川が好き。山も好き。
9月に入ってしまいましたが、塔7月号を読みましょう。塔短歌会賞・塔新人賞発表なので、それぞれ一首ずつ。仕事でオンライン受賞式に参加できなかったのが悔やまれます。おめでとうございました! 敬称略です。
コロナにてどこにも行けぬ今日は嗚呼わが誕生日夫よ米を炊け 落合けい子
「嗚呼」という嘆きも位置もおもしろいし、「夫よ」という呼びかけも結句の命令形もおもしろくて、切実さが伝わる文体ながら、米を炊くだけでいいのかなあという慎ましさも不思議な味わい。
吾家にもいつか来るとふ二ひらの白きマスクを思ひて眠る 酒井久美子
マスクの単位として「二ひら」という表現にとても惹かれました。白い色も、実際に白いのだけど、歌の雰囲気に合っていると思いました。こんなふうにマスクを待てる心にも胸を打たれるものがあります。
わが母は義母の、義母はわが母の病気の話をいきいきと聴く 山下裕美
人間くささに笑ってしまうのですが、母/義母は婚姻関係の子を挟まなければ全くの他人な分、貼り合ったり複雑な感情も芽生えるのでしょうか。わたしの母方の祖母も父方の祖母を悪く言うときいきいきしてました。
ジオラマの四角の町にかかる橋赤くて冬がとても小さい 川上まなみ
ジオラマの町の橋に注目する視線がよくて、雪の白や抑えた色彩の冬の町に、橋の赤さが際立ちます。ジオラマの小さな町を見ながら、「冬が」という主語もいいなと思いました。
わら半紙の文集ひらけば憧れのように死をいう少女のわれは 数又みはる
死に憧れる時期というのがわかる、というかだいたいその頃って変に自分に酔っていて黒歴史になりがちだと思うのですが、こうして歌にできるほどの月日の経過を感じさせます。「わら半紙」という具体も懐かしい。
下りられず三階窓より手を振れり母は額をガラスにつけて 江原幹子
額をガラスにつけているというお母様の切羽詰まった姿がせつない。読み進めるほどにせつなさの増してゆく語順。三階だから表情が見えないのでしょうけれど、かえって動作が際立ちます。
春といふやさしきもののかたちしてましろき蕪の売られてゐたり 千葉優作
スーパーより八百屋という気がする、というかわたしが八百屋で蕪を見つけると買ってしまうからかもしれないのだけど、確かにこんなふうに蕪は見えるのです。ひらがなの丸っこさが蕪の形を思わせていいなと思いました。
生きてゐればいいこともある負動産が県道拡幅、札束となり 河野純子
定番の励ましのフレーズと思いきや、下の句の生々しい展開に笑ってしまうものがあります。「負動産」のやりすぎ感や、読点からの「札束」のダメ押しも清々しい。
家や車をシェアするように肉体も君と私でひとつでいいのに 大井亜希
こういう気持ちをわたしは抱かないので、こんなふうに真っすぐに詠われる歌に出会うとたじろいでしまうと共に、自分の心の有りようを省みさせられます。「ひとつで」は「ひとつが」よりももどかしい感じがします。
タガラシの黄に咲き咲かる堤防をシルバーカー押し夫と歩みぬ 西村千恵子
「シルバーカー押し」にぐっときました。夫が側にいますが、自分で歩く、という意思を感じます。野の花の「タガラシ」も良くて。サ行の音がさわやかで気持ちのいい歌です。
プリン状の魚は魚のかたちなりお魚ですよと言いて救いぬ 塔新人賞受賞作「紙箱」吉田典
福祉施設で働いていたことがあるので、個人的な懐かしさや共感もありつつ、静かな詠いぶりが印象的な一連でした。特にこの歌は、まさに魚をプリン状にして形づける仕事をしていたので、自己満足に過ぎなかったことを思い知らされました。
ネジCが別の説明書の中でネジEとして使われている 塔短歌会賞「ネジCとネジE」近江瞬
この一首単体でもシニカルでおもしろいのですが、連作の中で読むとより深く考えさせられるものがありました。都合のいいように扱われるネジは、自分自身でもあるのでしょう。
コロナにてどこにも行けぬ今日は嗚呼わが誕生日夫よ米を炊け 落合けい子
「嗚呼」という嘆きも位置もおもしろいし、「夫よ」という呼びかけも結句の命令形もおもしろくて、切実さが伝わる文体ながら、米を炊くだけでいいのかなあという慎ましさも不思議な味わい。
吾家にもいつか来るとふ二ひらの白きマスクを思ひて眠る 酒井久美子
マスクの単位として「二ひら」という表現にとても惹かれました。白い色も、実際に白いのだけど、歌の雰囲気に合っていると思いました。こんなふうにマスクを待てる心にも胸を打たれるものがあります。
わが母は義母の、義母はわが母の病気の話をいきいきと聴く 山下裕美
人間くささに笑ってしまうのですが、母/義母は婚姻関係の子を挟まなければ全くの他人な分、貼り合ったり複雑な感情も芽生えるのでしょうか。わたしの母方の祖母も父方の祖母を悪く言うときいきいきしてました。
ジオラマの四角の町にかかる橋赤くて冬がとても小さい 川上まなみ
ジオラマの町の橋に注目する視線がよくて、雪の白や抑えた色彩の冬の町に、橋の赤さが際立ちます。ジオラマの小さな町を見ながら、「冬が」という主語もいいなと思いました。
わら半紙の文集ひらけば憧れのように死をいう少女のわれは 数又みはる
死に憧れる時期というのがわかる、というかだいたいその頃って変に自分に酔っていて黒歴史になりがちだと思うのですが、こうして歌にできるほどの月日の経過を感じさせます。「わら半紙」という具体も懐かしい。
下りられず三階窓より手を振れり母は額をガラスにつけて 江原幹子
額をガラスにつけているというお母様の切羽詰まった姿がせつない。読み進めるほどにせつなさの増してゆく語順。三階だから表情が見えないのでしょうけれど、かえって動作が際立ちます。
春といふやさしきもののかたちしてましろき蕪の売られてゐたり 千葉優作
スーパーより八百屋という気がする、というかわたしが八百屋で蕪を見つけると買ってしまうからかもしれないのだけど、確かにこんなふうに蕪は見えるのです。ひらがなの丸っこさが蕪の形を思わせていいなと思いました。
生きてゐればいいこともある負動産が県道拡幅、札束となり 河野純子
定番の励ましのフレーズと思いきや、下の句の生々しい展開に笑ってしまうものがあります。「負動産」のやりすぎ感や、読点からの「札束」のダメ押しも清々しい。
家や車をシェアするように肉体も君と私でひとつでいいのに 大井亜希
こういう気持ちをわたしは抱かないので、こんなふうに真っすぐに詠われる歌に出会うとたじろいでしまうと共に、自分の心の有りようを省みさせられます。「ひとつで」は「ひとつが」よりももどかしい感じがします。
タガラシの黄に咲き咲かる堤防をシルバーカー押し夫と歩みぬ 西村千恵子
「シルバーカー押し」にぐっときました。夫が側にいますが、自分で歩く、という意思を感じます。野の花の「タガラシ」も良くて。サ行の音がさわやかで気持ちのいい歌です。
プリン状の魚は魚のかたちなりお魚ですよと言いて救いぬ 塔新人賞受賞作「紙箱」吉田典
福祉施設で働いていたことがあるので、個人的な懐かしさや共感もありつつ、静かな詠いぶりが印象的な一連でした。特にこの歌は、まさに魚をプリン状にして形づける仕事をしていたので、自己満足に過ぎなかったことを思い知らされました。
ネジCが別の説明書の中でネジEとして使われている 塔短歌会賞「ネジCとネジE」近江瞬
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短歌とか映画とかこけしとか。
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/¥2000)
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