが石になるのだと、視線を向けることも躊躇っていた人だったと思うと、なにか安堵感に包まれる歌なのでした。
自らの意思ではめたる指の輪が手すりを握るときカンと鳴る
属目詠として無駄な言葉一つない一首でとても惹かれるのですが、この歌もなにか深読みを誘われます。
遺言のやうだと思ふ 延々とつづく新婦の、わたしのスピーチ
直前にお祖母様の挽歌があるから、というだけではなく、婚姻によって喪失するものもあるのでしょう、例えば今までの自分など。この歌あたりの詞書の多さも、なにかごちゃごちゃしている気持ちのようで。
五音七音整はぬまま寝そべつて妊娠初期といふ散文期
「整わぬ」と言いながら、初句以外は調子良くまとまっているのがおもしろい。わたしは妊娠したことがないけれども、体に言葉を支配される感じはわかりそうな気がしてきます。
「予定日まであと何日」を確かめて山本直樹『レッド』のやうだ
あまりに不穏な比喩で衝撃を受けました。産まれるまでの日と、死までの日を重ねるような、自分に溺れすぎない客観性に歌は支えられているのかもしれません。
宿主の夏バテなんぞ物ともせずお腹の人は寝て起きて蹴る
妊娠初期に比べて余裕を感じる詠いぶり。わが子とのこうした距離感がおもしろいし、実際におもしろがっているのでしょう。畳みかけるような結句が楽しい。
「ワンダーに満ちた日々の記録」という帯文がすてき。第一回塚本邦雄賞受賞、あらためておめでとうございます。
この歌集では人生の大きな出来事が詠われています。朝ドラ「スカーレット」では妊娠出産のエピソードが飛ばされて突然成長した息子が出てきたので、一部に不満の声があったとの記事を見たことがあります。その昔、二次創作のBL同人誌を描いていた友人は、男性キャラを女性に変換して妊娠ネタを描いていました。わたしはBL愛好家ではないのでそうしたロマンはよくわからないのですが、他にも様々な事例を通じて、題材として多くの人に好まれ、高品質のものを求められているということを感じています。自身の大きな出来事を作品として昇華させつつ、世の中の期待に応えるという、ものすごく難しいことを『体内飛行』は見事にやってのけていると思いました。
こうして一首一首取り出して読んでも、いいな、としみじみするのですが、歌集で通して読んだ時の、読み終えた時のカタルシスを味わってほしい一冊です。
石川美南『体内飛行』
https://tankakenkyu.shop-pro.jp/?pid=149907690
山川藍『いらっしゃい』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321707000970/
ランリッツ・ファイブ
sites.google.com/view/ranritsu5/
あいうえお順で、石川美南さんの『体内飛行』からまいりましょう。
見入っても石にかはらぬものなれば存分に見る森を入り日を
自分のまなざしに不穏な力が宿っているという自己否定感。森や入り日を見つめる時には、そうした自意識から解放感されるのでしょう。
絵巻物の紫式部小さくて霞は横へ横へ伸びたり
気づきの歌。「横へ横へ」の句またがりのリフレインに伝わってくる巻物感。
食ひ意地に支へられたる日の終はりどら焼きの皮買ひに神田へ
どん底にしんどい時は食欲が失せてしまうのです。食い意地という一点で自分を繋ぎとめているぎりぎりの状態が、下の句の具体にしがみつくように詠われています。
柏餅の餅含みつつ恋人の故郷の犬に吠えられてゐる
この最低限の言葉選びで季節や恋人と深まってゆく状況、キャラクター性などが伝わるのがすごい。そして「故郷で」ではなく「故郷の」という助詞の力。
ドレスから足を抜くとき上体が揺れて鏡に触れさうになる
なにげない実景のように見えて、心象のようにも思えます。意味深で、「鏡」もなにか象徴的。わたしはこの歌が一番好きかもしれないです。
腰に手を当ててあなたは部屋に入る風と光の量を評価す
「あなた」という人のキャラクター性と、これから始まる新しい暮らしの明るさが伝わってくる歌。初句は完全に「あなた」が自分の腰に、と読んでいたけれど、作者の腰という読みもあると今気づきました。
柔らかなミッションとして人間の肌の一部に触れて寝ること
人に触れることが自然にできる人もいれば、決心がいる人もいて、作者は後者なのだろうと、一首目の歌からも察します。自分の見るものが石になるのだと、視線を向けることも躊躇っていた人だったと思うと、なにか安堵感に包まれる歌なのでした。
自らの意思ではめたる指の輪が手すりを握るときカンと鳴る
属目詠として無駄な言葉一つない一首でとても惹かれるのですが、この歌もなにか深読みを誘われます。
遺言のやうだと思ふ 延々とつづく新婦の、わたしのスピーチ
直前にお祖母様の挽歌があるから、というだけではなく、婚姻によって喪失するものもあるのでしょう、例えば今までの自分など。この歌あたりの詞書の多さも、なにかごちゃごちゃしている気持ちのようで。
五音七音整はぬまま寝そべつて妊娠初期といふ散文期
「整わぬ」と言いながら、初句以外は調子良くまとまっているのがおもしろい。わたしは妊娠したことがないけれども、体に言葉を支配される感じはわかりそうな気がしてきます。
「予定日まであと何日」を確かめて山本直樹『レッド』のやうだ
あまりに不穏な比喩で衝撃を受けました。産まれるまでの日と、死までの日を重ねるような、自分に溺れすぎない客観性に歌は支えられているのかもしれません。
宿主の夏バテなんぞ物ともせずお腹の人は寝て起きて蹴る
妊娠初期に比べて余裕を感じる詠いぶり。わが子とのこうした距離感がおもしろいし、実際におもしろがっているのでしょう。畳みかけるような結句が楽しい。
「ワンダーに満ちた日々の記録」という帯文がすてき。第一回塚本邦雄賞受賞、あらためておめでとうございます。
この歌集では人生の大きな出来事が詠われています。朝ドラ「スカーレット」では妊娠出産のエピソードが飛ばされて突然成長した息子が出てきたので、一部に不満の声があったとの記事を見たことがあります。その昔、二次創作のBL同人誌を描いていた友人は、男性キャラを女性に変換して妊娠ネタを描いていました。わたしはBL愛好家ではないのでそうしたロマンはよくわからないのですが、他にも様々な事例を通じて、題材として多くの人に好まれ、高品質のものを求められているということを感じています。自身の大きな出来事を作品として昇華させつつ、世の中の期待に応えるという、ものすごく難しいことを『体内飛行』は見事にやってのけていると思いました。
こうして一首一首取り出して読んでも、いいな、としみじみするのですが、歌集で通して読んだ時の、読み終えた時のカタルシスを味わってほしい一冊です。
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短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)
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