川が好き。山も好き。
パスタを茹でようと鍋にたっぷりのお湯を沸かして、沸くまでの間を大家さんに提出する書類を書いていたら、なんだか調べなきゃわからないこともいくつかあって、別な書類を引っ張り出したり、ネットで検索しているうちに、鍋のことなんてすっかり忘れてしまって、台所からぶくぶくぶくぶく変な音がして慌てて駆けつけたら、お湯はすっかり蒸発して鍋の半分くらいになっていました。
このての物忘れを、この頃よくするようになりました。このあいだは片面に程よく火が通ったらひっくり返そうと思っていたお好み焼きを、ひっくり返す前に焦がしてしまいました。煮物が煮詰まり過ぎたこともあります。火の側を離れなければいいのだけれど、頃合いまでただただ火の前でじっと待つというのはなんだか時間がもったいなくて、特に今の季節は台所兼廊下は寒いので、すぐ隣の自室に行きたくなります。そうして、少しだけ何かの作業をしたら戻るつもりが、数分して忘れてしまうのでした。
こんなことは昔はありませんでした。明らかに老いです。観念してキッチンタイマーの切れていたボタン電池を買ってきました。もう自分のことは信じられない、素直にタイマーを頼りましょう。けれども、そのうちタイマーのことも忘れてしまったらどうしよう。先行き不安です。
先月末に発売された別冊太陽『石垣りん――鍋とお釜と燃える火と』の特集号を読みました。わたしの中で石垣りんの詩や随筆は、なんというか圧倒的に別格で、もう人生の半分以上をくり返しくり返し愛読しています。
それでも、最晩年の様子などはこの冊子が初見でした。あんなキレキレの詩や随筆を書いていた詩人にも、老いは訪れてしまって。身近にいてお世話をした方による貴重な証言とはいえ、こんなことまで明かしてくれないでいいのにな、と思うほどでした。足の踏み場もない部屋のことを御本人が自ら随筆で自嘲気味に書いていたとしても、人を入れるのは嫌がっていたというその現場の生々しい写真まで公開しなくても。本当の姿を知ってほしい、ファンだからなんでも知りたいという考えもあるのかもしれないけれども、尊厳にもかかわることのような気がしてなりません。
家族のしがらみから解かれて五十歳から始めた石垣りんの念願の一人暮らしは、老いやご病気のため終了することになったけれども、その最終的な決定打は、台所のガスの消し忘れだったようでした。
ネギを買っておいたのに、実家からもネギを送ってもらってネギがたくさんあったので、ネギのパスタにしようかなと考えていたのですが、一緒に送ってもらった春菊がしおれかけていたので、春菊と鯖缶としめじのパスタにしました。春菊なんて子供の頃は苦くて苦手だったのに、いつのまにかその苦みが風味のように感じられるようになり、好きになりました。年を重ねるのも悪いことばかりではありません。
ワンコインランチにあれば具はベーコンのみなるチーズパスタとコーヒー/塔2019年2月号
このての物忘れを、この頃よくするようになりました。このあいだは片面に程よく火が通ったらひっくり返そうと思っていたお好み焼きを、ひっくり返す前に焦がしてしまいました。煮物が煮詰まり過ぎたこともあります。火の側を離れなければいいのだけれど、頃合いまでただただ火の前でじっと待つというのはなんだか時間がもったいなくて、特に今の季節は台所兼廊下は寒いので、すぐ隣の自室に行きたくなります。そうして、少しだけ何かの作業をしたら戻るつもりが、数分して忘れてしまうのでした。
こんなことは昔はありませんでした。明らかに老いです。観念してキッチンタイマーの切れていたボタン電池を買ってきました。もう自分のことは信じられない、素直にタイマーを頼りましょう。けれども、そのうちタイマーのことも忘れてしまったらどうしよう。先行き不安です。
先月末に発売された別冊太陽『石垣りん――鍋とお釜と燃える火と』の特集号を読みました。わたしの中で石垣りんの詩や随筆は、なんというか圧倒的に別格で、もう人生の半分以上をくり返しくり返し愛読しています。
それでも、最晩年の様子などはこの冊子が初見でした。あんなキレキレの詩や随筆を書いていた詩人にも、老いは訪れてしまって。身近にいてお世話をした方による貴重な証言とはいえ、こんなことまで明かしてくれないでいいのにな、と思うほどでした。足の踏み場もない部屋のことを御本人が自ら随筆で自嘲気味に書いていたとしても、人を入れるのは嫌がっていたというその現場の生々しい写真まで公開しなくても。本当の姿を知ってほしい、ファンだからなんでも知りたいという考えもあるのかもしれないけれども、尊厳にもかかわることのような気がしてなりません。
家族のしがらみから解かれて五十歳から始めた石垣りんの念願の一人暮らしは、老いやご病気のため終了することになったけれども、その最終的な決定打は、台所のガスの消し忘れだったようでした。
ネギを買っておいたのに、実家からもネギを送ってもらってネギがたくさんあったので、ネギのパスタにしようかなと考えていたのですが、一緒に送ってもらった春菊がしおれかけていたので、春菊と鯖缶としめじのパスタにしました。春菊なんて子供の頃は苦くて苦手だったのに、いつのまにかその苦みが風味のように感じられるようになり、好きになりました。年を重ねるのも悪いことばかりではありません。
ワンコインランチにあれば具はベーコンのみなるチーズパスタとコーヒー/塔2019年2月号
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先週の3連休の中日、テレビでオリンピックのフィギュアスケートのエキシビジョンを見ていたところ、玄関の呼び鈴がなりました。誰かから荷物を送るとは聞いていないし、通販で買い物もしておらず、宅配便の届く心当たりはありません。普段なら訪問営業の類だと推測して居留守を決め込むところです。けれども22日、塔の詠草を速達で送ってきた人がいたのかもしれない。普通郵便での送付を推奨しておりますが、それでも詠草の締切日の20日近辺に速達を使う人が毎月何人かいらっしゃいます。速達は一通一通呼び鈴が鳴らされます。そういう決まりなのだそうです。訪問系の怖い事件などもニュースでよく見るので、アポなしのピンポンは怖い。恐る恐るドアを開けました。
はたして玄関の前に居たのは郵便屋さんではなく、2人の女性でした。「読んでもらえますか」と、新聞やパンフレットを手渡されました。宗教の勧誘です。あああ、出るんじゃなかった。
渡された誌面には、日本や世界が終わりに向かっていて、それを人なのか神なのかよくわからない仰々しい名前の者が救う、といったファンタジー小説のようなものが記されていました。また、日常の様々な困りごとが信心のおかげで解決した、という体験談がいくつも載っています。うーん、胡散臭い。これを真に受けて宗教に傾倒する人がいる、ということにくらくらします。
わたしは疑い深い。子供の頃は近所のお寺に通っておっさまのお説法をさんざん聞いたし、それらに文化や風習としての興味はあるけれども、お釈迦さまも弘法大師も特に信じていません。世の中の動きのことなども、情報が錯綜していてもう何を信じていいのかわかりません。そういえば今まで誰かのことを心の底から信じ切るということもできなかったように思います。自分のことすらあんまり信じることができていません。人生的にも社会的にも成功していないので、自分の力というものを信じられない。文字通り、自信がない。心だって、永遠に持ち続けると思っていた気持ちもいつのまにか変わっているし、女性特有の体の周期だったり震災のような非常事態だったり日光を浴びてセロトニンが脳内で分泌されているかどうかなどにも影響されたりするし、真に自分の心なのかあやしい。
信じる気持ちが弱いと、いちいち「これで大丈夫なのかな…」と不安で委縮してしまいます。そんな姿は、周りからも「この人は大丈夫なんだろうか」と不信がられてしまうでしょう。
あんなにも迷いない目でまっすぐに信じられるものがあって、この素晴らしさを皆にも布教せんとの善意から、見知らぬ人の家々にも突撃できる強さが、ほんの少しだけ羨ましい。
オリンピックに胸打たれるのも、自分を信じて競技に向かう姿や、チームメイトを信じる絆のまぶしさゆえなのかもしれません。
支払いののち崇拝のまなざしを受く三三〇〇円の神様われは
はたして玄関の前に居たのは郵便屋さんではなく、2人の女性でした。「読んでもらえますか」と、新聞やパンフレットを手渡されました。宗教の勧誘です。あああ、出るんじゃなかった。
渡された誌面には、日本や世界が終わりに向かっていて、それを人なのか神なのかよくわからない仰々しい名前の者が救う、といったファンタジー小説のようなものが記されていました。また、日常の様々な困りごとが信心のおかげで解決した、という体験談がいくつも載っています。うーん、胡散臭い。これを真に受けて宗教に傾倒する人がいる、ということにくらくらします。
わたしは疑い深い。子供の頃は近所のお寺に通っておっさまのお説法をさんざん聞いたし、それらに文化や風習としての興味はあるけれども、お釈迦さまも弘法大師も特に信じていません。世の中の動きのことなども、情報が錯綜していてもう何を信じていいのかわかりません。そういえば今まで誰かのことを心の底から信じ切るということもできなかったように思います。自分のことすらあんまり信じることができていません。人生的にも社会的にも成功していないので、自分の力というものを信じられない。文字通り、自信がない。心だって、永遠に持ち続けると思っていた気持ちもいつのまにか変わっているし、女性特有の体の周期だったり震災のような非常事態だったり日光を浴びてセロトニンが脳内で分泌されているかどうかなどにも影響されたりするし、真に自分の心なのかあやしい。
信じる気持ちが弱いと、いちいち「これで大丈夫なのかな…」と不安で委縮してしまいます。そんな姿は、周りからも「この人は大丈夫なんだろうか」と不信がられてしまうでしょう。
あんなにも迷いない目でまっすぐに信じられるものがあって、この素晴らしさを皆にも布教せんとの善意から、見知らぬ人の家々にも突撃できる強さが、ほんの少しだけ羨ましい。
オリンピックに胸打たれるのも、自分を信じて競技に向かう姿や、チームメイトを信じる絆のまぶしさゆえなのかもしれません。
支払いののち崇拝のまなざしを受く三三〇〇円の神様われは
少し前に、ミルクパンを買いました。お弁当の隙間埋めの野菜の素揚げなど、ちょっとした揚げ物を作るときにちょうど良いサイズの小鍋がずっと欲しかったのです。
天ぷら鍋などの専用の鍋を持っていないので、今まで揚げ物は深めのフライパンで揚げていました。油が結構入るのでその分たくさんの揚げ物を作らなきゃ割に合わない感じで、残った油の処理もめんどうで、だったら炒め物にするかな煮物にするかなってなって、揚げ物から遠ざかってしまっておりました。
調理師をしていた頃、食事制限のある方の分など個別メニューを作る際に小さな鍋を使っていました。一人分の小さな揚げ物を作るのに特に便利でした。ああいうのが欲しいんだよなーとは思いつつ、出費は抑えたいし、生活にどうしても必要なものではないので、これまで購入まで至らずでした。
雑貨屋のセールのワゴンで見つけたミルクパンは、そうそうこれ! といった感じの理想的なサイズで、飛びつきました。値引きで200円、即買いです。これでサツマイモやナスの素揚げを作るんだ、数個だけの唐揚げも揚げちゃおうかな!
と、意気揚々としていたのですが、やっぱり揚げ物は油切りのバットの用意などもめんどうで気力がどうにも沸かず。それよりこのミルクパンときたら眠れない夜に一杯分の牛乳を温めるのにちょうど良くて、おかげでこの頃はホットミルクをよく飲んでいます。そもそもそれが本来のミルクパンの用途なのだから、そりゃあ牛乳を温めるのに打ってつけなはずで。そのつもりで買ったわけではないのに、導かれて落ち着くところに落ち着いたような、奇妙な感覚に陥っているのでした。
「牛乳って言えば震災の時も」って糸口がおおこんなとこにも/現代短歌2021年5月号
天ぷら鍋などの専用の鍋を持っていないので、今まで揚げ物は深めのフライパンで揚げていました。油が結構入るのでその分たくさんの揚げ物を作らなきゃ割に合わない感じで、残った油の処理もめんどうで、だったら炒め物にするかな煮物にするかなってなって、揚げ物から遠ざかってしまっておりました。
調理師をしていた頃、食事制限のある方の分など個別メニューを作る際に小さな鍋を使っていました。一人分の小さな揚げ物を作るのに特に便利でした。ああいうのが欲しいんだよなーとは思いつつ、出費は抑えたいし、生活にどうしても必要なものではないので、これまで購入まで至らずでした。
雑貨屋のセールのワゴンで見つけたミルクパンは、そうそうこれ! といった感じの理想的なサイズで、飛びつきました。値引きで200円、即買いです。これでサツマイモやナスの素揚げを作るんだ、数個だけの唐揚げも揚げちゃおうかな!
と、意気揚々としていたのですが、やっぱり揚げ物は油切りのバットの用意などもめんどうで気力がどうにも沸かず。それよりこのミルクパンときたら眠れない夜に一杯分の牛乳を温めるのにちょうど良くて、おかげでこの頃はホットミルクをよく飲んでいます。そもそもそれが本来のミルクパンの用途なのだから、そりゃあ牛乳を温めるのに打ってつけなはずで。そのつもりで買ったわけではないのに、導かれて落ち着くところに落ち着いたような、奇妙な感覚に陥っているのでした。
「牛乳って言えば震災の時も」って糸口がおおこんなとこにも/現代短歌2021年5月号
「たみやさんはどんな仕事でもそつなくこなせる人だと思います」と、当時の上司が異動のご挨拶の際に言ってくれたことも、その言葉を御守りしようと思ったことも、10年くらい前の日記を読み返すまですっかり忘れてしまっていました。そもそも、過去を振り返りたくなるなんていうのは、前を向けない時です。確かにそれからしばらくはどんな業務もそこそここなせていて、それは自分の力だと自信になっていたけれども、今に思えば上司に言霊の力をいただいたんじゃないか、その効力が解けてきたんじゃないか、そんなふうにこの頃は思うようになりました。――逃げたい。で、年末年始休みに救われています。
お正月の帰省に向けて冷蔵庫の整理をしました。悩ましいのが大根一本と、白菜一玉。食べきれるだろうか…。主食の代わりにして米を食べなければ消費できるか…とも過ぎりましたが、ダイエットのためにと炭水化物を抜いて体を壊したこともあるので、ここは大根を輪切りにして茹でて干して保存することにしました。白菜は、人参、しめじ、玉ねぎ、豚肉と一緒に、鍋いっぱいのシチューにするか迷って、すき煮に。余ってもうどんや餅の汁にしたり卵とじにしたりアレンジが効くので。
今年の内に観ておこうかな、と思い立ち、映画『国宝』も観てきました。外出ついでに銀行や郵便局などの用事を済まそうと二駅前で降りたところ、ものすごい人混みで交通整理に遭いました。光のページェントです。さんざん歌にも詠んでおきながら、ページェントの最中だと忘れていた自分にびっくりです。
『国宝』は、あまりに話題なのでちょっと期待し過ぎてしまった気がしないでもないけれど、評判通り美しくて見応えがありました。原作は読んでいないのですが、いろいろ端折られているのか年表のような感覚もあり、行間を読むように味わう感じでしょうか。血と芸を巡る光と影。芸を持つ人の方に肩入れしてしまいたくなるのは、血を受け継ぐ環境が特殊で恵まれてもいてそちらに共感する人が少ないからかと思いますが、とはいっても多くの人が該当する血も芸も持たない凡人が物語の主人公にはならないことを思ったりもしました。
時期も時期で時間も時間なので観客も少なかったのですが、斜め前の方に元々彼みたいな人がいて気が気でありませんでした。こんな時期のこんな時間にこんな所で居合わせたりしないでしょうと思いつつ、もし本人だったらどうしよう、会いたくない、気づかれたくない、気持ち悪いと、エンドロールが終わってから逃げるように帰りました。一時でも気持ちを向けた人を、何かきっかけの出来事があったわけでなく、全く関わりが無くなくなってから、こんなにも生理的に無理!ってなるのだから自分の心というものが全く信用できません。それまでは思い出のようになっていたものが、自分に次の人ができたらこうなったので、よく言われる<女性は上書き保存>というシステムに身を持って納得したものでした。そんなふうに自分の心の動きを考察しながら、よくわからなかった映画後半の花江の心理がますますわからなくなってしまったのでした。
過去のことばかり綴ってある日記たしかにわたしが書いたのだけど/『にず』
お正月の帰省に向けて冷蔵庫の整理をしました。悩ましいのが大根一本と、白菜一玉。食べきれるだろうか…。主食の代わりにして米を食べなければ消費できるか…とも過ぎりましたが、ダイエットのためにと炭水化物を抜いて体を壊したこともあるので、ここは大根を輪切りにして茹でて干して保存することにしました。白菜は、人参、しめじ、玉ねぎ、豚肉と一緒に、鍋いっぱいのシチューにするか迷って、すき煮に。余ってもうどんや餅の汁にしたり卵とじにしたりアレンジが効くので。
今年の内に観ておこうかな、と思い立ち、映画『国宝』も観てきました。外出ついでに銀行や郵便局などの用事を済まそうと二駅前で降りたところ、ものすごい人混みで交通整理に遭いました。光のページェントです。さんざん歌にも詠んでおきながら、ページェントの最中だと忘れていた自分にびっくりです。
『国宝』は、あまりに話題なのでちょっと期待し過ぎてしまった気がしないでもないけれど、評判通り美しくて見応えがありました。原作は読んでいないのですが、いろいろ端折られているのか年表のような感覚もあり、行間を読むように味わう感じでしょうか。血と芸を巡る光と影。芸を持つ人の方に肩入れしてしまいたくなるのは、血を受け継ぐ環境が特殊で恵まれてもいてそちらに共感する人が少ないからかと思いますが、とはいっても多くの人が該当する血も芸も持たない凡人が物語の主人公にはならないことを思ったりもしました。
時期も時期で時間も時間なので観客も少なかったのですが、斜め前の方に元々彼みたいな人がいて気が気でありませんでした。こんな時期のこんな時間にこんな所で居合わせたりしないでしょうと思いつつ、もし本人だったらどうしよう、会いたくない、気づかれたくない、気持ち悪いと、エンドロールが終わってから逃げるように帰りました。一時でも気持ちを向けた人を、何かきっかけの出来事があったわけでなく、全く関わりが無くなくなってから、こんなにも生理的に無理!ってなるのだから自分の心というものが全く信用できません。それまでは思い出のようになっていたものが、自分に次の人ができたらこうなったので、よく言われる<女性は上書き保存>というシステムに身を持って納得したものでした。そんなふうに自分の心の動きを考察しながら、よくわからなかった映画後半の花江の心理がますますわからなくなってしまったのでした。
過去のことばかり綴ってある日記たしかにわたしが書いたのだけど/『にず』
うかつでした。靴下を履こうと足先を見遣ると、足の甲がくっきり2色に分かれていました。パンプス焼けです。
覚えはあるのです。7月の3連休、夜行バスで早朝に東京駅に着き、待ち合わせていた妹が来るまでの間、皇居のあたりを散歩しました。顔やデコルテ、腕には日焼け止めクリームを塗ったものの、足の甲に塗るのは忘れてしまったのでした。日傘は差していましたが、足先は日傘をはみ出しまくりです。そりゃあ日焼けします。うっかりでした。
思えば、乗り換えで東京駅を通ることはあっても、降りて外に出るのは初めてです。皇居のあたりをちゃんと歩くのも初めてで、皇居の外観や周囲の緑、わたしと同じようにきょろきょろ観光している人、日常として皇居ランをしている人、公園の木の下で寝転んでいる人、音楽をかけて踊っている集団、ただ歩くだけでも目に映るすべてが新鮮でした。
どうにもこのところなにかずっと切羽詰まったような張りつめたような感覚でいます。そんな中、こうしていつもと違うものを見たり、いつもと違うことをしたり、初めてや久しぶりにお会いする人と話したり、普段の暮らしとは離れることに癒しのようなものを感じています。数年ぶりに妹と会ってとりとめのない話をしたのも、その後に東京歌会へお伺いできたのも楽しくて。少し前に、塔の全国大会で初めて横浜に行った時も非日常的で、充実した全国大会だけでなく、開始前に山下公園を歩いたり氷川丸の中に入ってみたりという時間も含めて、良い気分転換になりました。
基本的には腰の重いタイプではあるのだけど、時々こんなふうに日常を離れてリフレッシュできる機会が作れればいいなと思います。
皇居をながめながら、「江戸城……!」という感慨もありました。時代劇・時代小説熱が再燃しております。日曜朝のNHKでの時代劇の再放送を楽しみにしているのですが、昔見ていた『慶次郎縁側日記』が再放送されたのが特にとてもうれしく、途中まで集めていた原作を読み直したり、続きを集めたり。大河ドラマ『べらぼう』もすごく好き。時代小説を書いてみたかった20代の頃に資料として集めていた江戸時代の文化・風俗の本なども、ちょうど『べらぼう』のガイドになって、われながらありがたいことでした。結局、小説は書けなかったのだけれども。
ほんとうに護れるものは少なくてわが足のパンプス焼けの跡/路上155号「蔓の刺繍」
覚えはあるのです。7月の3連休、夜行バスで早朝に東京駅に着き、待ち合わせていた妹が来るまでの間、皇居のあたりを散歩しました。顔やデコルテ、腕には日焼け止めクリームを塗ったものの、足の甲に塗るのは忘れてしまったのでした。日傘は差していましたが、足先は日傘をはみ出しまくりです。そりゃあ日焼けします。うっかりでした。
思えば、乗り換えで東京駅を通ることはあっても、降りて外に出るのは初めてです。皇居のあたりをちゃんと歩くのも初めてで、皇居の外観や周囲の緑、わたしと同じようにきょろきょろ観光している人、日常として皇居ランをしている人、公園の木の下で寝転んでいる人、音楽をかけて踊っている集団、ただ歩くだけでも目に映るすべてが新鮮でした。
どうにもこのところなにかずっと切羽詰まったような張りつめたような感覚でいます。そんな中、こうしていつもと違うものを見たり、いつもと違うことをしたり、初めてや久しぶりにお会いする人と話したり、普段の暮らしとは離れることに癒しのようなものを感じています。数年ぶりに妹と会ってとりとめのない話をしたのも、その後に東京歌会へお伺いできたのも楽しくて。少し前に、塔の全国大会で初めて横浜に行った時も非日常的で、充実した全国大会だけでなく、開始前に山下公園を歩いたり氷川丸の中に入ってみたりという時間も含めて、良い気分転換になりました。
基本的には腰の重いタイプではあるのだけど、時々こんなふうに日常を離れてリフレッシュできる機会が作れればいいなと思います。
皇居をながめながら、「江戸城……!」という感慨もありました。時代劇・時代小説熱が再燃しております。日曜朝のNHKでの時代劇の再放送を楽しみにしているのですが、昔見ていた『慶次郎縁側日記』が再放送されたのが特にとてもうれしく、途中まで集めていた原作を読み直したり、続きを集めたり。大河ドラマ『べらぼう』もすごく好き。時代小説を書いてみたかった20代の頃に資料として集めていた江戸時代の文化・風俗の本なども、ちょうど『べらぼう』のガイドになって、われながらありがたいことでした。結局、小説は書けなかったのだけれども。
ほんとうに護れるものは少なくてわが足のパンプス焼けの跡/路上155号「蔓の刺繍」
祖母の三回忌で実家に帰ると、玄関に小松菜の花が飾ってありました。本家で収穫しそびれて花が咲いてしまったのを、畑からもらってきて飾ったのだそうです。本家のかあちゃんが自分の家でも飾ると言ったので、本家の分も切ってあげたのだとか。他にも本家のかあちゃんを病院に連れて行ったりなどずい分お世話しているようで、なんだか母から本家の話をよく聞くようになりました。
本家、分家なんていっても枝分かれしたのが祖父の祖父の頃らしく、血縁的にはもう全然遠縁なのですが、家が隣なので親戚付き合いだけでなくご近所付き合いのようなものもあるのでしょう。わたしは祖母が亡くなってから、本家のかあちゃんを大切にしたい気持ちが深まったので、母も似たような感じなのかもしれません。
祖母の三回忌とまとめて、大伯父の三十三回忌と大伯母の二十七回忌も執り行いました。一人ずつやってたらきりがないとはいえ、大伯母は秋、大伯父は冬だったのに、ついでに、みたいな感じでいいのかなあと思わないでもないけれども。これで当分はこうした仏事も一区切りといったところでしょうか。もういろいろ簡略化されていて、お寺のおっさますら当日は用事が入ったといって前日にお経をあげにきたくらいです。戒名も、よくよくわからないしきたりだけれども、3つの戒名を聞いてどれが誰だかわかるのが興味深いです。田舎の近所付き合いの濃さから、人柄を汲んだ名付けをしてもらえているのでしょうか。お寺を歩けば、江戸時代の年号と戒名の書かれている墓誌もあり、脈々と続く人の営みを思います。
昔は最上川に橋が架かってなかったので渡し舟で祖母が実家に帰っていたとか、その時に「おーい」と船頭を呼んだとか、牛を飼っていて育てて売っていたとか、葉タバコを作っていてうちは畑が小さいので量より質で力を入れていたとか、収穫した葉タバコをうちは機械ではなく手作業で縄で括っていたので手が真っ黒になったとかといった昔の話を、こういう親戚の集まる機会で聞くのがおもしろいです。わたしが小さい頃に大伯父がよくわたしを連れて歩き、本家にはわたしの茶碗まであった、なんていう話は初めて聞きました。抱っこされて行ったんだろうか、手をつないで行ったんだろうか。さっぱり記憶にないし、大伯父に可愛がられていた覚えもないので、なんだか不思議な感じです。大伯父、大伯母なんていっても生前はじいちゃん、ばあちゃんと呼んでいました。特にわたしはばあちゃん子でした。母方の祖母、父方の祖母と、大伯母と、わたしには3人のばあちゃんがいて、3人とも好きでした。
大伯母は悲しいこともあった人だけれども、子を産まずして孫を持てたなんていいなあ、なんてこの頃はうらやましくも思います。
今さらに迷信だとは思われず年寄りっ子の三文安は/塔2014年9月号
本家、分家なんていっても枝分かれしたのが祖父の祖父の頃らしく、血縁的にはもう全然遠縁なのですが、家が隣なので親戚付き合いだけでなくご近所付き合いのようなものもあるのでしょう。わたしは祖母が亡くなってから、本家のかあちゃんを大切にしたい気持ちが深まったので、母も似たような感じなのかもしれません。
祖母の三回忌とまとめて、大伯父の三十三回忌と大伯母の二十七回忌も執り行いました。一人ずつやってたらきりがないとはいえ、大伯母は秋、大伯父は冬だったのに、ついでに、みたいな感じでいいのかなあと思わないでもないけれども。これで当分はこうした仏事も一区切りといったところでしょうか。もういろいろ簡略化されていて、お寺のおっさますら当日は用事が入ったといって前日にお経をあげにきたくらいです。戒名も、よくよくわからないしきたりだけれども、3つの戒名を聞いてどれが誰だかわかるのが興味深いです。田舎の近所付き合いの濃さから、人柄を汲んだ名付けをしてもらえているのでしょうか。お寺を歩けば、江戸時代の年号と戒名の書かれている墓誌もあり、脈々と続く人の営みを思います。
昔は最上川に橋が架かってなかったので渡し舟で祖母が実家に帰っていたとか、その時に「おーい」と船頭を呼んだとか、牛を飼っていて育てて売っていたとか、葉タバコを作っていてうちは畑が小さいので量より質で力を入れていたとか、収穫した葉タバコをうちは機械ではなく手作業で縄で括っていたので手が真っ黒になったとかといった昔の話を、こういう親戚の集まる機会で聞くのがおもしろいです。わたしが小さい頃に大伯父がよくわたしを連れて歩き、本家にはわたしの茶碗まであった、なんていう話は初めて聞きました。抱っこされて行ったんだろうか、手をつないで行ったんだろうか。さっぱり記憶にないし、大伯父に可愛がられていた覚えもないので、なんだか不思議な感じです。大伯父、大伯母なんていっても生前はじいちゃん、ばあちゃんと呼んでいました。特にわたしはばあちゃん子でした。母方の祖母、父方の祖母と、大伯母と、わたしには3人のばあちゃんがいて、3人とも好きでした。
大伯母は悲しいこともあった人だけれども、子を産まずして孫を持てたなんていいなあ、なんてこの頃はうらやましくも思います。
今さらに迷信だとは思われず年寄りっ子の三文安は/塔2014年9月号
4月の初旬に、今まで使っていたパソコンが故障してしまいました。画面が突然真っ暗になり操作が何もできない状態で、メーカーのサポートも終了している機種のため修理もできないとのこと。腹をくくって家電量販店へ赴き新しいパソコンを購入するも、自宅のネット環境が旧くて何かしら整えないとせっかく買ったパソコンも動かないと判明。回線の工事をしてもらうまで、しばらくアナログな日々を過ごしました。
わたしは自分ではそんなにインターネットにどっぷりといった意識はなかったのですが、こうしてネットに長く繋がらないでいると、いかにネットありきの暮らしになってしまっていたかを痛感させられました。仕事の給与だって今やWEB明細だし、電車やバスの時刻表なども必要な時にネットで調べていて、紙では限られた路線のものしか持っていませんでした。遠出の予定がありパソコン故障の直前に宿泊先をネットで予約していましたが、一歩遅ければガイドブックを買って載っている宿に電話で交渉しなければいけなかったでしょう。今週はどんな映画を上映してるかとか鯵のレシピないかとか日常のちょっとした調べ物もネットに頼っていたし、それこそ今回みたいなパソコンの不調も何度サポートサイトで解決できたことか。ネットに頼れなくなったので、とりあえず取扱説明書に書いてあることを試して、どうにもならずコールセンターに電話したところでサポートサイト誘導のアナウンスが流れたりして、そのネットが繋がらないのに、って困ったものでした。
ほんとうに、いろんなことがすっかりペーパレス化できていて、便利な世の中になったものです。だからこそ、頼りきらなくても大丈夫なようにしておきたいとも思いました。
WordやExcelなどが使えなくなったのも痛いことでした。原稿用紙に手書きして、郵便で送って、ということができないわけれはないけれど、Wordで原稿作ってメールに添付での提出に慣れきってしまっていて。
Wordだけなら昔のパソコンでいけないか、メールに添付はできなくとも、USBメモリに保存してコンビニで印刷して郵送ができないかと期待して、20年もののWindowsXPを引っ張り出して電源を入れてみました。イルカの出てくる旧バージョンではありますがWordは起動できたものの、どうにもUSBメモリへの保存はできないようでした。それでも、本番原稿前の下書きの感覚でも、キーボードで文章を打つのはなにか落ち着くものがありました。手書きだと書き損じた時が大変なので書き始める前にプロットを作ったりするか、勢いに任せて書いては書き直し書いては書き直しを繰り返すかだけれども、がしがし編集できるテキストエディタの気安さにわたしはずいぶん救われていたのだなあ。原稿の一つはこうして作った草稿を元に、携帯電話の本文メールにベタ打ちで対応いただけました。
不便には感じつつも、ネットやパソコンの作業から離れている時間には快さもありました。うっかりネット上の読み物を読み耽ってしまい何時間も経ってしまった! ということがないのがよかったです。情報が遮断されたような不安や寂しさはありましたが、その感覚も大切に覚えておきたいです。いつだったかの地震でばさばさ床に落ちてきた本を、気力がなくてずっとちゃんと片付けられなかったのですが、工事が入るために片付けられたのもすっきりしました。しかも契約を見直したら通信費も安くなり、今まで何の不便もないからとずっと今より旧式の設備に余分にお金を払っていたなんて、なんてもったいないことをしていたのでしょう。こんなふうに自分がめんどくさがって先延ばしにしていたことでのちのちズドンときたり損したりしていることが、人生にもきっといっぱいあるのでしょう。
この機会に得られたいくつもの気づきを、今後の暮らしや作品へも活かしてゆけたらなと思います。
次にパソコンを買うのはWindows10のサポート終了の頃のつもりでいたので、急遽必要に迫られたことや、予算より大きな出費が精神的な負担になり、一時は食欲が落ちたりしました。前にパソコンを買ったときはどうだったんだっけ、と日記ノートを読み返すと、今回と違って機種を選ぶゆとりがあったり、選ぶ際もそんなに迷いもなかったり、予算よりだいぶ浮いたりで、あっさりしたものでした。
元気です。元気な人に見えるよう振る舞えるほどには元気です。/塔2020年1月号
わたしは自分ではそんなにインターネットにどっぷりといった意識はなかったのですが、こうしてネットに長く繋がらないでいると、いかにネットありきの暮らしになってしまっていたかを痛感させられました。仕事の給与だって今やWEB明細だし、電車やバスの時刻表なども必要な時にネットで調べていて、紙では限られた路線のものしか持っていませんでした。遠出の予定がありパソコン故障の直前に宿泊先をネットで予約していましたが、一歩遅ければガイドブックを買って載っている宿に電話で交渉しなければいけなかったでしょう。今週はどんな映画を上映してるかとか鯵のレシピないかとか日常のちょっとした調べ物もネットに頼っていたし、それこそ今回みたいなパソコンの不調も何度サポートサイトで解決できたことか。ネットに頼れなくなったので、とりあえず取扱説明書に書いてあることを試して、どうにもならずコールセンターに電話したところでサポートサイト誘導のアナウンスが流れたりして、そのネットが繋がらないのに、って困ったものでした。
ほんとうに、いろんなことがすっかりペーパレス化できていて、便利な世の中になったものです。だからこそ、頼りきらなくても大丈夫なようにしておきたいとも思いました。
WordやExcelなどが使えなくなったのも痛いことでした。原稿用紙に手書きして、郵便で送って、ということができないわけれはないけれど、Wordで原稿作ってメールに添付での提出に慣れきってしまっていて。
Wordだけなら昔のパソコンでいけないか、メールに添付はできなくとも、USBメモリに保存してコンビニで印刷して郵送ができないかと期待して、20年もののWindowsXPを引っ張り出して電源を入れてみました。イルカの出てくる旧バージョンではありますがWordは起動できたものの、どうにもUSBメモリへの保存はできないようでした。それでも、本番原稿前の下書きの感覚でも、キーボードで文章を打つのはなにか落ち着くものがありました。手書きだと書き損じた時が大変なので書き始める前にプロットを作ったりするか、勢いに任せて書いては書き直し書いては書き直しを繰り返すかだけれども、がしがし編集できるテキストエディタの気安さにわたしはずいぶん救われていたのだなあ。原稿の一つはこうして作った草稿を元に、携帯電話の本文メールにベタ打ちで対応いただけました。
不便には感じつつも、ネットやパソコンの作業から離れている時間には快さもありました。うっかりネット上の読み物を読み耽ってしまい何時間も経ってしまった! ということがないのがよかったです。情報が遮断されたような不安や寂しさはありましたが、その感覚も大切に覚えておきたいです。いつだったかの地震でばさばさ床に落ちてきた本を、気力がなくてずっとちゃんと片付けられなかったのですが、工事が入るために片付けられたのもすっきりしました。しかも契約を見直したら通信費も安くなり、今まで何の不便もないからとずっと今より旧式の設備に余分にお金を払っていたなんて、なんてもったいないことをしていたのでしょう。こんなふうに自分がめんどくさがって先延ばしにしていたことでのちのちズドンときたり損したりしていることが、人生にもきっといっぱいあるのでしょう。
この機会に得られたいくつもの気づきを、今後の暮らしや作品へも活かしてゆけたらなと思います。
次にパソコンを買うのはWindows10のサポート終了の頃のつもりでいたので、急遽必要に迫られたことや、予算より大きな出費が精神的な負担になり、一時は食欲が落ちたりしました。前にパソコンを買ったときはどうだったんだっけ、と日記ノートを読み返すと、今回と違って機種を選ぶゆとりがあったり、選ぶ際もそんなに迷いもなかったり、予算よりだいぶ浮いたりで、あっさりしたものでした。
”2016年12月4日(日)あの日思いを馳せた、<次にパソコンを買う時のわたし>が、今のわたしで、なんだか泣きたいような気持ちになりました。
休み。パソコン届く。(中略)前のパソコンを買ったのが10年前で、10年を思う。相変わらずわたしはこの部屋で一人暮らしで、次にパソコンを買う時のわたしはどんなふうに暮らしているだろう。”
元気です。元気な人に見えるよう振る舞えるほどには元気です。/塔2020年1月号
叔母から唐突にスマートレターが届きました。もそもそと開けてみると、大國魂神社の白い紙袋が入っています。その中から縁結びの御守りが出てきたので、思わず「あははっ」と笑ってしまいました。え、まだわたしこういうの願われる感じ?
同封されていた叔母からのお手紙には、家族で初詣でに行ったというような近況と、わたしの母から短歌のことを聞いたとのことで「漠然と、いろんな活躍にご縁があるように」と書いてあります。ああ、そういうご縁ね。去年は急に仕事が無くなったりもしたし、きっとそんなことも聞いているんでしょう。
いやいや、そんなことは表向きの口実で、実際は普通に御守りのご利益通りの婚姻を願われているのでは。直截にそんなことを言うと差し障りがあると思ってやんわりぼやかしているのでは。別に今さらなにか言われたところでなんとも思わないんだけどな。諸々のわだかまりのあった母ならともかく、叔母だし。変に裏の裏まで気を遣われているのだろうか。それとも、考え過ぎだろうか。
どんなご縁にしろ、良縁が結ばれて困ることは全然ないので、御守りはありがたく頂戴してお礼を伝えました。しじみ貝の小さな御守りはかわいくて、揺れるたびに鈴がなります。楽しい音です。
奥底にいつか仕舞いし縁結びの御守りのこと忘れていたり/現代短歌2021年5月号
同封されていた叔母からのお手紙には、家族で初詣でに行ったというような近況と、わたしの母から短歌のことを聞いたとのことで「漠然と、いろんな活躍にご縁があるように」と書いてあります。ああ、そういうご縁ね。去年は急に仕事が無くなったりもしたし、きっとそんなことも聞いているんでしょう。
いやいや、そんなことは表向きの口実で、実際は普通に御守りのご利益通りの婚姻を願われているのでは。直截にそんなことを言うと差し障りがあると思ってやんわりぼやかしているのでは。別に今さらなにか言われたところでなんとも思わないんだけどな。諸々のわだかまりのあった母ならともかく、叔母だし。変に裏の裏まで気を遣われているのだろうか。それとも、考え過ぎだろうか。
どんなご縁にしろ、良縁が結ばれて困ることは全然ないので、御守りはありがたく頂戴してお礼を伝えました。しじみ貝の小さな御守りはかわいくて、揺れるたびに鈴がなります。楽しい音です。
奥底にいつか仕舞いし縁結びの御守りのこと忘れていたり/現代短歌2021年5月号
過日、母の付き添いで野口五郎のコンサートに行ってきました。そのひと月前にせがまれてチケットを2枚手配してあげた時はまさか自分が行くとは思っていなかったのですが、どういうわけか出発直前にわたしが行くこととなりました。こういう成り行きもまたおもしろいものです。
野口五郎氏はそりゃあもう流石のプロフェッショナルなエンターテイナーっぷりで、とても楽しいコンサートでした。薄暗いホールの中で真っ白な衣装がライトに照らされてまばゆく映えて、高音の伸びやかな歌声も素晴らしくて。
ご本人もファンのほとんども60代なのに、曲目が10代20代が主体のラブソングばかりなことを興味深く思いました。「青いリンゴ」「甘い生活」「私鉄沿線」などは若い頃のヒット曲だから、というのもあるけれど、近年の歌もやっぱりラブソングです。齢を重ねてもアイドルなので疑似恋愛の対象ということでしょうか。
考えてみれば、彼に限らず、世の中の流行歌は大体がラブソングです。
文と詠めば恋文と読まれたり、指輪と詠めば結婚指輪と読まれたり、短歌の世界でも相聞歌が求められているという空気を感じることがあります。数年前まで『短歌研究』では毎年2月号に女性歌人による相聞歌の企画がありました。新人賞の応募作に相聞歌が少なくなったことを惜しむような文章もどこかで読んだことがあります。大河ドラマ『光る君へ』では倫子さまが歌のサロンの仲間に「良い歌を詠むためには良い恋をしませんとね」と微笑んでいたし、少し前の朝ドラ『舞いあがれ!』では主人公の幼なじみの貴司くんが歌集を作る際に、編集者から相聞歌を詠むよう求められていました。
わたしも、これまでいくつか相聞歌を詠んだことがあります。けれども、ほんとうに相聞歌だったのか。歌に嘘を詠んだということはないけれども、人としての好感を恋に、人の心離れの傷みを失恋の傷みに、盛っていなかったか。他に適当な言葉が思い当たらず「恋」と詠み込んでいた歌なども、実際は別の感情ではなかったか。
恋人が欲しいと思っていたけれど本当に欲しいのは兄だった/田村穂隆『湖とファルセット』
あなたとは恋じゃないから続いてく気がする テレビを見てて思った/長谷川麟『延長戦』
私はただ結婚したいだけなのにみんな恋愛させようとする/逢坂みずき『昇華』
自分の心に向き合った、こうした歌に誠実さを感じます。そうして、わたしは便宜上「恋」という言葉が都合がいいので、或いは相聞がウケるとわかっていて、もしかしたら相聞ではないものまで相聞のように詠んでしまったかもしれない、という自分への疑いの心が湧くのでした。
でも恋は皆するという前提で問われる沁みるラブソングなど/塔2024年4月号
野口五郎氏はそりゃあもう流石のプロフェッショナルなエンターテイナーっぷりで、とても楽しいコンサートでした。薄暗いホールの中で真っ白な衣装がライトに照らされてまばゆく映えて、高音の伸びやかな歌声も素晴らしくて。
ご本人もファンのほとんども60代なのに、曲目が10代20代が主体のラブソングばかりなことを興味深く思いました。「青いリンゴ」「甘い生活」「私鉄沿線」などは若い頃のヒット曲だから、というのもあるけれど、近年の歌もやっぱりラブソングです。齢を重ねてもアイドルなので疑似恋愛の対象ということでしょうか。
考えてみれば、彼に限らず、世の中の流行歌は大体がラブソングです。
文と詠めば恋文と読まれたり、指輪と詠めば結婚指輪と読まれたり、短歌の世界でも相聞歌が求められているという空気を感じることがあります。数年前まで『短歌研究』では毎年2月号に女性歌人による相聞歌の企画がありました。新人賞の応募作に相聞歌が少なくなったことを惜しむような文章もどこかで読んだことがあります。大河ドラマ『光る君へ』では倫子さまが歌のサロンの仲間に「良い歌を詠むためには良い恋をしませんとね」と微笑んでいたし、少し前の朝ドラ『舞いあがれ!』では主人公の幼なじみの貴司くんが歌集を作る際に、編集者から相聞歌を詠むよう求められていました。
わたしも、これまでいくつか相聞歌を詠んだことがあります。けれども、ほんとうに相聞歌だったのか。歌に嘘を詠んだということはないけれども、人としての好感を恋に、人の心離れの傷みを失恋の傷みに、盛っていなかったか。他に適当な言葉が思い当たらず「恋」と詠み込んでいた歌なども、実際は別の感情ではなかったか。
恋人が欲しいと思っていたけれど本当に欲しいのは兄だった/田村穂隆『湖とファルセット』
あなたとは恋じゃないから続いてく気がする テレビを見てて思った/長谷川麟『延長戦』
私はただ結婚したいだけなのにみんな恋愛させようとする/逢坂みずき『昇華』
自分の心に向き合った、こうした歌に誠実さを感じます。そうして、わたしは便宜上「恋」という言葉が都合がいいので、或いは相聞がウケるとわかっていて、もしかしたら相聞ではないものまで相聞のように詠んでしまったかもしれない、という自分への疑いの心が湧くのでした。
でも恋は皆するという前提で問われる沁みるラブソングなど/塔2024年4月号
先週末、所用で山形へ行ってきました。大雨で最上川が氾濫したとの知らせの後で心配していたのですが、当日は雨傘の要らない天気でほっとしました。最上川はいくつもの町を流れているとても長い川だから、山形で会う人会う人に雨は大丈夫だったか聞いてしまいました。
仙台と山形とをつなぐバスの充実によるストロー効果や、郊外にイオンモールができたこともあり、七日町大通りはなんだかとても寂しくなりました。大沼もチロルももう無いのに看板は残っていて、それが余計に寂しい。街に看板を撤去する体力もないのだろうか。もっと田舎の町に生まれ育って、十代の頃は友達と遊びに行くといったら七日町大通りが定番だったので、あんなに都会に感じていた街並みがこうなるとは、と感傷的な気分になります。それでも、冬に来た時は看板のみ残してどこかへ行っていた彩画堂が、元の場所に戻って営業していたのでうれしくなりました。高校生の頃に、夜空の絵を塗るために彩画堂で買った深い青色のパステルがまだ残っています。
夕方は連なった提灯に明かりが点っていました。花笠祭りはもうすぐです。
最上川はわたしの町を君の町を流れゆく川 赤い橋見ゆ 『にず』
仙台と山形とをつなぐバスの充実によるストロー効果や、郊外にイオンモールができたこともあり、七日町大通りはなんだかとても寂しくなりました。大沼もチロルももう無いのに看板は残っていて、それが余計に寂しい。街に看板を撤去する体力もないのだろうか。もっと田舎の町に生まれ育って、十代の頃は友達と遊びに行くといったら七日町大通りが定番だったので、あんなに都会に感じていた街並みがこうなるとは、と感傷的な気分になります。それでも、冬に来た時は看板のみ残してどこかへ行っていた彩画堂が、元の場所に戻って営業していたのでうれしくなりました。高校生の頃に、夜空の絵を塗るために彩画堂で買った深い青色のパステルがまだ残っています。
夕方は連なった提灯に明かりが点っていました。花笠祭りはもうすぐです。
最上川はわたしの町を君の町を流れゆく川 赤い橋見ゆ 『にず』
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おとも
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女性
自己紹介:
歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
連絡・問い合わせ:
tomomita★sage.ocn.ne.jp
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