川が好き。山も好き。
現代短歌新聞2025年3月号にてコラム[3月のうたのヒント]を執筆させていただきました。お読みいただけましたらうれしいです。
[作品特集]は阪神淡路大震災30年。歌に詠まれることで伝わる一人一人の震災を思いながら拝読しました。阪神大震災が起きたのは1月。3月号に掲載なので、30年目の1月17日を経て詠まれた歌なのだな、と思うとより深まる感慨もあります。
https://gendaitanka.thebase.in/items/100672482
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[作品特集]は阪神淡路大震災30年。歌に詠まれることで伝わる一人一人の震災を思いながら拝読しました。阪神大震災が起きたのは1月。3月号に掲載なので、30年目の1月17日を経て詠まれた歌なのだな、と思うとより深まる感慨もあります。
https://gendaitanka.thebase.in/items/100672482
休みの日は、特に外出の予定がなければ一日中てきとうな部屋着や寝間着で籠って過ごしたいタイプです。冷蔵庫に何もなくても、スーパーへ買い出しのためだけに身だしなみを整えて外に出るのは億劫で、それなら前日の仕事帰りにどこかへ寄って買って帰りたい。そんな時にクリスロード商店街のイオン仙台店(旧ダイエー)を重宝していたのですが、先月末に閉店してしまいました。今年に入ったあたりから大々的な閉店セールで棚から物がなくなっていったり、順々にテナントが撤退していったり、店内が空っぽになってゆくさまはなんとも寂しいものでした。
イオン仙台店(旧ダイエー)は14年前の東日本大震災の時には、2日後にいち早く営業を再開したことでありがたかったお店でもありました。わたし自身は震災時に直接お世話になってはいないけれども、当時の職場でダイエーが開いているというので係を決めて買い出しに行ってもらったりしました。行列だったとか一人何点の制限があったとかといった話を聞いた覚えがあります。何もない時期だったのでみんな感謝していました。
そんなふうに、あの未曾有の大惨事の頃に市民の生活を支えたお店も49年の歴に幕を閉じ、時代の移り変わりというものをしみじみと感じています。
昨年夏から勤務している今の職場では、特に3月11日だからといって業務縮小の時間もなく、黙祷を促されることもなく、いつも通りでした。14時46分も業務に没頭している間に過ぎてしまって。その分、というわけではないけれど、普段の業務の中で震災に関係する部分もあったりで、14年経っても震災がまだ過去ではないのだと実感することがしばしばです。むしろ、震災のことで初めて知るような事実や仕組みもあります。
様々なことを受け止めながら、向き合いながら、震災後の日々を生きてゆきます。
イオン仙台店(旧ダイエー)は14年前の東日本大震災の時には、2日後にいち早く営業を再開したことでありがたかったお店でもありました。わたし自身は震災時に直接お世話になってはいないけれども、当時の職場でダイエーが開いているというので係を決めて買い出しに行ってもらったりしました。行列だったとか一人何点の制限があったとかといった話を聞いた覚えがあります。何もない時期だったのでみんな感謝していました。
そんなふうに、あの未曾有の大惨事の頃に市民の生活を支えたお店も49年の歴に幕を閉じ、時代の移り変わりというものをしみじみと感じています。
昨年夏から勤務している今の職場では、特に3月11日だからといって業務縮小の時間もなく、黙祷を促されることもなく、いつも通りでした。14時46分も業務に没頭している間に過ぎてしまって。その分、というわけではないけれど、普段の業務の中で震災に関係する部分もあったりで、14年経っても震災がまだ過去ではないのだと実感することがしばしばです。むしろ、震災のことで初めて知るような事実や仕組みもあります。
様々なことを受け止めながら、向き合いながら、震災後の日々を生きてゆきます。
叔母から唐突にスマートレターが届きました。もそもそと開けてみると、大國魂神社の白い紙袋が入っています。その中から縁結びの御守りが出てきたので、思わず「あははっ」と笑ってしまいました。え、まだわたしこういうの願われる感じ?
同封されていた叔母からのお手紙には、家族で初詣でに行ったというような近況と、わたしの母から短歌のことを聞いたとのことで「漠然と、いろんな活躍にご縁があるように」と書いてあります。ああ、そういうご縁ね。去年は急に仕事が無くなったりもしたし、きっとそんなことも聞いているんでしょう。
いやいや、そんなことは表向きの口実で、実際は普通に御守りのご利益通りの婚姻を願われているのでは。直截にそんなことを言うと差し障りがあると思ってやんわりぼやかしているのでは。別に今さらなにか言われたところでなんとも思わないんだけどな。諸々のわだかまりのあった母ならともかく、叔母だし。変に裏の裏まで気を遣われているのだろうか。それとも、考え過ぎだろうか。
どんなご縁にしろ、良縁が結ばれて困ることは全然ないので、御守りはありがたく頂戴してお礼を伝えました。しじみ貝の小さな御守りはかわいくて、揺れるたびに鈴がなります。楽しい音です。
奥底にいつか仕舞いし縁結びの御守りのこと忘れていたり/現代短歌2021年5月号
同封されていた叔母からのお手紙には、家族で初詣でに行ったというような近況と、わたしの母から短歌のことを聞いたとのことで「漠然と、いろんな活躍にご縁があるように」と書いてあります。ああ、そういうご縁ね。去年は急に仕事が無くなったりもしたし、きっとそんなことも聞いているんでしょう。
いやいや、そんなことは表向きの口実で、実際は普通に御守りのご利益通りの婚姻を願われているのでは。直截にそんなことを言うと差し障りがあると思ってやんわりぼやかしているのでは。別に今さらなにか言われたところでなんとも思わないんだけどな。諸々のわだかまりのあった母ならともかく、叔母だし。変に裏の裏まで気を遣われているのだろうか。それとも、考え過ぎだろうか。
どんなご縁にしろ、良縁が結ばれて困ることは全然ないので、御守りはありがたく頂戴してお礼を伝えました。しじみ貝の小さな御守りはかわいくて、揺れるたびに鈴がなります。楽しい音です。
奥底にいつか仕舞いし縁結びの御守りのこと忘れていたり/現代短歌2021年5月号
先月は山形市の遊学館へ、柚月裕子さんのトークイベント「山形で書くということ」に行ってきておりました。ちょうど会場の時間ぐらいに着いたのですが、建物の中をぐるっと並んでいて、わたしの人生の中でたぶん一番長い行列でした。
柚月裕子さん、山形市長の佐藤孝弘さん、KADOKAWAの山田剛史さんの3人が登壇されての対談でした。地方出身・在住者として、地方で、中でも地元にお住いの方のご活躍はうれしく、なにか励みにもなります。馴染み深い地元のお話も楽しかったですが、震災の経験なども通して「継承」というテーマが印象に残りました。
お話のエピソードから、予習で読んでいたエッセイによく出てくるYさんが、登壇されている山田さんなんだとわかり、小さな感動を覚えました。また、市長は柚木さんの作風と実際のご本人にキャップのあることをしきりに仰っていました。ご本人も、書店回りの際に「岩下志麻さんみたいな人を想像していた」とよく言われるのだと笑って答えておりました。ハードボイルドな昭和のヤクザもの=極妻=岩下志麻、みたいな想像は安直ではありますが、確かに文字だけの情報で人物像を想像してしまうことはあり、よく考えたらそれは少しあやういことでもあるように思ったりもします。自分の思い込みや理想、偏見などが投影されてしまっている気がして。それで実際の姿を知って「あ、こういう感じなんだ」と落差のようなものを感じてしまうのも、思えば不思議なことです。
たとえば太宰治の小説をおもしろく読んでおきながら、数々のエピソードを知ると、この人とは関わりたくないなあと引いてしまう。実際の彼の振る舞いは何も知らないのに、われながら勝手です。もしも直接会ったら、勝手なイメージとは違ってとても魅力的だった、ということもあるかもしれないのに。
十年以上前のことではあるけれど、匿名で熱烈なメッセージをいただいたことがありました。わたしの歌や文章を読んでなにかしらのイメージを抱かれたらしいその人は、わたしがその人の持つイメージとは違ったことをしたりそうしたことを歌に詠んだ時に、今度は暴言というか中傷というか嫌なメッセージを送ってきました。誰だかわからない人が、生身のわたしを知っているわけでもないのに、想像でイメージをふくらませて思いを募らせたりぶつけたりしてくることに、なんともいえないもやもやとしたものを感じました。こうした経験があるので、どうにもSNS等には消極的でいます。身構えてしまう。そうでなくても、なんだか文章では攻撃的な人が実際に会うとモジモジしていたり、会っていて無神経なことばっかり言ってくる人が美しい文章を書いていたり、作品や文章と実際の印象が揺らぐことは時々あります。きっとわたしもそうでしょう。イメージしていた通りかもしれないし、イメージとは違うかもしれない。そのイメージが良いものなのか、悪いものなのか。それによって違ってくるものもあるでしょう。
作品や文章だけで、(または属性も含めて)、その人を知った気になるのはまだ早い。その人がどういう人かは実際に会ってから、自分の目で確かめてからだ。
と、つい最近まで思っていたのだけれど、文章で変だなと思った人には会ったら絶対ダメ、会ったら取り込まれてしまう、というような話を聞きました。確かに、サイコパス系の犯罪者や口の上手い詐欺師など、いくら自分は騙されないぞと思っていても実際に会って話したら言いくるめられて洗脳されてしまうのかもしれない。そうした事件のニュースやドキュメンタリーもいくつも見ました。そう考えたら、それこそ太宰治なんて。会ってもしコロッと虜になってしまったら、他の女性達のようにあんなことに巻き込まれてしまうかもしれない。自分は大丈夫、なんて自信がない。
会わないとわからない人もいるけれど、会ったらダメな人もいる。難しい。
明日会う人を好きにはならないと思う小さな湯たんぽを抱く
柚月裕子さん、山形市長の佐藤孝弘さん、KADOKAWAの山田剛史さんの3人が登壇されての対談でした。地方出身・在住者として、地方で、中でも地元にお住いの方のご活躍はうれしく、なにか励みにもなります。馴染み深い地元のお話も楽しかったですが、震災の経験なども通して「継承」というテーマが印象に残りました。
お話のエピソードから、予習で読んでいたエッセイによく出てくるYさんが、登壇されている山田さんなんだとわかり、小さな感動を覚えました。また、市長は柚木さんの作風と実際のご本人にキャップのあることをしきりに仰っていました。ご本人も、書店回りの際に「岩下志麻さんみたいな人を想像していた」とよく言われるのだと笑って答えておりました。ハードボイルドな昭和のヤクザもの=極妻=岩下志麻、みたいな想像は安直ではありますが、確かに文字だけの情報で人物像を想像してしまうことはあり、よく考えたらそれは少しあやういことでもあるように思ったりもします。自分の思い込みや理想、偏見などが投影されてしまっている気がして。それで実際の姿を知って「あ、こういう感じなんだ」と落差のようなものを感じてしまうのも、思えば不思議なことです。
たとえば太宰治の小説をおもしろく読んでおきながら、数々のエピソードを知ると、この人とは関わりたくないなあと引いてしまう。実際の彼の振る舞いは何も知らないのに、われながら勝手です。もしも直接会ったら、勝手なイメージとは違ってとても魅力的だった、ということもあるかもしれないのに。
十年以上前のことではあるけれど、匿名で熱烈なメッセージをいただいたことがありました。わたしの歌や文章を読んでなにかしらのイメージを抱かれたらしいその人は、わたしがその人の持つイメージとは違ったことをしたりそうしたことを歌に詠んだ時に、今度は暴言というか中傷というか嫌なメッセージを送ってきました。誰だかわからない人が、生身のわたしを知っているわけでもないのに、想像でイメージをふくらませて思いを募らせたりぶつけたりしてくることに、なんともいえないもやもやとしたものを感じました。こうした経験があるので、どうにもSNS等には消極的でいます。身構えてしまう。そうでなくても、なんだか文章では攻撃的な人が実際に会うとモジモジしていたり、会っていて無神経なことばっかり言ってくる人が美しい文章を書いていたり、作品や文章と実際の印象が揺らぐことは時々あります。きっとわたしもそうでしょう。イメージしていた通りかもしれないし、イメージとは違うかもしれない。そのイメージが良いものなのか、悪いものなのか。それによって違ってくるものもあるでしょう。
作品や文章だけで、(または属性も含めて)、その人を知った気になるのはまだ早い。その人がどういう人かは実際に会ってから、自分の目で確かめてからだ。
と、つい最近まで思っていたのだけれど、文章で変だなと思った人には会ったら絶対ダメ、会ったら取り込まれてしまう、というような話を聞きました。確かに、サイコパス系の犯罪者や口の上手い詐欺師など、いくら自分は騙されないぞと思っていても実際に会って話したら言いくるめられて洗脳されてしまうのかもしれない。そうした事件のニュースやドキュメンタリーもいくつも見ました。そう考えたら、それこそ太宰治なんて。会ってもしコロッと虜になってしまったら、他の女性達のようにあんなことに巻き込まれてしまうかもしれない。自分は大丈夫、なんて自信がない。
会わないとわからない人もいるけれど、会ったらダメな人もいる。難しい。
明日会う人を好きにはならないと思う小さな湯たんぽを抱く
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
元旦は実家で迎えたのですが、雪のことで母が父を怒鳴っている声で目が覚めました。ちょっといやな感じの一年の始まり方です。でも、もうこの年代になると両親が揃って元気でいるということがありがたいことなのでしょう。とはいえ、こういう光景を見るにつけ、結婚って好きな人としなきゃだめなものなんだろうなと、何かの答え合わせのように感じます。
母に付いていって祖母の実家に年始のご挨拶に行きました。地理的には全然遠くないのに、子供の頃に祖母に付いていったきりです。普段は母の従兄が一人で暮らしているのですが、たまたまその娘さんご夫婦が来ていていました。わたしのお姉さん世代で、わたしとははとこにあたります。こちらも子供の頃に当時流行っていたブタミントンで遊んでもらったきりなので、懐かしいというよりほとんど初めましてな感じですが、思いがけず会えてうれしかったです。自分と血縁関係のある人に、この頃は「ファミリーヒストリー」的な興味深さがあります。はとこはこれから夜勤だと言っていて、新年早々頭が下がる思いでした。
この先、わたしの世代まで親戚付き合いは続かないかもしれないけれど、最上川に架かる赤い橋を渡ったところに祖母の暮らしていた家があったということをずっと覚えておこうと思いました。
ご挨拶の帰りに、一人で近所のお弥勒さまに初詣でに行きました。境内みたいなところは公園のようになっています。久しぶりに赴いたら、今まであったブランコがなくなっていました。確かにもうこの辺りにブランコに乗るような子供もおらず、いつの年代の物だろうってくらいに古い型で、錆なのかなんだかよくわからない色になっていたので、撤去も致し方ないことは理解しつつも、寂しい。子供の頃はもちろん、大人になっても周りに誰もいないのをいいことに時々乗って童心に返っていたのに。
実家にいる間は、デジタルデトックスができるので読書が捗りました。実家で読む用に持参したのは『塚本邦雄歌集』(尾崎まゆみ編)です。塚本邦雄は自分とは方向性が違うと思ってちゃんと読んだことがなかったのですが、この機会に思い切って読みました。第一歌集から第三歌集あたりが塚本邦雄の真骨頂なのだろうと思うのですが、わたしは後半の方が読みやすかったです。特急バスでの移動中は軽くエッセイをと文庫本の『ふたつの時間、ふたりの自分』(柚木裕子)を読みました。本を読む時間と環境を確保するために実家に帰ったりお出掛けしたりしているようなところもあります。
昨年はあまり遠出をしていなかったので、今年はどこかへ出掛けたいです。あと、昨年から良し悪しはともかく歌ができて、未発表作が変に溜まっているので、うまく整えて発表してゆきたいです。このところなにかを失うことが多かったようにも思うので、見えるものでもそうでないものでもなにか手に入れたり、なにか新しいことを始めたりできたらいいかな。ちゃんと部屋を片付けて、身ぎれいにして、健康でいたい。うれしい気持ちや楽しい気持ちはちゃんと人に伝えたい。慎ましく、おだやかに暮らしたい。思いついたまま綴っているうちに希望と心がけが混ざってきたけれども、良い一年にできればいいなと思います。
祖母のもうこの世におらぬ一年を生きてながめる月山の雪/塔2024年9月号
元旦は実家で迎えたのですが、雪のことで母が父を怒鳴っている声で目が覚めました。ちょっといやな感じの一年の始まり方です。でも、もうこの年代になると両親が揃って元気でいるということがありがたいことなのでしょう。とはいえ、こういう光景を見るにつけ、結婚って好きな人としなきゃだめなものなんだろうなと、何かの答え合わせのように感じます。
母に付いていって祖母の実家に年始のご挨拶に行きました。地理的には全然遠くないのに、子供の頃に祖母に付いていったきりです。普段は母の従兄が一人で暮らしているのですが、たまたまその娘さんご夫婦が来ていていました。わたしのお姉さん世代で、わたしとははとこにあたります。こちらも子供の頃に当時流行っていたブタミントンで遊んでもらったきりなので、懐かしいというよりほとんど初めましてな感じですが、思いがけず会えてうれしかったです。自分と血縁関係のある人に、この頃は「ファミリーヒストリー」的な興味深さがあります。はとこはこれから夜勤だと言っていて、新年早々頭が下がる思いでした。
この先、わたしの世代まで親戚付き合いは続かないかもしれないけれど、最上川に架かる赤い橋を渡ったところに祖母の暮らしていた家があったということをずっと覚えておこうと思いました。
ご挨拶の帰りに、一人で近所のお弥勒さまに初詣でに行きました。境内みたいなところは公園のようになっています。久しぶりに赴いたら、今まであったブランコがなくなっていました。確かにもうこの辺りにブランコに乗るような子供もおらず、いつの年代の物だろうってくらいに古い型で、錆なのかなんだかよくわからない色になっていたので、撤去も致し方ないことは理解しつつも、寂しい。子供の頃はもちろん、大人になっても周りに誰もいないのをいいことに時々乗って童心に返っていたのに。
実家にいる間は、デジタルデトックスができるので読書が捗りました。実家で読む用に持参したのは『塚本邦雄歌集』(尾崎まゆみ編)です。塚本邦雄は自分とは方向性が違うと思ってちゃんと読んだことがなかったのですが、この機会に思い切って読みました。第一歌集から第三歌集あたりが塚本邦雄の真骨頂なのだろうと思うのですが、わたしは後半の方が読みやすかったです。特急バスでの移動中は軽くエッセイをと文庫本の『ふたつの時間、ふたりの自分』(柚木裕子)を読みました。本を読む時間と環境を確保するために実家に帰ったりお出掛けしたりしているようなところもあります。
昨年はあまり遠出をしていなかったので、今年はどこかへ出掛けたいです。あと、昨年から良し悪しはともかく歌ができて、未発表作が変に溜まっているので、うまく整えて発表してゆきたいです。このところなにかを失うことが多かったようにも思うので、見えるものでもそうでないものでもなにか手に入れたり、なにか新しいことを始めたりできたらいいかな。ちゃんと部屋を片付けて、身ぎれいにして、健康でいたい。うれしい気持ちや楽しい気持ちはちゃんと人に伝えたい。慎ましく、おだやかに暮らしたい。思いついたまま綴っているうちに希望と心がけが混ざってきたけれども、良い一年にできればいいなと思います。
祖母のもうこの世におらぬ一年を生きてながめる月山の雪/塔2024年9月号
大晦日です。なんだか一年もあっという間です。
今年は長く勤めていた仕事が思いがけず終了となり衝撃でした。幸い間髪入れずに次の仕事にありつけたのが良かったのですか、なかなか慣れずにいっぱいいっぱいな日々が続いております。割と不規則だった前職に比べ、規則正しい生活になったのが、良い影響になればいいなと思いつつ。また前職では割と裕福な人と関わることが多かったのですが、今は困窮している人と接することもあり、今まで見えていなかった景色が見えてきました。これまでわたしは自分のことを貧困だと自虐したり歌に詠んだりしてきたけれど、おこがましいことだったと省みたりもしました。
実家に帰る度にわたしを散歩に連れ出してくれた犬を亡くしたのも寂しい出来事でした。数年前、無垢な犬と畑道をひたすら歩くことで心身の健康を取り戻した日々がありました。外に出て日の光を浴びること、自然の緑を見ること、体を動かして運動することが効いたのだと思いますが、なにより犬の素直さに救われたようにも感じています。恩人、恩犬と言うのか、とても感謝しております。
思うようには生きれていないけれども、無事に暮らしてゆけているだけでも充分にありがたい、そんなことがあらためて身に沁みた一年でした。
今年一年どうもありがとうございました。良いお年をお迎えくださいませ。
赤の時のみ愛でており信号の傍らに立つ南天の枝を
今年は長く勤めていた仕事が思いがけず終了となり衝撃でした。幸い間髪入れずに次の仕事にありつけたのが良かったのですか、なかなか慣れずにいっぱいいっぱいな日々が続いております。割と不規則だった前職に比べ、規則正しい生活になったのが、良い影響になればいいなと思いつつ。また前職では割と裕福な人と関わることが多かったのですが、今は困窮している人と接することもあり、今まで見えていなかった景色が見えてきました。これまでわたしは自分のことを貧困だと自虐したり歌に詠んだりしてきたけれど、おこがましいことだったと省みたりもしました。
実家に帰る度にわたしを散歩に連れ出してくれた犬を亡くしたのも寂しい出来事でした。数年前、無垢な犬と畑道をひたすら歩くことで心身の健康を取り戻した日々がありました。外に出て日の光を浴びること、自然の緑を見ること、体を動かして運動することが効いたのだと思いますが、なにより犬の素直さに救われたようにも感じています。恩人、恩犬と言うのか、とても感謝しております。
思うようには生きれていないけれども、無事に暮らしてゆけているだけでも充分にありがたい、そんなことがあらためて身に沁みた一年でした。
今年一年どうもありがとうございました。良いお年をお迎えくださいませ。
赤の時のみ愛でており信号の傍らに立つ南天の枝を
『おかえり横道世之介』(吉田修一)を読みました。元々『続 横道世之介』として刊行されたものが、文庫化にあたり解題されたとのこと。前作がとても好きだったのに、どうにも読書はマイペースなもので続編が出ていることをずっと知らなくて、短歌総合誌を購入しようと思って赴いた書店で、なんとなく文庫本の棚までまわっていた時に見つけました。こういう出会いがあるから、本屋さんは楽しい。それでうっかりするとあれもこれも読みたくなって予定外の衝動買いをしてしまうのです。
前作『横道世之介』から5年後、大学を卒業して24歳になった世之介は、バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、就職に失敗してバイトとパチンコで食いつないでおりました。両親と従兄、地元の同級生ぐらいは本作にもちらっと顔を見せるも、大学生時代を共に過ごした友達や恋人は出てこないどころか、思い出す素振りもありません。前作からの読者としては読んでいて少し寂しい。けれども、巻末の対談での沖田修一監督の“世之介については、僕は以前「疎遠になった人たちの代表だ」って言ったんですよね。中学校、高校、大学とか、人生に区切りがついていくうえで、理由もなく疎遠になった人たちが誰にでもいます。今は会わなくなったけれど、その人たちとの出会いがあって自分が形成されていることは間違いない。”という言葉で解かってきました。世之介が以前の人間関係を疎遠にしているように、世之介も疎遠にされていて、ふとしたきっかけで懐かしく思い出されて、それは普通のことで、そんなふうにしてみんな生きているんだなあっていう。付き合う人たちが変わっても世之介は世之介で、うれしく、せつなく読み進めました。
この本が出たのは数年前だけれど、自分の環境が変わったこの年に読めたのがよかったな、と思いました。あの日なんとなく書店内をうろうろしなければ、こんな絶妙なタイミングで読めなかったんだと思うと、なにか不思議な導きを感じます。さらに続編も出ているようなので、自分なりの好機を見つけていつか読みたいと思います。
前作『横道世之介』から5年後、大学を卒業して24歳になった世之介は、バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、就職に失敗してバイトとパチンコで食いつないでおりました。両親と従兄、地元の同級生ぐらいは本作にもちらっと顔を見せるも、大学生時代を共に過ごした友達や恋人は出てこないどころか、思い出す素振りもありません。前作からの読者としては読んでいて少し寂しい。けれども、巻末の対談での沖田修一監督の“世之介については、僕は以前「疎遠になった人たちの代表だ」って言ったんですよね。中学校、高校、大学とか、人生に区切りがついていくうえで、理由もなく疎遠になった人たちが誰にでもいます。今は会わなくなったけれど、その人たちとの出会いがあって自分が形成されていることは間違いない。”という言葉で解かってきました。世之介が以前の人間関係を疎遠にしているように、世之介も疎遠にされていて、ふとしたきっかけで懐かしく思い出されて、それは普通のことで、そんなふうにしてみんな生きているんだなあっていう。付き合う人たちが変わっても世之介は世之介で、うれしく、せつなく読み進めました。
この本が出たのは数年前だけれど、自分の環境が変わったこの年に読めたのがよかったな、と思いました。あの日なんとなく書店内をうろうろしなければ、こんな絶妙なタイミングで読めなかったんだと思うと、なにか不思議な導きを感じます。さらに続編も出ているようなので、自分なりの好機を見つけていつか読みたいと思います。
眠い。布団から出たくない。寒い。もう少し寝ていたい。なんてうだうだしているうちに時間が経ってしまって、出勤時間が迫ってしまって、いつもは20分ほど歩く駅までの道を、自転車で急ぎました。なんとか仕事には間に合い、一安心です。時々の寝過ごしの通勤や、休日のちょっとした買い出しなど、わたしの日常生活に自転車は欠かせません。
仙台に暮らし始めて感動したのは、冬でも自転車に乗れることです。ふるさとの山形の冬は雪道で、特にわたしの実家は町外れなので、学生だった頃は通学にも苦労したものでした。学校帰りに本数の少ないバスに乗り損なったり、車に乗せてくれる大人がいなかったりした時は真っ白な景色の中を延々と歩きます。寄り道の楽しみもない田舎道で、道端の自動販売機であたたかい缶コーヒーやコーンポタージュを買っては、コートのポケットに突っ込んでカイロ代わりにするのがせめてもの愉悦でした。
仙台はあまり雪が積もらないので、冬でも交通事情はほとんど変わらないし、雪かきの重労働もほとんど無くて、気楽です。一方で、雪の大変さを知っているからこそ、雪のない冬は冬という実感が薄いようにも思っていました。
昨年、初めて冬の青森を訪れました。初めて来た場所なのにとても懐かしく感じました。辺りが雪で覆い尽くされたいちめん真っ白な景色が、地元と同じだったからです。雪の白しかないまぶしさの中を、転ばないようにそろそろ歩きながら、やっぱり冬はこうでなくちゃとうれしくなったのでした。
短歌アンソロジー『雪のうた』(左右社)にわたしの歌も掲載していただいております。冬の雪国生まれ・雪国育ちなこともあり、雪の歌に目を留めていただけるのがうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
https://sayusha.com/books/-/isbn9784865284461
仙台に暮らし始めて感動したのは、冬でも自転車に乗れることです。ふるさとの山形の冬は雪道で、特にわたしの実家は町外れなので、学生だった頃は通学にも苦労したものでした。学校帰りに本数の少ないバスに乗り損なったり、車に乗せてくれる大人がいなかったりした時は真っ白な景色の中を延々と歩きます。寄り道の楽しみもない田舎道で、道端の自動販売機であたたかい缶コーヒーやコーンポタージュを買っては、コートのポケットに突っ込んでカイロ代わりにするのがせめてもの愉悦でした。
仙台はあまり雪が積もらないので、冬でも交通事情はほとんど変わらないし、雪かきの重労働もほとんど無くて、気楽です。一方で、雪の大変さを知っているからこそ、雪のない冬は冬という実感が薄いようにも思っていました。
昨年、初めて冬の青森を訪れました。初めて来た場所なのにとても懐かしく感じました。辺りが雪で覆い尽くされたいちめん真っ白な景色が、地元と同じだったからです。雪の白しかないまぶしさの中を、転ばないようにそろそろ歩きながら、やっぱり冬はこうでなくちゃとうれしくなったのでした。
短歌アンソロジー『雪のうた』(左右社)にわたしの歌も掲載していただいております。冬の雪国生まれ・雪国育ちなこともあり、雪の歌に目を留めていただけるのがうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
https://sayusha.com/books/-/isbn9784865284461
過日、母の付き添いで野口五郎のコンサートに行ってきました。そのひと月前にせがまれてチケットを2枚手配してあげた時はまさか自分が行くとは思っていなかったのですが、どういうわけか出発直前にわたしが行くこととなりました。こういう成り行きもまたおもしろいものです。
野口五郎氏はそりゃあもう流石のプロフェッショナルなエンターテイナーっぷりで、とても楽しいコンサートでした。薄暗いホールの中で真っ白な衣装がライトに照らされてまばゆく映えて、高音の伸びやかな歌声も素晴らしくて。
ご本人もファンのほとんども60代なのに、曲目が10代20代が主体のラブソングばかりなことを興味深く思いました。「青いリンゴ」「甘い生活」「私鉄沿線」などは若い頃のヒット曲だから、というのもあるけれど、近年の歌もやっぱりラブソングです。齢を重ねてもアイドルなので疑似恋愛の対象ということでしょうか。
考えてみれば、彼に限らず、世の中の流行歌は大体がラブソングです。
文と詠めば恋文と読まれたり、指輪と詠めば結婚指輪と読まれたり、短歌の世界でも相聞歌が求められているという空気を感じることがあります。数年前まで『短歌研究』では毎年2月号に女性歌人による相聞歌の企画がありました。新人賞の応募作に相聞歌が少なくなったことを惜しむような文章もどこかで読んだことがあります。大河ドラマ『光る君へ』では倫子さまが歌のサロンの仲間に「良い歌を詠むためには良い恋をしませんとね」と微笑んでいたし、少し前の朝ドラ『舞いあがれ!』では主人公の幼なじみの貴司くんが歌集を作る際に、編集者から相聞歌を詠むよう求められていました。
わたしも、これまでいくつか相聞歌を詠んだことがあります。けれども、ほんとうに相聞歌だったのか。歌に嘘を詠んだということはないけれども、人としての好感を恋に、人の心離れの傷みを失恋の傷みに、盛っていなかったか。他に適当な言葉が思い当たらず「恋」と詠み込んでいた歌なども、実際は別の感情ではなかったか。
恋人が欲しいと思っていたけれど本当に欲しいのは兄だった/田村穂隆『湖とファルセット』
あなたとは恋じゃないから続いてく気がする テレビを見てて思った/長谷川麟『延長戦』
私はただ結婚したいだけなのにみんな恋愛させようとする/逢坂みずき『昇華』
自分の心に向き合った、こうした歌に誠実さを感じます。そうして、わたしは便宜上「恋」という言葉が都合がいいので、或いは相聞がウケるとわかっていて、もしかしたら相聞ではないものまで相聞のように詠んでしまったかもしれない、という自分への疑いの心が湧くのでした。
でも恋は皆するという前提で問われる沁みるラブソングなど/塔2024年4月号
野口五郎氏はそりゃあもう流石のプロフェッショナルなエンターテイナーっぷりで、とても楽しいコンサートでした。薄暗いホールの中で真っ白な衣装がライトに照らされてまばゆく映えて、高音の伸びやかな歌声も素晴らしくて。
ご本人もファンのほとんども60代なのに、曲目が10代20代が主体のラブソングばかりなことを興味深く思いました。「青いリンゴ」「甘い生活」「私鉄沿線」などは若い頃のヒット曲だから、というのもあるけれど、近年の歌もやっぱりラブソングです。齢を重ねてもアイドルなので疑似恋愛の対象ということでしょうか。
考えてみれば、彼に限らず、世の中の流行歌は大体がラブソングです。
文と詠めば恋文と読まれたり、指輪と詠めば結婚指輪と読まれたり、短歌の世界でも相聞歌が求められているという空気を感じることがあります。数年前まで『短歌研究』では毎年2月号に女性歌人による相聞歌の企画がありました。新人賞の応募作に相聞歌が少なくなったことを惜しむような文章もどこかで読んだことがあります。大河ドラマ『光る君へ』では倫子さまが歌のサロンの仲間に「良い歌を詠むためには良い恋をしませんとね」と微笑んでいたし、少し前の朝ドラ『舞いあがれ!』では主人公の幼なじみの貴司くんが歌集を作る際に、編集者から相聞歌を詠むよう求められていました。
わたしも、これまでいくつか相聞歌を詠んだことがあります。けれども、ほんとうに相聞歌だったのか。歌に嘘を詠んだということはないけれども、人としての好感を恋に、人の心離れの傷みを失恋の傷みに、盛っていなかったか。他に適当な言葉が思い当たらず「恋」と詠み込んでいた歌なども、実際は別の感情ではなかったか。
恋人が欲しいと思っていたけれど本当に欲しいのは兄だった/田村穂隆『湖とファルセット』
あなたとは恋じゃないから続いてく気がする テレビを見てて思った/長谷川麟『延長戦』
私はただ結婚したいだけなのにみんな恋愛させようとする/逢坂みずき『昇華』
自分の心に向き合った、こうした歌に誠実さを感じます。そうして、わたしは便宜上「恋」という言葉が都合がいいので、或いは相聞がウケるとわかっていて、もしかしたら相聞ではないものまで相聞のように詠んでしまったかもしれない、という自分への疑いの心が湧くのでした。
でも恋は皆するという前提で問われる沁みるラブソングなど/塔2024年4月号
「うた新聞」2024年9月号、親しく想う<ひと>を詠うの特集に「ずんつぁばんつぁ」3首とエッセイを載せていただいておりました。どうぞよろしくお願いいたします。
https://www.irinosha.com/
「ずんつぁ」「ばんつぁ」は「じいちゃん」「ばあちゃん」の田舎訛りなのですが、母から「ばんつぁ」などと言う人はおらず「ばんちゃ」だとの物言いがありました。わたしは「ばんちゃ」は「ひいばあちゃん」の認識でいたのですが、母は「ひいばあちゃん」は「ばばちゃん」だと言うのです。わたしには実のひいばあちゃんはいなかったけれど(名前ばあちゃんで呼んでいた戸籍上のひいばあちゃんはいたのでややこしい)、幼馴染が「ばんちゃ」と呼んでいたのはひいばあちゃんのことでした。一般的な呼び方ではなく、たとえば叔母さんだけどおねえちゃんと呼ばせるようなあくまでその家庭のみの呼び方だったのでしょうか。「ばばちゃん」こそ聞いたことがないし、他の属性で「おんつぁ」「あんつぁ」というのもあるので「ばんつぁ」じゃなかったかなあという気がしてしまいます。どちらにしても、今はもっときれいな言葉を使うし、そのうち誰も使わなくなって消えてゆく言葉なんだろうなあと思うと、どこか寂しい響きです。
少し侮蔑のニュアンスが加わると「ずさま」「ばさま」になり、晩年の祖母などは何故か「ばがばさま」と皆に呼ばれているという被害者意識をこじらせていたようでした。
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「ずんつぁ」「ばんつぁ」は「じいちゃん」「ばあちゃん」の田舎訛りなのですが、母から「ばんつぁ」などと言う人はおらず「ばんちゃ」だとの物言いがありました。わたしは「ばんちゃ」は「ひいばあちゃん」の認識でいたのですが、母は「ひいばあちゃん」は「ばばちゃん」だと言うのです。わたしには実のひいばあちゃんはいなかったけれど(名前ばあちゃんで呼んでいた戸籍上のひいばあちゃんはいたのでややこしい)、幼馴染が「ばんちゃ」と呼んでいたのはひいばあちゃんのことでした。一般的な呼び方ではなく、たとえば叔母さんだけどおねえちゃんと呼ばせるようなあくまでその家庭のみの呼び方だったのでしょうか。「ばばちゃん」こそ聞いたことがないし、他の属性で「おんつぁ」「あんつぁ」というのもあるので「ばんつぁ」じゃなかったかなあという気がしてしまいます。どちらにしても、今はもっときれいな言葉を使うし、そのうち誰も使わなくなって消えてゆく言葉なんだろうなあと思うと、どこか寂しい響きです。
少し侮蔑のニュアンスが加わると「ずさま」「ばさま」になり、晩年の祖母などは何故か「ばがばさま」と皆に呼ばれているという被害者意識をこじらせていたようでした。
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歌集『にず』(2020年/現代短歌社/本体¥2000)
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